魔力
肉屋の店長にもらったコロッケを、ちょうど食べ終えたころ。
俺たちは商店街を抜けて、目的地である魔術組合の支部にたどり着いていた。
「ここが魔術組合、ですか?」
「そうだよ。まぁ、見た目は寂れた本屋だけどな」
営業しているかも定かではないほど、朽ち果てた本屋。
店頭に並んだ商品はひび割れるほど乾いているし、店内も薄暗くて不気味だ。
俺が子供のころから、ここはこうだった。
まことしやかに幽霊の本屋さんだと、そう近所の子供たちと面白可笑しく言っていた記憶がある。
「失礼します」
本屋の敷居を跨いで、薄暗い店内に入る。
埃とカビの匂いに若干、顔をしかめつつ奥のほうまで足を進める。
そうして暗がりに紛れるように座す、一人の女性の姿をこの目に捉えた。
「先ほど連絡した渡世です」
「お待ちしておりました。こちらへどうぞ」
抑揚のない平坦な声で言葉を紡いだ彼女は、俺たちを更に奥へと案内する。
人目に触れない場所へと案内され、階段を下り、地下へと誘われた。
「なんと……地下にこのような空間が」
階段を下り終えると、広々とした空間が広がった。
そこでは何人も人間がわらわらと、忙しなく働いている。
働き蟻の行動を観察しているような気分だ。
「こちらへ」
案内にしたがって歩くことすこし、役所の窓口染みた場所へと通される。
そこで待つように言われ、しばらく椅子に座っていると、担当と思われる人間がやってきた。
「いやー、どうもっス。お待たせしてすみませんー」
随分と、かるい口調の女性がきた。
しかも若い。いや、若いと言っても、俺たちよりは大人だけれど。
てっきり、頭の硬いじーさん、ばーさんがくると思っていたから、すこし意外だった。
「えーっと、用件はたしか。戸籍の発行と、渡世双也さんの人物評更新っスね。その隣にいらっしゃる方が、異世界から来たって言う人で間違いないっスか?」
「えぇ、まぁ」
なんだか、調子が狂うな。
色んな意味で。
「なるほどー……では、先に戸籍関係についてっスけど――」
それから幾つかの受け答えや、書類関係の話をした。
リズは召喚陣に組み込まれた翻訳魔術によって、口頭での意思疎通は問題なく行える。けれど、こと文字の読み書きにいたっては翻訳魔術の対象外。
よって、書類は俺が代筆して必要事項を記入した。
「はい。確認終わりましたっス。これで問題ないとはずですけど、恐らく協議に時間がかかると思いますので。気長にお待ちくださいっス」
「重々承知してます」
果たしていつになることやら。
「では、次ぎに渡世双也さんの人物評の更新っスけど」
魔術組合において人物評は、就職における履歴書のようなものだ。
これを基準として魔術組合は、仕事を割り振っている。
現状、俺の履歴書は資格も職歴もない真っ白な状態に近い。
それも組合の老害どものせいだけれど。
とにかく、そんな真っ白に今回の更新で付け加えるべきことが出来た。
「――なるほど。原理は不明ですが、異世界に召喚された際に魔力を生み出せるようになった、と。異世界の魔力に当てられて、蓋が開いたって感じっスかね?」
「まぁ、そんなところだと思います」
実際は古龍の遺伝子を割譲されたからだけれど。
そんなことを正直に告げられるわけがない。
だから、適当な理由を付けておいた。
なにぶん、異世界での出来事だ。なにが起こっても不思議はない。
不透明で、未知の塊である。
だから、魔力なしが魔力を持つ切っ掛けとなったことを、怪しく思うものはいないはずだ。
怪しんだところで、原因解明など不可能に近いのだから。
「うーん。まぁ、とりあえず。ここで簡単な測定をしちゃいましょう。ちょうど簡易測定器があるので、魔力を流してくださいっス」
そうして机上に置かれたのは、透明な水晶玉だ。
これに魔力を流すと、水晶が反応して透明に色がつく。
その色の変化具合で、魔力を測定する仕組みになっている。
「じゃあ」
水晶に手をかざし、魔力を流し込む。
「うん?」
あれ。
「……反応しないっスね」
水晶は、変わらず透明のままだ。
気合いを入れて、すこし強めに魔力を流してみるも、変化は起こらない。
「ちょっと、私のほうでも試して見ましょう」
俺と入れ替わるように、彼女の手がかざされる。
すると、瞬く間に水晶の色は変化して淡い桃色となった。
「……可笑しいっスね。測定器に異常はなさそうっス」
どう言うことだ? これは。
たしかに魔力は流したはずだが、水晶が認識してくれない。
古龍の魔力だから、か?
「――リズ。この水晶に魔力を流してみてくれるか?」
俺を異世界に召喚したのはリズだ。
リズに古龍の遺伝子を扱う資格はない、という話だったけれど。
自前の魔力を持っているはず。
すくなくとも召喚陣を起動できる程度の量は確実に。
「私がですか? わかりました」
今度はリズが水晶玉に手をかざす。
そして、やはりと言うべきか、水晶は反応を示さなかった。
「これ。たぶん、異世界の魔力は測定できないんじゃあないですか?」
この現実世界と異世界の魔力は、根本から違っている。
似ているようで、決定的に異なっている。
だから、測定できないのかも知れない。
「……少々、お待ちを。確認してくるっス」
そう言って席を外した彼女は、しばらくすると駆けて戻ってくる。
「確認が取れました。いやー、渡世さんの言うとおりでした。なにぶん、前例がかなり過去の出来事なもので。配慮が欠けてたっス。申し訳ないー」
「いえ。こんなこと予期できるものじゃあないですし。しようがないですよ」
こればっかりはどうしようもない。
「えー。では、渡世さんの魔力については、異世界の影響で変質し、測定不能ということにしておきましょう。それでいいっスか?」
「大丈夫です」
異世界に召喚されたことで魔力が開花したが、代わりに変質してしまった。
事実とはほど遠い結論だけれど、これはこれで都合がいい。
今後も、この良い訳を採用することにしよう。
ことの真偽は異世界の向こう側だ。誰にもわかりはしないだろう。
「――では、これにて完了となるっス。お疲れ様でした」
その後も書類に目を通したり、記入したりをして、手続きは完了する。
思ったよりも時間が掛かったが、大した手間も掛からなかったし、良しとしよう。
「さて、それじゃあ帰るとするか」
「はい。双也さん」
「お気を付けてー」
小さく振られた手に見送られながら、俺たちは窓口を後にする。
「これで私もこの世界の一員として、正式に認められるのですね」
「あぁ。まぁ、まだ先の話だが、もう認められたも同然だ。帰ったら、お祝いになにかしようか」
「いいんですか? 嬉しいですっ」
この後のことをリズと話つつ、本屋へと繋がる階段に差し掛かる。
地上に向かい、商店街で買い物でもして帰ろうかと思案した矢先のことだった。
「あれ。もしかして双也じゃないか? 久しぶりだな!」
過去の同級生と遭遇したのは。