閑話(主神と女神)
「行ったにゃ」
「……はい」
ハルの光が溶けて分からなくなっても、ハルの光を探すようにリーハは世界を見続けた。
「大丈夫だにゃ」
「……はい」
「泣くにゃ」
「……は……い」
はぁ……とため息が出る。
神族は魂に関わらない。
これは世界を管理する者達の暗黙のルールに過ぎない。関わったとしても何か罰が下ることもないし、誰かに非難される事もない。
それでも、誰もこの暗黙のルールを破ろうとはしない。
何故なら、結局最後には己の無力さに気付かされるからだ。
今の自分達のように。
「……ハルさんなら大丈夫ですよね」
「……ああ」
目もとを拭ったリーハがにっこりと笑う。
「お茶を淹れますわ」
そう言ってエギーユとゾフルの方へ向かう。
自分も続こうとして、ふと足を止めた。
ハルは何故、界を誤る事になったのだろう?
勿論、自分達が扉を閉め忘れたせいだという事は理解している。
しかし何故ハルだったのか。
世界は無数の魂で溢れている。
今、この瞬間にも数えきれないほどの命が生まれ、消えている。
そもそも界を繋ぐ扉は厳重に管理された神界の奥にある。それなのにハルの魂は界を渡った。溢れかえる無数の魂の中から、ハルの魂だけが界を渡った。
この世界の主神である自分さえ気づかぬうちに。
振り返り『世界』を視る。
時に『世界』は選択する。
残酷なまでに平等に。
そして、それに巻き込まれる魂が存在する。
己の妻のように。
「トラ様」
妻の声に振り返る。
「大丈夫ですわ、ハルさんは貴方に祝福を頂いたのですから」
妻の額に己の力の欠片が顕れる。小さな手形が。
「貴方に救われた私が保証しますわ」
ついさっきまで泣いていた妻の強がりに苦笑する。
「そうだにゃ」
「おーい、早く来いよ! ゾフルがハルが置いてってくれた菓子を全部食っちまうぜ!」
「ハルはなんか置いてったのかにゃ?」
「ええ、『年末連休に入るから机に入れてた非常食を持って帰ろうと鞄に入れてた』とか……。転生先には持って行けないから皆で食べて欲しいと仰っていましたわ」
意味はよく分かりませんでしたが。
トラ様は分かりますか?
妻の言葉に肩を竦める。
分かるわけがない。
自分は全知全能の神ではないのだ。
自分に出来るのは『世界』を管理し、監視する事だけだ。
「とりあえずお茶にするにゃ」
「はい」
そして『命』の行方を見守る事だけだ。
妻と、そして、同じ宿命を持つ仲間達と共に。
【後書き】
トラちゃん目線のお話でした。
次話はついにスライムです!
でも暫くハルさんぼっちです。