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元アラサー女子はスライムとして生きて行く(仮)   作者: おんじゃく
第二章~邂逅と別離~

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39 師匠さん

「ふむ」


 飼い主……師匠さんはぐるりと天幕内を見渡すとカツカツとトビーお兄さんに近寄りスパーンと頭を叩いた。


「お前はもう少し慎重さを持たんか!」

「はぃぃぃぃ!」


 おお、凄い、この状況から何があったのかを悟ったらしい。

 もしかしたら日常茶飯事なのかもしれないけど……。


 師匠さんはトビーお兄さんに「片付けておけ」と言うと、ポーションがあった棚に近付き引き出しから小さな麻の袋を取り出した。

 そして近くにあったポットの中に麻袋の中身を一掴み入れ、ストーブの上のやかんからお湯を注ぐ。


 ふんわりといい香りが漂う。

 柑橘系の爽やかな香りだ、おかげで少し青臭さが和らいだ。

 鼻から吸って口から吐くを繰り返しているうちに、師匠さんは棚から今度は小さな壺を取り出し、壺の中身をひと匙、木のコップに入れた。

 もしかしてと思い、立ち上がって師匠さんに近づき手元を除き混む。


(やっぱりハチミツだ! これソラにあげたい)


 ハチミツには喉の炎症を防ぐ効果があるし、何より栄養価が高い。

 ゾジャの実でもいいが風邪を引いて食欲が落ちているときには向かない。

 他に何か使える物はないかと辺りを見渡していると、真っ青な顔で立ち尽くすトビーお兄さんと目が合った。


(どうした? トビー?)


 と思い、はっとなった。

 ハチミツに夢中で側にいる師匠さんの存在を忘れていた……。


 恐る恐る視線を上にあげると、眉を顰めた不愉快そうな顔がそこにあった。

 小さな子供なら泣き出すレベルの見事な顰めっつらだ。大人でも気の弱い人なら泣きそうになるかもしれない。

 実際トビーお兄さんはあわあわと慌てふためいている。


 けれど私は、師匠さんのポーションみたいな緑色の瞳を見た瞬間。


(あ、この人は大丈夫だ)


 そう思った。

 だから作り笑いじゃなく自然と微笑んだ。


(私、この人好きだ)


「いきなり覗き込んでしまってすみませんでした。私はハルといいます。助けて下さってありがとうございます」


 頭を下げてお礼を言い、作り笑いではない本物の笑顔でにこにこしながら師匠さんの反応を待つ。


 師匠さんは暫く固まっていたが「うむ」と言って私から顔を反らすと「師匠が怖がられなかった……」と呆然と呟くトビーお兄さんを睨みつける。

 トビーお兄さんは両手を上げて「ひぃっ」と悲鳴をあげると片付けを再開した。

 師匠さんはそんなトビーお兄さんを気にする事なく再び手を動かし始める。


(これも日常茶飯事的な? それにしてもトビーお兄さん……。師匠さんの事がどんだけ怖いのさ……)


 そう思いながらも、私は何も言わずに師匠さんの手元を観察した。


 やがて師匠さんは近くにあった小さめの机と丸椅子を指し示しながら、出来上がったハチミツ入りのハーブティーを私に差し出してくれた。

 あそこで座って飲めという事だろう。

「ありがとうございます」と受け取って丸椅子に座り、ハーブティーを一口含む。

 柑橘系の香りとハチミツの甘さが、舌に残っていた呪いのポーション味を取り除いて消してくれる。


(これ美味しい)


 ハーブティーを飲みながら天幕内を観察する。

 中央に長方形の大きめのテーブルがひとつとその左右に長椅子がひとつずつ。長椅子ひとつに大人が3人は座れそうだ。

 それからトビーお兄さんがぶつかりそうになった円柱型のストーブがひとつと、ポーションや色々な素材が入った木の棚と、引き出しが沢山並んだ薬品棚がある。


 ここに住んでいる感じはないが、一時的な滞在にしては家具が大きいし、どれもしっかりとした造りだ。

 それに小さいけれどキッチンのような場所もある。

 私とソラが寝かされていた場所とは別に、もう一ヶ所布で仕切られた空間があり、そこが小さなキッチンになっているようだ。

 ベッドもあるし長期滞在中といった所だろうか?


