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78 昼飯と事件の序章

「あっはっはっ! 本当に目付きが悪いんだね!」


 豪快に笑う料理長のフレイヤは、そんな自分を胡乱気な目付きで睨むソラと目を合わせて微笑んだ。


「あんたの事はハルから聞いてるよ」


 その言葉にソラの表情がわずかにだがピクリと動く。フレイヤはソラから視線を外し、残りの二人に声をかける。


「あんた達は“7番”の人達かい?」

「ああ、そうだ。俺達の事もハルに聞いたのか?」


 立ち上がりながら発したヨハンの問いに、フレイヤは違うと首を横に振った。


「ソラが所属してる部隊が7番ってハルが言っていたから、そうかなと思っただけだよ」


 そして「さて」と呟くと、(きびす)を返しながら言った。


「そんな事より、さっさと入りな。腹が減ってるんだろう?」


 ☆


 (とろ)けたチーズが塗られた黒パン、鍋いっぱいの鶏肉と豆のトマト煮込み、そして大皿に山と盛られた茹でて潰されたポム(マッシュポテト)を、塩と香草入りのバターで味付けしたもの。

 それらがテーブルの上でホコホコと湯気を立てながら、腹を空かせた三人の胃袋を刺激していた。


「ほら、遠慮なんかしてないでとっとと()っちまいな!」


 フレイヤの言葉に、ヨハンは入り口に貼られた“時間厳守”の張り紙をチラリと見ながら、戸惑ったように口を開いた。


「いいのか? 食事を提供する時間は過ぎてるんだろ?」

「問題ないよ。これは“ランチ”じゃなくって“(まかな)い”だからね。それに別にあんたらだけ特別扱いもしてない。ランチに間に合わなかった子達には賄いなら提供できるっていつも言ってるんだからね」


 そして続けて「まぁ、あたしらみたいな平民と一緒に飯なんか食えるかって言われる時もあるけどさ」と苦笑し、ヨハン達と同じテーブルについた。


「あんた達も嫌かい?」


 片方の眉を器用に上げて問われたヨハンは「そんなことねぇよ」と否定の言葉を返した。


「まぁ、そんなに気にしないでおくれ。半分くらいはハルへのお礼みたいなものだしね」

「ハルに?」

「ああ。軟膏をね、貰ったんだよ。あたし達の仕事は、どうしたって手が荒れるからさ」


 フレイヤの言葉に、ヨハンは茶色い薬壺(やっこ)に入った軟膏を思い浮かべた。

 大量に作ったからと、ハルから寄付という形でもらい受けた物のひとつで、市販されている物よりも臭みが少なくベタつきにくいと、第7部隊内でも好評の薬だ。


「仕事終わりに使う、香りの良い軟膏もくれてね。みんな喜んでるんだよ」


 フレイヤの言葉に、緊張で無口になっていた従業員の少女達が小声ながらもぽつぽつと会話を始めた。


「あれ、すごく良いよね」

「うん、手がしっとりするんだよね」

「私、油はねの火傷の跡が薄くなった気がする」

「そうなの?」

「個人的に買わせてもらえないかなぁ?」

「さすがにそれは無理じゃない?」

「ハルちゃんなら大丈夫な気もするけど」

「あ、ねぇ、パンこっちにも回して」


 普段どおりのお喋りに緊張が解れたのか、ガヤガヤと賑やかになり始めた食堂の様子を満足そうに眺めていたフレイヤは、4枚の皿にポム(ジャガイモ)とトマトの煮込みを均等に盛っていく。


「個人的に感謝もしてるんだよ。マルチーノ様やモリス様のお食事を、あの子が取りに来てくれるようになってね。お二人は研究に夢中になると食事を忘れられる事があるからさ」


