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80 鋼の騎士

 渡された剣から視線を正面へと向けた先には、黒い隊服を着こなし超然と佇む男がいた。

 鋼色の髪と瞳。その鋭利な刃物を思わせる色合いと、凍り付いてしまったかのように動かない表情から、密かに『鋼の騎士』とも呼ばれている男だ。


 男の二つ名を初めて聞いたとき、ヨハンはなるほどなと思った。だがそう思った理由は男の見た目からではない。

 感情に左右されることなく常に冷静に物事を見通し行動する冷徹さ、そしてそれ以上に、熱された鋼のような熱情を男が持っていると知っているからだ。


 そんな男が目の前に立っている。

 剣を持ち、こちらを見据えて。


 ヨハンの視線に気付いた男、アドルフ=モルガルドは薄い唇を開き、なんの感情も読み取れない硬い声音を発した。


「確認は終わったか?」


 ヨハンが頷いたのを確認すると、アドルフは腰に佩いていた剣を抜いた。壁に等間隔に設置されている魔石ランプの(あかり)を受け、剣身が金色にギラめく。


 ここは王宮内にある円形の闘技場だ。

 闘技場といってもそれほど広くはない。極稀に模擬戦などで使用される事はあるが、長い間風雨(ふうう)にさらされ老朽化が進み、国賓の接遇を行う迎賓館の近くにあるには相応しくないとして、近々取り壊される予定の場所だ。


 そんな場所で互いに剣を持ち、向き合っている。

 他には誰もいない。牢から連れ出された時にいたアドルフの部下は、アドルフの命令によりすでにこの場を離れている。


 小さく息を吐き、自らも剣を抜きながらヨハンは諦めと僅かな希望を込めアドルフに言った。


「俺は盗んでないぞ」

「知っている」


知っている(・・・・・)……か)


 証拠はあるのか、でも、詳しく話せ、でもない。

 そもそも事件が解決してもいないのにこの“クソ”が付くほど真面目な男がこんな所にいるはずがない。


 そう、アドルフは言葉どおり知っている(・・・・・)

 知っていてここにいる。


 すなわちそれは、アドルフが中級ポーションの窃盗に一枚噛んでいるということだ。そしてこの事件は、ヨハンとアドルフが対峙する為に起こされたという事になる。だが――


(俺を連れ出すためだけにこいつがそんな馬鹿な真似をするか? いや、ねぇな。だとしたら俺以外にもなにか狙いがあるって事か。少しでも情報を引き出さねぇと……。あ゛〜こういうのは苦手なんだよなぁ)


 面倒くせぇ。そう心の中でぼやきながらヨハンはゆっくりと剣を正眼に構えた。そして取り敢えず一番疑問に思った事から聞いてみることにした。


「俺、お前になんかした?」


 そもそもアドルフとヨハンにはこれといった接点がない。

 ヨハンの職場となるのは市街か派遣先の辺境なので、王宮で警備の任務をこなしているアドルフとは年に数回開かれる式典や騎士会議で顔を合わせる程度だ。しかも元々の身分の差もあり席はかなり離れている。

 騎士見習いの時はそれなりに関わりもしたが、それだってもうかなり前の話だ。その頃になにかあったとしても、それを今更蒸し返すほどアドルフは気の長い男ではない。

 即断即決。良くも悪くもアドルフはそんな男だ。


 そんな事をつらつらと考えていると、ザリッ、と地面を蹴る音と共にアドルフが間合いを詰めてきた。

 金属と金属が激しくぶつかる音が闘技場内に響く。


(重っ!!)


 ヨハンの背中に冷たい汗が伝う。

 剣を合わせたことによりアドルフの本気を物理的な重さで感じた。

 もとよりアドルフが冗談や気まぐれでこのような事を起こすとはつゆほども思ってはいなかったが、どこか甘く見ていた部分があった。だが――


(ガチかよ!)


