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75 私の“華”

お待たせしました。

待っていてくださった方々に心から感謝をm(_ _)m

★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★

 強い日差しが和らぎ、時折吹く風に涼しさよりも冷たさを感じるなったようになった。

 そんな夏の終わりの夕暮れ。


 分厚い本が数冊乗せられた木製のカートを押しながら、私は王宮の敷地内にある職場――師匠さんが住んでいるお屋敷――から薬学管理棟にある図書館へと続く渡り廊下を歩いていた。


 少し早いがこの本を返し終わったら今日の仕事は終了だ。晩御飯のメニューを考えながら美しく整備された中庭を眺めていると、ふと白色が視界に入る。

 カートごと近付いてみると、白い小さな花が濃紺色の葉の上に、星を散りばめたかのようにいくつも咲いていた。どうやら先日通ったときにはまだ蕾だった花が咲いたらしい。


 確かこの花から抽出した液体で咳止め薬が作れたはずだ。次に作る薬はこれが良いと思っていたからよく覚えている。


 もっと近くで観察しようと身を屈めた、その時。


「なんだ、どんな花かと思えば……ただの雑草じゃないか」


 背後から投げ掛けられた声に振り返ると、そこには医師が着る濃緑色のローブを身に纏った16歳位の少年が二人、まだ幼さの残る顔に嘲笑を浮かべて立っていた。


 その場で二人に向けて医師の礼を取る私を見て、赤毛の少年がフンッと鼻で嗤う。そして側にいる背の高い少年へ声をかけた。


「おい、見たか?」

「ああ、どんな素晴らしい花かと思えば。ただの雑草だな」


 二人の会話に、身に付けている髪飾りを思い浮かべる。


 ファレットと呼ばれる鼈甲(べっこう)に似た色合いの輝石で作られた花の回りに、真珠があしらわれたそれは、華印を授かった際に師匠さんから頂いた品だ。

 部品を付け替えるとブローチとしても使用できるようになっており、個人的にはかなり気に入っている。


 だが、少年達が揶揄しているのはこの髪飾りではない。おそらく“華”の方だろう。

 なぜなら――


雑草(・・)を華印に刻むことを許すとは……マルチーノ様はいったい何をお考えなのやら」

「まぁそう言うな。道端に生えている()がお好きなあの方の弟子にはお似合いじゃないか」


 そう、私の“華”は雑草だ。

 この国では図鑑に載っていない草花は総じて雑草と呼ばれ、正式な名前を持たない。

 そして私が自分の“華”にと望んだ花は図鑑に載っていなかった。


「医師の象徴なんだからせめて薬草であって欲しかったな」

「確かにな。だがまぁ、薬学書に記載されないなら試験に出ることもないから覚える必要がないのは助かる」

「ははっ、確かに――」


「雑草ではありませんわよ」


 少年達の後ろからまだ幼さの残る、けれど凛とした少女の声が響いた。


 渡り廊下に冷たい風が吹き、中庭の植物が揺れるのと同時に、少女の栗色の髪も柔らかく揺れる。


「ブリュノー嬢……」


 顔をひきつらせた少年達が振り返った先には、アーシェラちゃんが不機嫌そうな顔で本を抱えて立っていた。


 アーシェラちゃんは父親譲りの勝ち気そうな藍色の瞳を少年達に向ける。


「最新の図鑑にはすでに掲載されていますわ。それに先日配られた会報誌にも載っていましたけれど? もしかしてご存知ないのかしら?」

「あ、いや、それは……な、なぁ?」

「あ、あぁ」


 少年達は子爵家、アーシェラちゃんは侯爵家の血縁。

 少年達のローブの線は1本、アーシェラちゃんは2本。


「よ、用事を思い出しましたので! 失礼します!」

「失礼します!」


 慌ててこの場を去っていく少年達の背中に、アーシェラちゃんは言葉を投げた。


「ちなみに。薬学書にも掲載される予定ですから、次の試験から出る可能性も十分ありましてよ」





 ☆


「なぜ黙ってるのよ!」


 興奮で顔を赤くさせて私に詰め寄るアーシェラちゃんに、私は苦笑しながら返す。


「いや~、なんか言ったらもっと言われそうだし?」

「そうかもしれないけれど、自分の“華”を馬鹿にされたのよ! 雑草だなんて! 悔しくはないの!」

「それは……」


 美少女に怒られ、しょんぼりと項垂れながら私は思った。


 全然。

 全く、これっぽっちも、悔しくない。


 ――と。


 そもそも前世(・・)でも雑草だったしな、私の“華”。


「う~ん。悔しいよりも仕方がないか~って感じの方が上かな? だってほら、私が“華”にする半年前までは彼等の言うように本当に雑草だったんだよ? 図鑑に載ったからって、いきなり扱い方や考え方は変わらないって」


 私の返答にぷくっと頬を膨らませた不満顔のアーシェラちゃんを愛でなから、渡り廊下を一緒に進む。


「それより私は、自分の“華”に自分で名前を付けれた方が嬉しかったから。花に名前を付けて、さらにそれが公式に認められるなんてめったにないことだし」


 そう言いながら、私の“華”を思い浮かべる。

 春を告げる、円盤状の黄色い花を。


「彼等がなんと言おうと、タンポポ(・・・・)って名前の花はこれから先、ずっと使われ続けるんだしね」

「それは、そうだけど……」

「でしょ?」


 それに、もうひとつ。

 “前世と同じ名で呼べる何かがある”というのは嬉しい。なんだか繋がっているような、そんな気がする。


「だから雑草って言われてもあんまり悔しくないんだよね」

「そう?」

「そうそう、それにタンポポ美味しいし!」

「え、食べれるの?」

「花も葉っぱも全部食べれるよ。根っこを加工した物はコーヒーみたいな味がするし」

「ふーん」

「師匠さんもトビー君も好きって言っ――」

「なんですって!!!」

「ぐえっ」


 ☆


 その後、タンポポの調理方法とかを事細かに聞かれた。


 好きな人の情報って欲しいよね。

 必死にもなるよね。

 分かる。ワカルヨ。


 今度レシピ書いて渡すからね。

 春になったら一緒に作ろうか?


 だからさ。

 首を絞めながら問い質すの、やめてくれないかな?

【後書き】

ハルさんの“華”はタンポポでした~。

やっと出せた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 久しぶりの更新、ずっと待ってました! 結構忘れてるので一話から全て読み直してから読みました。 水まんじゅう食べたい(*`・◻・´)◉
[一言] ゆっくりでも更新して頂けて嬉しいです! また読み返して続きをお待ちしています(^。^)
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