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魔術学校


 魔術師の家系に産まれた者は、平均的に六歳から七歳で魔力が開花する。

 遅い者でも十二歳までには開花する場合が多い。

 だが、稀に十二歳を過ぎても魔力が開花しない者がいる。

 その場合、魔術師になる道はほぼ完全に断たれたと言っていい。

 渡世双也という十二歳の少年が、正当な魔術師になることを諦めたのは、その頃だった。

 とは言え、薄々ながら気がついてはいたのだ。

 自分が魔力を開花させることは、恐らくないだろうと。

 だから、魔術ではなく剣技によって、魔術師の真似事をしようと試みた。

 勝算があった訳でも、計算があった訳でもない。

 だが、それでも刀を振り続けた。

 刀に縋るしかなかったからだ。

 それ以外の方法で、自身を肯定することが出来なかったからだ。

 その結実が怪異殺しの剣技となったのは、実はつい最近の話である。


「初等部にいたころ以来だな、元気してか? 双也」

「あぁ、この通り健康体そのものだ。そっちも元気そうだな、冬馬とうま


 冬馬は、まだ俺が初等部にいて魔術を学んでいた頃の友達だ。

 もう随分と会っていなかったが、こんなタイミングで会うとは思わなかった。


「おうとも。さっきだって一仕事終わらせてきたところだ」


 だから組合に顔を出したのか。

 それでちょうど鉢合わせた、と。

 まぁ、俺はここにはあまり近寄らないようにしていたからな。

 今まですれ違いもしなかったのは、その所為か。


「双也の噂、聞いてるぞ。剣技で怪異を斬れるようになったんだって?」

「まぁな。まだ組合には認められてねーけど」

「はっはー。まぁ、そうだろうな。既得権益がメチャクチャになりかねないし」


 そう軽く話しをしていると、冬馬は何かに気がついたように視線を移す。

 その先にいるのは、すこし離れた位置にいるリズだった。


「おいおいおい。あの子は誰だ?」


 急に俺の肩に手を回した冬馬は、声を潜めた。


「リズのことか? ちょっと事情があって一緒にいるんだよ」

「へぇー、あんな可愛いこと。羨ましいなぁー! この野郎」

「うわっ、ばかっ、止めろって。首が絞まる」


 するりと冬馬の腕から抜け出て、すこし距離をとる。

 危うくヘッドロックを決められるところだった。

 そう言うところは、昔となにひとつ変わっていないな。

 いや、腕力は随分と強くなったみたいだけれど。


「まったく。久々にあったと思ったらこれだ」

「はっはー、悪い悪い。昔の友達に再会できたと思うとな。ちょっとはしゃぎすぎたか」

「いいよ、別に。数年まえに嫌ってほど経験したからな。もう慣れた」

「流石は双也だ。人間が出来てるな。よっ、日本一!」

「調子のいい奴だな、ほんと」


 だが、まぁ、旧友とこうして会えたことは喜ばしいことだ。

 今日はよく昔のことを思い出して、懐かしい気分になる。

 こんな風に落ち着いて喜べるのは久々だ。


「そういや、用事はいいのか? さっき一仕事終えてきたって言ってたけど」

「あっ、いっけね。そうだった。急がないと。じゃあな、双也」

「あぁ」


 急ぎ足で去っていく冬馬を見送っていると、すぐにその歩みが止まる。

 何事かと思えば、次ぎの瞬間には踵を返して戻ってきた。


「これ、俺の連絡先な。暇なときにでも連絡してくれ。じゃ、またな」


 そう、早口に言って、再び冬馬は去って行く。

 その名の通り、馬のように逞しく駆けていった。


「……魔術学校か」


 ふと口をついて言葉が漏れる。


「双也さん?」

「ん――あぁ、なんでもない。待たせて悪いな、外に出よう」


 気持ちを切り替えて、地上へと続く階段を上る。

 本屋のかび臭い店内を我慢して通り抜けた俺たちは、商店街でお祝いのための買い物をした。懐は寒くなったけれど、リズが喜んでくれるならおつりがくる。

 組合の人物評も更新したことだし、たぶん金にはあまり困らなくなるだろう。

