コロッケ
沢山の人の流れが、吸い込まれては吐き出されていく商店街。
俺たちはその入り口にまで足を運んでいた。
「人がたくさん……ここは何という場所でしょうか?」
「ここは商店街って言ってな。ここから奥の方まで色んな店がずらっと並んでいるんだ」
「なるほど……色んなお店が」
「折角だし、ちょっと寄り道でもするか」
「はい!」
幸いにも時間にはすこし余裕がある。
ちょっとした寄り道をするくらいなら、予定の時刻に間に合うはずだ。
「――あれが工具店で、あっちが八百屋。服屋に、雑貨屋だ」
行き交う人々に混ざって、ゆっくりとした足取りで商店街を歩いていく。
目に入る店を片っ端から説明しているからか。
それとも単純に金髪のリズが珍しいのか。
俺たちはすこしばかり周囲の人達の視線を引いていた。
「双也さん。あの店はなんですか?」
「どれどれ」
リズが指さした先に目を向ける。
すると、見知った看板が見て取れた。
「あれは飲食店だな。すしが食える」
「すし? 食べ物ですか?」
「この国に昔からある料理だよ。酸っぱく味付けた米の上に、生魚の切り身を乗せたもの。って言えば、想像がつくか?」
「酸っぱいお米の上に、生魚の切り身……生魚? あの、魚を生で食べるんですか?」
「うん? そうだけど……あぁ、なじみがないのか」
そう言えば魚を生で食べる習慣は、海外でも珍しいものなんだっけ。
生ものは海外ではやたらと気持ち悪がられるし、異世界でもその認識は同様のようだ。
「ほかにも色々と生で食うぞ、この国の人間は。魚はもちろん、貝類もそうだし、イカ、やタコに、卵とか。あと馬刺しもだから肉も生で食うな」
こうして意識して考えてみると、普段から結構な量の生ものを食べている。
刺身もそうだし、寿司ももちろんそうだ。
卵かけご飯なんて、金銭的に優しくて美味いからよく世話になる。
でも、外国人や異世界人にしたら、ぎょっとするような食文化なんだろうな。
「イカ……タコ……たまご……おにく……なんと……」
あまりの食文化の違いにリズは目を回す。
なかなか受け入れられないらしい。
「双也さん……日本という国は、豪傑の国だったのですね」
「生もの食うだけでそこまで言うか」
まぁ、イカとかタコとか、日本人にしてみればただの食材だけれど。
海外だと恐怖の対象として見ている人もいたりするからな。
海産物が言語化できないほど嫌い、と公言している人もいたりするし。
「――よう、双也。どうしたんだい、今日は」
そんな会話をしつつ商店街を歩いていると、ふと声を掛けられる。
「可愛い子つれて、デートかい?」
そちらに目を向けると、顔なじみの肉屋の店長がいた。
「まぁ、そんなところ」
そう軽くながして、肉屋へと近づいた。
「ほー、双也もやるようになったなぁ。百合ちゃんと二股か」
「人聞きの悪いことを言うな。二股どころか一股もかけてねーよ」
「そうなのかい? 俺は、てっきり百合ちゃんとはもう恋仲になってると思ってたよ」
「なに言ってんだ。百合はただの幼なじ――」
不意に、昨日のことが脳裏に過ぎる。
敵わないな。調子が狂う。
「とにかく、妙なことは言い触らすなよ。店長」
「わかってるよ。おっ、そうだ。こいつを持ってきな」
そう言って差し出されたのは、二人分のコロッケだった。
揚げたてのようで湯気がゆらゆらと揺れている。
「いいのか? 悪いな」
「いいってことよ」
店長からほかほかのコロッケを受け取った。
薄い紙の入れ物ごしにも、その熱さが伝わってくる。
「それに、そいつはこのまえの礼も兼ねてんだ」
「このまえ?」
「ほら、あの夜鳴きの酷い猫だ」
「あぁ、あれか」
たしかこの商店街に現れた下級の怪異だったか。
夜になると子供の泣き声みたいな声音で延々と鳴き続けるだけの怪異。
ただそれだけだが、迷惑極まりない怪異だった。
「双也が余所に移してくれたから、今日も朝までぐっすりさ。安眠の対価にしちゃ、安すぎるくらいだ」
「そいつはよかった。これからも安心して眠れるぜ。あいつはもう、ここには来られないからな」
余所に移した訳ではなく、その場で斬り捨てたから。
けれど、猫を殺したと言ってしまうと印象が悪くなる。
だから、別の場所に移したと言い訳した憶えがある。
「――おっと、もうこんな時間か」
肉屋の壁に掛けられた時計を見て、現在の時刻を知る。
いつの間にか時は過ぎるもので、もう寄り道している時間はなくなってしまった。
「店長、コロッケありがとな」
「おう、また何時でもきな。今度は百合ちゃんも連れて」
「あぁ、そうさせてもらう」
店長に手を振りながら、俺たちは肉屋を後にした。
そうして少しだけ急ぎ足になりつつ、歩きながらコロッケを頬張る。
「んんっ……美味しいです! このコロッケ? という食べ物」
「なんてったって、肉屋のコロッケだからな。絶品だ」
昔から、よくこれに舌鼓を打ったものだ。
懐かしい、思い出の味だ。
「――双也くん、この前はありがとねぇ」
「双也。次はいつ暇なんだ?」
「双也さん。またうちの店に来てくださいね」
商店街を歩くにつれて、何度か声を掛けられる。
しかし、残念ながら立ち止まっている時間がない。
なので、その場その場でかるく受け答えだけをして、俺たちは先を急いだ。
「双也さんは色んなお知り合いがいるのですね――あふっ」
「ははっ、急いで食うからだぞ」
口を火傷しそうになるリズを可笑しく思いつつ、先ほどの話に答える。
「まぁ、子供の頃はよくここを駆け回っていたからな」
よく百合とかけっこしたり、かくれんぼしたりしていたっけ。
「その辺を駆け回っていれば、周りの人が気に掛けてくれるし。たまに売れ残った食べ物をくれたりするし。だから、自然と知り合うんだ」
「なるほどー……いいですね、素敵な関係です。羨ましいくらい」
羨ましい、とリズは言った。
彼女を取り巻く環境を考えてみると、その言葉にも納得がいく。
王族ゆえ、不特定多数の人間と繋がりを持つ、という経験がない。
「なに言ってんだ。時期にリズもこうなるんだぜ?」
「私も、ですか? 私に出来るでしょうか」
「出来るさ。俺と百合がそうなんだ。リズなら望めば誰とでも繋がりを持てるさ」
そんな話をすると、リズは僅かにだが微笑んだ気がした。
「そうなれると、いいですね」
そうして、また一口、コロッケを頬張る。
そして魔術組合は、もう目と鼻の先にあった。