 剣を押し返して間合いを取り直そうとヨハンが力を込めたその時、アドルフと目が合った。


「なぜ親衛隊の話を断った」


 ヨハンはその言葉に目を見開いた。



 年に数回、騎士達の日頃の労をねぎらうために王が主催となって開かれる夜会がある。

 もちろん全ての騎士が招かれるわけではなく、仕事に都合の付けれた各隊の隊長が代表して参加をする。そんな、どちらかといえば小規模――貴族からしてみれば――の催しだ。


 表向きには“騎士は生まれの身分ではなく階級を重んじる”とされてはいるが、現実にはそうはいかない。そのため、平民出身のヨハンはいつも玉座から一番遠い入口付近で飲み食いして時間を潰すのが常だった。


 だがその日は少し様子が違った。

 王が自ら選んだという珍しい酒が特別に振る舞われたのだ。ヨハンも皆が酒杯を手にしたのを見計らって、近くにいた給仕人から受け取った。


 そこで王に声をかけられた。

 偶然にもヨハンが杯を受け取るタイミングで騎士達に声をかけて周っていた王の目に止まったのだ。

 そして言われた、『私の親衛隊に入らないか』と。



「ありえねぇだろ! 俺は平民出身だぞ!」


 ヨハンとて騎士だ、忠誠を誓った王に信頼を示され嬉しくないはずがない。

 けれどそれに応えられない、応えてはならない事もある。


 力を込めて押し返し、ヨハンは体制を崩したアドルフに向かって剣を振り下ろした。


「俺なんかが陛下の側に侍ってみろ! 身分大事の貴族共が黙っちゃいねぇだろうが!」


 再び金属がぶつかり合う不快な音と共にアドルフの眉間に深いしわが刻まれる。


 歴代の王の政策により少しずつ緩和されてきてはいるが、貴族と平民との身分の差はいまだ深い。

 現在の王は即位して8年。短くはないが全ての貴族を掌握出来ているほど長くもない。実際、現在の王国のバランスは身分を重んじる貴族側に大きく傾いている。

 そんな中、平民出身のヨハンが王の側に侍ればどうなるか――――。


「お前だって分かってるだろうが!」


 唸るようなヨハンの低い声にアドルフは答えず、僅かに顔を俯ける。途端に剣が流される感覚がしてヨハンは後ろへ下がった。アドルフが自ら引くことによりヨハンの力を受け流したのだ。そして同時に懐から取り出した物をヨハンに放った。


「うおっ!」


 持っていた剣で塞ぎ、落ちた物にちらりと視線を向けたヨハンは顔を引き攣らせた。


(暗殺用の飛び道具まで用意してんのかよ!)


 毒が仕込まれているかどうか気になる所だが、拾って調べる余裕はない。

 剣の腕前は王国でもかなり上だと自負しているヨハンだが、それは目の前にいるアドルフも同じだ。というよりも、状況的にはヨハンの方が分が悪い。


 周囲の環境や地形を利用した戦闘を得意とするヨハンにとって、視界が開けていている場所は逆に戦いづらいのだ。


 アドルフの動きに警戒しながら、どうするべきか必死に考える。そして、ふと、疑問に思った。


 いくら寂れているとはいえ闘技場(ここ)は王宮内にある施設だ、そんな場所で、数度とはいえ剣を打ち合ったというのになぜ誰も来ないのか。剣戟の音を警備の騎士達が見逃すなどありえない。


(ああそうか、ポーションの件で結構な人数がしょっぴかれてたから警備の騎士が足りてねぇのか。って事は、もしかしてそのためにわざわざポーションを盗んだのか? また、七面倒臭(しちめんどうくせ)ぇ事するな。いや、まて、今日は確か――)


 今夜、他国からの賓客を招いて行われる夜会がある。

 急遽決まったその夜会の警備にあたるようヨハンが指示を受けたのは昨夜のこと。

 その他国とは――――


 ぞわりとヨハンの全身が総毛立つ。



「アドルフ、お前…………何をするつもりだ」


 緊張に乾いたヨハンの(とい)にアドルフが答えるよりも早く、爆発音と耳をつんざくような悲鳴が夜会の会場となる迎賓館の方から聞こえた。

【後書き】

補足説明︰剣の確認とは→アドルフが用意した剣に不備がないか、使用するヨハンに直接確認させています。小細工はしてないぞという私戦の前に行われる礼儀のようなもの。

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