33 解放
ちらりとソラを見る。
ソラは短剣を握りしめて立ち尽くし、ピクリとも動かない。俯いているから表情も分からない。
戦闘音が暗い森の奥から聞こえてくる。遠くはないが近くもない距離。
『索敵』と『鑑定』でナーガと盗賊達のHPを確認し、顔をしかめた。あまりにも残酷な数字が表示されていたから。
“魔石”を使った攻撃は確かにナーガに有効だった。一時的とはいえ動きを止める事が出来たのも事実だ。けれど“魔石”で削る事が出来たナーガのHPは僅か30。
麻袋にどんな魔石がいくつ入っているかは分からないが、ナーガに勝つことは不可能だろう。
だが逃げる事も難しい。ナーガには『追跡』のスキルがある。
全員バラバラに逃げれば誰かは助かるかもしれない、それなのに逃げずに立ち向かう事を盗賊達が選んだのは、彼等が戦って生きてきた人間だからだろうか。
そして逃げる事が難しいのはソラも同じだ。ソラもまたナーガに感知されているはず。盗賊達が死ねばナーガはソラを追って来るだろう。
気まぐれか、優しさか。
あの男――バナハという男がくれたチャンスを無駄にしたくない。ソラに声をかけようと口を開いたその時、一際大きな戦闘音と共に大地が揺れた。
盗賊達を表す黄色い点が2つ減っていた。
ソラがふらりと一歩森へ歩みを進めた。
(ソラは戦う気かもしれない)
そう思った瞬間焦りがピークに達する。
どうしよう、どうすればソラを止められる? なんて言えば諦めてくれる? 泣けばいい? それとも怒る?
気持ちばかり焦って何も思いつかない、そして……
「行くの?」
驚く位普通な声が出た。
ソラが立ち止まり青い目が私を映す。こんな時なのに“綺麗だな”と思い、こんな時に何考えてんだと可笑しくなってちょっと笑った。
ソラが怪訝そうな顔をする。
そりゃそうだ。死ぬかもしれない時に笑うって、頭が可笑しくなったと思われても仕方がない。でもお陰で少し落ち着いた。
「ソラは今”幸せ”って思える?」
「なに?」
「私を育ててくれた人がね――前世でだけど。死ぬ前に言ってた。ひとつでも“幸せ”って思える事があったなら、それはちゃんと生きてきた証拠だって」
「……」
「”幸せ”って思えないなら、それはまだ死ぬ時じゃないって事だって。……ソラは自分が”幸せ”って思える?」
ソラが困ったような顔をする。
「そんなの。分かんねぇよ……」
そうだよなぁ。
だって、ソラはまだ11年しか生きてないのだ。
そう、まだたったの11年。
そう思った瞬間、今まで経験した事のない程のとてつもない悲しみに襲われた。涙腺が壊れたんじゃないかと思うくらい涙がぼろぼろ零れた。
ソラが困惑した顔で私を見ていた。
幼い顔だ。まだ親の庇護下にいてもおかしくないほどに。
(なんでこの子がこんな目に会わなきゃいけないんだ)
そう思った。
私はソラの事を何にも知らない、いきなり泣き出して困らせて、勝手に憐れんで、馬鹿だ、身勝手だ、お節介だ、余計なお世話だ、でも、それでも
「私、ソラに、死んでほしくない!」
ソラは驚いて、そして思いっきり不機嫌そうな顔をして、それからぼろぼろ泣き続ける私を……
握り潰した。
「うっぶぅぇっ!?」
な、なんで!? え? え? ホントなんで?
「なに勘違いしてるか知らねぇけど、俺、死ぬ気ねぇから」
「……へ?」
「馬を逃がしに行くんだよ」
そう言って小屋の奥を指でさす。
よく見たら森の前に小さな獣道があって、その先に馬小屋のような物が見えた。
そういえばナーガを追って『索敵』した時、外にいた盗賊がいた場所だ。馬の世話をしていたのかもしれない……。
「……」
「……」
(あ、なんか一人で盛り上がっててすんません)
ちらっとソラを見ると呆れたような視線を向けられた。(こいつアホか)という副音声が聞こえた気がした。
お、おぅ。痛い。私、痛い。
すっ……と視線を反らす私にソラはため息をついて一言。
「あほ」
「す、すみません でした」
おばちゃんもう黙るんで許したって下さい。ソラは私を肩に乗せ直し馬小屋へ走った。
「ちゃんと捕まってろよ」
「あ、はい」
馬小屋には3頭の馬がいて落ち着きなく地面を踏み均している。ソラは一番手前にいた一番大きな黒毛の馬を馬小屋から出す。
「馬に乗って逃げるの?」
「違う。俺と一緒にいたらこいつらも殺される。でもここに置いて行っても死ぬ。だから逃がすんだ」
そう言ってバナハから貰った短剣で手綱を切って外す。残りの2頭も馬小屋から出し手綱を切っていく。
ソラが馬を解放するのを見ながら思い出した。馬は動物だから『索敵』に載らないのだ。虫が『索敵』に表示されないのと一緒。
でも、だったら馬に乗って逃げた方がいいんじゃないのかな? と、私が疑問に思っていたのが分かったのか「森の中じゃナーガの方が馬より早い」との事。
全ての馬を解放し終わると、ソラは馬小屋に置いてあった布を一枚とり、馬達に向かって「じゃあな」と言ってその場を離れた。
ソラの肩から振り返って見ると、一番最初に解放された黒毛の馬がソラをじっと見ていた。だがやがて残りの2頭を引き連れて駆けていった。
その時、一際大きな音がして地面が揺れ、慌てて『索敵』を確認した。
盗賊を示す黄色い点が残り1つになっていた。