 捕らぬ狸の皮算用、なんてことにならない限りは。


「――ただいま」

「ただいま戻りました」


 大量の荷物を抱えて、百合の実家へと戻ってくる。

 リズに引き戸を開けてもらい、玄関に荷物を下ろす。

 そうして一息を付いたところで、なにやらいい匂いがすることに気がついた。


「なんの匂いでしょう? とっても美味しそうな……」

「あ、帰ってきたんだ」


 リズと顔を見合わせて小首を傾げていると、百合の声が聞こえてくる。

 ぱたぱたと足音をさせながら玄関に現れた百合はエプロン姿だった。


「なにか作ってるのか? 随分といい匂いがするけど」

「うん。もう組合には行ってきたんでしょ? じゃあ、エリザベスちゃんはもうこの世界の一員になったも同然。だから、ちょっとしたお祝いをしようと思って」


 それを聞いて、再び俺とリズは顔を見合わせた。

 そして。


「ふっ、ふふふっ」

「あははははははっ」


 二人して、笑ってしまった。


「な、なに? 私、なにか可笑しいこといった?」

「いいや。なにも可笑しいことなんかないぜ。でも、考えることは皆いっしょだなって」


 百合の言っていた用事とは、これのことだったか。


「実は双也さんも同じことを言ってくれたんです」

「え? そうなの。なーんだ……ふふっ」


 つられたように百合も笑い始める。

 そうしてひとしきり笑い合い、俺たちはお祝いのための準備を始めた。

 料理初挑戦というリズの危なげな包丁捌きに、多少は右往左往したけれど。

 三人も揃えば準備など手早く済ませる。

 あっと言う間に料理は完成し、リズのお祝いは穏やかに進んでいった。


「――あ、そうだ」


 作った料理もあらかた食べ終えたあたりで、百合は何かを取り出した。


「はい、これ。二人に」


 そう言って手渡されたのは、白い封筒だ。


「なんだ? これ」


 見たところ、リズと同じものの用だけれど。


「チケット」

「なんの?」

「真央魔術学校いきの、だよ」


 その名前は、百合が現在通っている魔術学校のもの。

 つまり、これは編入や転校の手続きをするための必要書類か。


「どうやって、これ?」

「私、これでも特待生だから。校内に限れば影響力すごいんだよ」

「……マジか」


 どうやら学校側に口添えしてくれたらしい。

 百合の用事って、お祝いだけじゃなくて、このことも含まれていたのか。

 敵わないな、百合には。


「どう? 嬉しい?」

「わ、私……学校に通えるんですか? あの学舎というものに」

「うん。学校側も異世界の文化や術に興味があるし、是非とも来て欲しいって」

「――百合さん!」

「リズちゃん!」


 喜びを最大限に表すように、二人は抱きしめ合った。

 百合とリズは、随分と仲良くなっている。

 このお祝いが友情を育んだわけだ。

 仲良きことは素晴らしきかなとは、よく言ったものだ。


「あ、でも双也は別だからね。試験に受からないと転校できないから」

「俺にだけ厳しいな、おい」


 いや、まぁ、考えてみればそうか。

 つい最近――昨日まで俺は魔力なしだったんだ。

 古龍の魔力を受け継いで、すこしは魔術師らしくなったけれど。

 まだその実力を、この世界の誰にも見せていない。

 挑戦権が与えられただけ、ありがたいと言うものだ。


「試験はいつなんだ?」

「急遽、決まったことだから、そんなに余裕はないよ。三月の二十日には本番」

「上等。まだ二週間もある」


 あの日から――魔術師になれないと悟った時から、刀にすべてを捧げてきた。

 そんな俺にも、リズと百合のお陰でチャンスが巡ってきた。

 これを掴み取るためにも、今日から気合いをいれて勉学に励むとしよう。


「ありがとう。百合」

「どう致しまして」


 まずはすっかり頭から抜け落ちた魔術の構築式を頭に叩き込むところからだ。

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