26 ソラ
唖然とする少年を見る。
「何でって何で?」
名前なんか簡単に付けれるよね? いま実際に付けたし。別に出自証明作る訳でなし、誰の許可も要らないと思うんだけど。
そう不思議に思いながら首を傾げる――首なんか無いから、体が片方だけぷにょっと潰れただけだけど――。
「……お前本当、何なの? 名付けは神殿に所属する聖職者じゃねえと出来ねぇだろ?」
「……は? 聖職者だけ? え、でもあだ名とかもあるよね」
「“名前”と“あだ名”はちげぇだろ」
「まぁ、そう、だけど……」
疑問符を飛ばしている私を少年がじっと見てくる。なんかちょっと居心地悪いんですけど。
「え~っと。じゃあ、この世界の人は聖職者に名前を付けて貰わない限り一生名前無しって事になるの?」
少年は真剣な顔で頷いた。マジか。
どうやらこの世界では子供が生まれたら親は神殿へ連れて行き、そこで祝福を受けると同時に子供の名前を聖職者に付けて貰うそうだ。
ちなみに少額だがお金もかかる。だから借金奴隷の子供には名無しが多い。
ただ、あだ名などは自由に付ける事が出来るので、名前が決まるまでは適当に呼び合うらしい。あだ名もその人の特徴を示す何かで呼び会う。目や髪の色であったり、その人の好物とかだ。
そして名前が無いと国の保障が受けれないので、借金奴隷で名前が無い子供もいずれは自分でお金を貯めて神殿に赴き、名前を貰うそうだ。
まぁ、そうだろう。
国の保障も大事だが、好物のあだ名で呼ばれる大人ってどうよ。プライベートならともかく職場であだ名はちょっと……。
元職場に当て嵌めて想像してみた。
“水まんじゅうさん書類のチェックお願いします”
“分かりました確認しますね唐揚げさん”
……なんか楽しそうだな。
あ、でも正式な書類に“水まんじゅう”と書くのはアウトだ。
送付されてきた履歴書の名前の欄に“水まんじゅう”と書かれていたら、中身を確認する事もなくそっと不採用のトレイに入れるだろう。逆に面白くて見るかもしれないが不採用は確実だ。
うん、名前大事。
「でも別に聖職者でなくても勝手に付けちゃえば良いんじゃないの?」
神殿に行った事にして自分で勝手に付ければ良いのに……。と思ったのだがそうはいかないらしい。少年曰く「弾かれるんだよ」との事。
例えば聖職者でない人が少年に「あなたの名前はソラです」と名付けようとしても「あなたの名前は……」となり、どうしても名前を伝える事が出来ない。不思議すぎる。
“弾かれる”というのはステータスに載ってこないって事だろうか?
そこまで考えて(あれ?)と思った。恐る恐る少年を『鑑定』してみる。
「あ、あ~、うっわぁ~」
「どうした?」
「……ごめん」
「?」
「今、君のステータスを確認したんだけど。……名前、確定しちゃったみたいなんだよね」
少年のステータスの【名前】の部分に、“ソラ”と表示がある。
少年は目を見開き息をのみ、そして「マジかよ」と呟くと次に頭を抱えて唸り始めた。
「ご、ごめんね。まさか今ので確定するとは思ってなかったんだよ」
知らなかったとはいえとんでもない事をやらかしてしまった。
というか何故私は名付けが出来るんだろう? あれか? 前世の記憶があるからか?
アワアワと冷や汗を流しながら必死に謝る。
もちろん良いなと思って付けた名前だ。けれどそれが少年の本名になるなんて思ってもみなかったのだ。
一度確定した名前を後から変える事って出来るのかな……? と考えていると、少年にじろりと睨まれた。思わず姿勢を正す。スライムなので見た目は変わらないが人間でいう直立不動である。
「……なんか意味あんの?」
「へ?」
「名前の意味だよ。“ソラ”ってなんか意味あんの?」
あ、そうか。私の言葉は日本語だ。
通常ならこちらの言葉に翻訳されて少年に届くけど、名前は翻訳されなかったのだろう。
私は恐る恐る触手を空に向かって伸ばした。少年の視線がそれにつられて上に動く。
「“ソラ”は“空”の事だよ」
そこには少年の瞳と同じ春の青い空が広がっていて、小さな白い雲がゆったりと流れていくのが見えた。
空を見上げて黙りこんでしまった少年に、そっと近付いて声をかける。
「……君と同じ瞳の色だよ、凄く綺麗な色でしょ」
「……ソラ」
「え?」
「君じゃねぇよ。俺の名前はソラなんだろ」
「……うん」
少年が……ソラが私を見る。
ソラの右手がそっと私に伸ばされる、そして――
「グエッ」
「つーかお前さぁ」
「な、何? なんで私潰されそうになってんの? ホワァイ?」
名前を受け取ってくれたのではないのですか? 今の“なんかいい感じ~”はどこへ!?
ソラは右手に握りこんだ私を自分の目の高さまで持ち上げる。この子目付き悪いから睨まれると怖いんだよ。
「もしかして『鑑定』も使えるとか言わねぇだろうな?」
「……え、そこ?」
今更? って感じで答えたらソラの握力が更に強まった。何で!?
「わーギブギブ! 出る! 私の大事な核が出る!」
ギャーギャーと騒ぐ私を見ながらため息混じりにソラが呟く。
「ホント、お前何なんだよ」
呆れたような声をしていたけれど、その顔は嬉しそうだった。
だから、緩めてくれたソラの手の平の上で、ソラを見上げて私も笑った。
瞳と同じ空色から“ソラ”と名付けた。
何処にいてもこの空のように自由でいて欲しいから。
【後書き】
少年の名前確定!
名前付けた日が晴れてて良かった。
曇ってたら台無しだな……と思いながら書きました。