 私がハーブティーを半分ほど飲み終えた頃、師匠さんが机の上に木製の皿とスプーンを置いた。

 お皿の中には具がたっぷりのスープが入っていた。

 金色のスープの中にポムと玉葱と人参に似た野菜が入っている。それに柔らかそうな肉の塊もいくつかある。


(ポトフみたいだ。……美味しそう)


 スープの香りで急にお腹が空いてきた。

 そういえば昨日の夜から何も食べてない事に気付いた。

 大丈夫だと思っていたが、やはり緊張していたようだ。


「食べなさい」

「はい! 頂きます!」


 手を合わせ、スプーンを手に取りポムをひと欠片すくって口に入れる。

 ほくほくとした食感と塩を効かせたコンソメの味に涙が出そうになった。

 野菜もお肉もスプーンでほぐせるくらいにとろとろに煮込まれている。


 夢中でスープを食べ終え、最後にコップに残っていたハーブティーを一気に飲み干す。

 コップの底に残っていた溶けかけのハチミツが甘くて嬉しい。

 そういえば甘い物も久しぶりだ。


 ほぅ……と満足気なため息が出る。


(あ~美味しかったぁ)


 周りを見渡すといつの間にか片付けは終わっていて、師匠さんとトビーお兄さんが離れた所で話をしていた。

 今日はもう作業はしないのだろう、床に散らばっていた物だけではなく長テーブルの上にあった素材も全て片付けられている。


 私の視線に気が付いた師匠さんがこちらへやってくる。


「食べ終わったか?」

「はい、ごちそうさまでした」


 師匠さんは空になった食器を受け取ると、私をじっと観察してきた。


「調子は悪く無さそうだな……。色々聞きたい事がある。話は出来そうか?」


 大丈夫だと頷く私を見て、師匠さんはトビーお兄さんに「ヨハン達を呼んでこい」と指示を出した。

 どうやら今から事情聴取が始まるようだ。

 まぁそうなるだろう。

 成人していない子供が魔物がうろつく森の中で見つかったのだ、しかも保護者となるべき大人もいない状態で。


 私は自分がスライムだという事と、スキルの事以外で嘘をつくつもりは無い。

 34年の人としての知識と経験はあるが、あくまでもそれは平和な日本で暮らしてきた物に過ぎないし、そもそも私は器用にあれこれ考え、さらにそれを上手く実行出来るタイプでもない。

 下手に作り込んだ嘘をつけば必ずばれる。

 だったら変に誤魔化さずに事実をありのままに喋った方がいい。


 それに……。


 横を見ると師匠さんの手が視界に入った。

 二人で並んで立つと、ちょうど私の肩の辺りに師匠さんの手があるのだ。

 使い込まれた職人さんみたいな手だと思った。

 指先と爪の間がうっすらと緑色に染まっているのは、毎日薬草を取り扱っているため色素が沈着し、洗っても落ちなくなってしまったからだろう。


 手をじっと見ていると、その視線に気がついた師匠さんが戸惑ったようにこちらを見てきた。


「スープもお茶もとても美味しかったです」

「……まだある。もう一人の子が目を覚ましたら薬と一緒に持って行ってやりなさい」

「はい!」


 師匠さんの手が持ち上げられ、躊躇うようにさまよったあと、私の頭にそっと乗せられた。

 頭に手を乗せただけだ。

 でもこれはきっと撫でてくれているのだ。


 ぎこちないその動きと重さに、師匠さんの不器用な優しさを感じた。

 見上げると緊張した面持ちの師匠さんと目が合う。

 ありがとうを込めて微笑むと、師匠さんはほっとしたような顔をしてから手を離した。



 数分後、天幕の入口の布が捲られ、トビーお兄さんと二人の騎士がやってきた。

【後書き】

ハルさんはおじいちゃんおばあちゃんが好き。

そしておじいちゃんおばあちゃんにモテます。


……恋愛感情はありませんよ。

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