38 トビーお兄さん
ぽかんとした顔を向けられている。
何か変な事を言っただろうか?
この世界の挨拶を知らないので不安になる。
もしかしたら初対面の相手に名前を名乗ったりしないのだろうか?
……反応してほしい。
「あの~」
お兄さん、小さな女の子が(笑)困ってますよ~。と心の中で言いながら話しかける。
「あ、あ、はい。すみません。あ~僕は『トビー=モリス』です、トビーって呼んで下さいね」
「はい、トビーお兄さん」
良かった、名前は名乗っても問題なかったみたいだ。
「いやぁ、しっかりした挨拶だったので驚いちゃいました」
もっしゃもしゃの頭をさらにかき混ぜながら照れたように笑う。
ふむ、なかなかに可愛らしい。
そういった嗜好は持ち合わせていないが、思わずいたずらしてみたくなる。
ボールとか投げて取っておいで~とか言いたくなる……ん? 犬?
「あ、そうだちょっと待ってて下さいね」
そう言ってトビーお兄さんは椅子から立ち上がると、近くにあった木の棚から一本のビンを取り出した。
『鑑定』したら低級ポーションと表示された。
「まだ体がしんどいでしょう? これ、飲んで下さいね」
わざわざ背の低い私と目線を合わせる為に屈んでポーションを渡してくれるトビーお兄さん。ええ子や。
「ありがとうございます」と受け取ってから(あれ?)っと思う。
(私の作ってるポーションと色が違う)
私の作った低級ポーションよりかなり色が濃い。私のは薄い緑、緑茶みたいな色だけど、これは濃茶みたいな緑をしている。なんでだろう?
「どうかしましたか?」
ポーションを見つめたまま黙りこんでしまった私に、トビーお兄さんが不思議そうに声をかけてきた。
まさか自分の作ったポーションと色が違うとも言えずに慌てて答える。
「あの、私、お金持ってないんです」
私の返事に「ああ」と納得したように頷き、トビーお兄さんは微笑む。
「気にしなくて良いんですよ」
「けど……」
お高いんでしょう? みたいな感じでお兄さんを見上げる。
(大体でいいから値段教えてくんないかなぁ、私がポーション売る時の目安にしたいんだけど)
私が遠慮しているのだと勘違いしてくれたお兄さんが困ったなぁ~みたいな顔で答えてくれた。
「低級ポーションですからそこまで高くはありませんよ。一本300ペソ位ですから」
300ペソ。
ソラの話では50ペソで小さなパンが一つ買えたとの事なので、日本円に換算して300円~500円位の価値だと思えばいいだろうか? ちょっとお高い栄養ドリンクみたいな?
けど、貴重な『錬金術』で作成されたにしては安い気がする。
トビーお兄さんが嘘をついているとは思わないが、少し違和感を感じた。
でもこれ以上突っ込んで聞くのも不信に思われそうだと思い「じゃあ頂きます」と遠慮がちに微笑んでポーションを一口、口に含んだ。
そして……。
私はその場に膝から崩れ落ちた。
(ま、まぁっずうぅぅぅぅ!!!)
強烈な苦みと酸味、そして舌を刺すような刺激と辛味。
これ本当にポーション!?
違くね!?
そもそも飲み物ですらないと思う!
だって飲み込めないもの!
それに、口に含んだだけなのに目がしばしばするのは何故!?
(ナニコレ!!! 毒!? いや、ちゃんと『鑑定』で低級ポーションだって確認したし!?)
ト、トビーお兄さぁぁぁぁん!?
ビンを持っていない左手で口を押さえてトビーお兄さんを見上げる。
(あ、あんた何してくれちゃってんの!?)
そこには慌てふためくトビーお兄さんがいた。
「え!? あれ!? だ、大丈夫!? なんで……あっ!」
慌ててポーションを取り出した木の棚に駆け寄るトビーお兄さん。
「あっ!」て何!? 「あっ!」って!
怖いわ!
「あー!!! すみません! それ僕の造ったポーションでした!!!」
これお兄さんが造ったの!?
これを!? どうやって!?
ていうか、これがポーションなのは間違いないの!?
う、嘘でしょ!?
笑 劇 !
違った! 衝 撃 !!!
「こっちを! 師匠のポーションを飲んでもらうつもりだったんです!」
そう言って見せてくれたのは私のポーションより色の濃い。けれどトビーお兄さんのポーションよりは薄い、綺麗な透き通った緑色のポーションだった。
真っ青になってブルブル震えて動けない私に慌てて駆け寄るトビーお兄さん。
ちょっ! ま、まて! そんなに慌てて走ると!
案の定トビーお兄さんが自分のローブの裾を踏み転びそうになる。
だが、とっさに側にあった木のテーブルにすがり付き幸いにも転ぶことは免れた。
が、テーブルの上には先程まで磨り潰していたヤマや、よくわからない木の実やらが所狭しと乗っている。
……はい。結果でたー。
ガシャンやらパリンやら様々な音が天幕内に響き渡る。
(ひーっ!!!)
呪いのポーションを口に含んだままその場で固まった私。そして、
「あわわわわわ!」
パニック状態のトビーお兄さん。
もうトビーお兄さんが慌てふためくゴールデンレトリーバーにしか見えない。
「はっ! 取り敢えずこれを!」
パニックになりながらも私を救おうとするその姿勢には感謝する。
が! 前を良く見て!
お兄さんの前にストーブあるから!
ストーブの上にやかん乗ってるから!
あっつあつだから!
突然だが横山家には様々なルールが存在する。
各家庭にも有るだろう。
例えば門限だとか、食事中はテレビを見ないだとかそういったルールの事だ。
横山家のルールの一つに“一度口に入れた物は腐っていない、体に害がない限り飲み込む”と言うものがある。
ある程度の好き嫌いは許すが食わず嫌いは許さない、そして食べ物を粗末にしない。という小梅ばあちゃんの考えからきたものだ。
私もそれには大いに賛同する。
が、今回はどうだろう。
腐ってはいない。
体に害がある訳ではない。……たぶん。
ただ死ぬほど不味いだけだ。
私は記憶の中のばあちゃんに涙目で問いかけた。
(ばあちゃんこれ飲み込まなきゃダメ!?)
ばあちゃんはにっこり微笑んで――――頷いた。
マジか。
(残 酷!!!)
でも確かに飲み込んでトビーお兄さんを止めなくては熱湯地獄だ。
吐き出してから危ないと叫ぶには時間が足りない。吐き出しなから叫ぶという手もあるが……ごめん被る。
緑の液体を口から撒き散らしながら叫びたくない。なぜに自ら進んで黒歴史をつくらにゃならんのだ。
(うええええぇぇええぇぇいっっっ!)
ごくん。飲んだ。そして叫んだ。
「トビーステイ!!!」
もう必死。
トビーお兄さんがストーブの前ギリギリで静止する。
「た」
(助かったぁぁぁぁぁぁぁぁ!)
「……なにやっとんじゃ?」
天幕の入り口に細い銀のフレームの眼鏡をかけた気難しそうな白髪の老人が1人立っていた。
「し、師匠」
どうやら飼い主が帰ってきたようです。
【後書き】
腹黒ハルさんは天然どじっ子のトビーお兄さんに撃沈しました。