 これで少しは安心だと笑い、仕上げに皿の僅かな隙間にパンを乗せながら囁くように呟いた。


「あのお二人が作って下さった薬があったから、あたしの娘と孫は死なずにすんだんだ」


 フレイヤは料理が盛られた皿を三人の前に置くと、自身の皿にあるパンを手に取りパクリとかぶりついた。それを見て、ヨハンも(さじ)で掬ったトマト煮を口に運ぶ。


「うっめぇ……」


 思わず飛び出したヨハンの言葉に、フレイヤは「大袈裟だねぇ。ただのトマト煮込みじゃないか」と少し照れたように笑う。


「いや、うめぇよ。久々に食う、まともな食事だからってのも、あるけどな」


 匙を(せわ)しなく皿から口へと往復させながら喋るヨハンに、フレイヤは不思議そうに首を傾げた。


「久々のまともな食事って、どういう事だい?」

「えっと……レイ、いつぶりだ?」

「2日と半日ぶりですよ。温めた非常食をまともな食事に加えればの話ですけど。――それよりも喋りながら食べないで下さい」


 行儀が悪いと眉をひそめながら答えたレイの言葉に、フレイヤは驚きで目を丸くする。


「そんなにかい? 食事も取れないほど忙しいだなんて、騎士様も大変だね」

「あー。普段はそうでもねぇよ? ただ、王宮(ここ)じゃ割り振られた以外の仕事を頼まれる事が多くてな。いやぁ、人気者は(つら)いぜ」


 そう言ってカラカラと笑うヨハンを微妙な顔で見つつ、フレイヤは小さくため息を吐いた。


「ここ最近、騎士の人達がピリピリしててね。その影響かね?」

「そうなのか?」

「詳しくは分からないけど、今年の始め辺りから、なんとなくね」


 その為、いつも以上に騎士というものに警戒してしまい、先程はきつく当たってしまったのだと、フレイヤは謝罪と共に頭を下げた。


「いや。気にしないでくれ。それにしても今年の始め頃っていったら……人事移動か?」

「そういえばモルガルド公爵家のご子息が親衛隊に入るのではと噂になっていましたね。ですが最終的に彼は王城騎士になったはずです。彼は公爵家の跡取りでもありますから」

「あー。親衛隊は王家に尽くすって意味で、家とは縁を切るからな。――でも、もったいねぇなぁ、あいつ(つえ)ぇのに」


 パンにトマト煮込みの汁を吸わせながら、残念そうに呟くヨハンを、レイは驚いたように見た。


「ヨハンはご子息を知っているんですか?」

「昔、演習で同じ班になった事がある。良いやつだぜ。剣の腕も確かだし頭もきれる。クソ真面目だけどな」


 「演習中、めっちゃ怒鳴られた」と当時を思い出して楽しげに笑うヨハンから目を反らし、レイは会ったことのない男に同情した。


「王宮での仕事はまだしばらく続くのかい?」

「いや、明日の夕方までだな」

「そうかい。じゃあ、明日も昼に間に合わなかったら裏口から入っておいで。賄いで良いなら用意しておくよ」

「いいのか?」

「ああ」


 フレイヤの有難い申し出に、ヨハンとレイは顔を見合せ、小さく拳をぶつけ合った。


 ★


 翌日。早朝。


 三人が宿泊している部屋の前に複数の騎士が詰めかけていた。

 揃いの黒い隊服の左腕には、王城騎士の証しでもある一角獣(ユニコーン)の柄が入った青い腕章が付けられている。


 コツリと靴音が石の廊下に響き、ひとりの騎士がヨハンを鋭く睨みながら前に出た。


「ヨハン=ロイス。貴殿に窃盗の容疑がかけられている」

「……はぁ?」

「後ろの二人もご同行願おう」

「いや、ちょっ、えぇ!?」


 そして、突然の出来事に慌てふためくヨハンに構う事なく、背後にいる騎士達に命じた。


「拘束しろ」

【後書き】

念のための追加説明。

・7番→第7部隊の略称

・薬壺→“やっこ”と読むそうです。驚き。

・王城騎士→王宮ではなく王の住む城の警備を専門とする騎士。王宮は広いため王宮と王城とで担当を分けています。普通の騎士よりも王城騎士の方が位が高い。それより上が親衛隊。

・親衛隊→王家の護衛専門の騎士。


ソラは黙ってモグモグしてます。

食べてる時は食事に全集中。

ハルさんと2人っきりの食事では少しだけど喋りますが、ハルさんが喋ってソラが相づち打つ程度です。




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