女神
気が付くと白い空間に立ち竦んでいた。
ぼんやりと辺りを見渡し、最後に自分の手の平を見る。
どこも痛くない、血も出てない、服装だって変わってない、通勤用のバックだって持ってる。
けれどなぜか自分が死んだ事が分かった。
その時、
「私の声が聞こえますか?」
声に振り返るといつの間にか一人の少女が立っていた。
「私は『リーハローゼス』。貴方にとっては異界となる世界“イシュハンメル”の女神」
そこにいたのは足首まである長いストレートの金髪に、透き通った空色の瞳をした15歳位の美少女だった。
凛とした立ち姿と真っ白なギリシャ神話の神々を彷彿とさせる衣装に身を包んだその姿はまさに女神。私が男だったら間違いなく惚れていただろう。
でもたった一つだけ残念な所があった。
それは――
「貴方。さっきまでソース系の何か食べてた?」
「へぇいぁ!?」
完璧美少女の顔が崩れた。
「なにゃ、なんで!?」
「青海苔ついてる。あとほっぺにソースもついてる」
私は指で自分の左ほほを指差しながら親切に教えてさしあげた。少女は顔を青から赤に変えると見た目通りの可愛らしい声で叫んだ。
「キャー!!!」
女神は慌てて口元を覆うと、ぐるりと私に背を向け駆け出した。
「ちょっ、そんなに慌てて走ると転、ぶ……」
と声に出した瞬間に案の定こけた。しかも豪快に顔面からダイブした。
これは痛い。身体もだけど主に心が痛い。
こういう時って見てた方も気まずい気持ちになるのは何故だろう? おもわず伸ばした手が虚しい。
とりあえず放っておくのも可哀想なので、そっと近づいて大人の対応をすることにした。
親指を立ててボソリと囁くように私は言った。
「ナイスダイブ」
しかし豪快に顔面からダイブをかました勇気ある女神はなかなか起き上がらない。おかしい、打ちどころが悪くて気絶でもしたんだろうか? だがこれでは私の大人の対応が無駄になってしまう。
…………あわれ、女神リーハローゼスは口のまわりにソースをつけたまま人前で豪快に顔面からダイブをかまし気絶してしまいましたとさ。めでたしめでたし。
「ちっともめでたくなんてありません! あと言葉にしないで!」
「あ、良かった、死んでなかった」
上半身を起こして私を涙目で睨む美少女。
かわいい。
「ゴメンネゴメンネ」
「ちっとも心がこもっていませんね!」
「だってなかなか起き上がらなかったから……」
目線を合わすためにしゃがんで改めて女神様を見る。
う~ん、美少女。
初めて見たときはあまりの神々しさに圧倒されたけど、顔面ダイブを見たせいか新卒の新入社員の失態って感じがしちゃって……。
神様だから実際の年齢は不明だけど見た目も私より若いし無性に頭をなでなでしたくなる。
大丈夫ダヨ~オバチャンコワクナイヨ~みたいな?
ん? これ新入社員じゃなくて幼児か道端で会ったネコへの対応?
「あの……なんで私は頭を撫でられているのでしょうか?」
あ、おもわず実行しちゃってた。
流石に初対面の人の頭をなでなでするのはヤバい。同性でもセクハラにはなるのだ。愛想笑いをしながらそっと手を離す。
「じゃあ、最初からやる?」
「最初から?」
「え~と、確か……私の声が聞こえますか? だったっけ?」
「も、もういいです……」
あ、そう? 残念。