不意打ち
校門にまで戻ってくると、意外なことに理緒の姿を見た。
理科室の外で見るのも、これで三度目か。
「おかえりー。どうだった?」
「あぁ、ばっちり。代行してきたぜ」
「そっかそっか、じゃあ約束通りに連れてってあげるー」
そう言うと、理緒は俺の手を引いて駆けだした。
「ほら、はやくはやく。もうすぐ百合ちゃんの試合だよー!」
「わかったから、引っ張るなって」
手を引かれて、俺たちは訓練場を訪れる。
すでに武闘会の本戦は始まりを告げていたが、幸運にも試合は百合が出番となる一つ前だった。
特等席に座ると同時にそれに決着もつき、折良く百合の出番が回ってきている。
「さぁ! みなさん、お待ちかね! 優勝候補の登場だ!」
観客席を煽る司会の言葉と同時に、百合が訓練場の中心にまで躍り出る。
「入学当初から秀でた成績を残し続けた才色兼備の高嶺の花! 花裂百合!」
百合の名が呼ばれた瞬間、観客席がわき上がる。
一日目には聞いたこともないような歓声だ。
「すっごい、盛り上がりようだねー。百合ちゃん有名人だー」
「あぁ、俺もびっくりしてる」
今まで意識していなかったけれど、百合は超がつくほどの有名人だ。
この魔術学校はもちろんのこと、他校の生徒にまで知られている。
本来なら武闘会に出るメリットすら希薄なほどの知名度を誇っている。
特待生とは、それだけの影響力をもつ者のこと。
改めて、その言葉の意味を知ることができた。
本当なら、隣にいる理緒も同じくらいの影響力があるはずなんだけれどな。
いかんせん、理科室から出ないから、百合ほどではないと思われる。
「あ、ほら。百合ちゃん、こっち見てるよ」
すこし視線を彷徨わせるようにして、百合は観客席に目を向けていた。
そして、その視線は俺のそれと混じり合う。
「――」
ふと、笑ったような気がした。
声もなにも聞こえなかったし、表情の機微もここからでは見て取れない。
けれど、それでもたしかに百合が微笑んだような気がした。
ことの真実は百合しか知らない。
たしかめようにも、百合はすでに視線を自身の正面へと向けてしまっている。
これから登場する対戦相手に身構えるように。
「続きましての挑戦者はこちら!」
遅れて登場するのは、ここまで勝ち残った紛れもない実力者だ。
対戦相手が百合だからと言って、怖じ気づくわけでも、恐れおののくわけでもない。
彼女はゆっくりと自らのペースで、訓練場へと足を踏み入れた。
そして。
「――なっ」
百合に対して、魔術が放たれる。
試合はまだ始まっていない。
にも関わらず、それは鋭利な風の刃となって、百合を急襲する。
「なんのつもり?」
しかし、百合は動じない。
即座に右手に纏う魔殻を強化し、風刃を弾き飛ばしてみせた。
急激に軌道を変更させられたそれは地面に激突し、訓練場の一部をえぐる。
あれが不意打ちで当たっていたら、魔殻を超えて肉体に届いていたかも知れない。
この大舞台で、この衆目の中で、かの対戦相手はそれを臆面もなくやってみせた。
「あちゃー、失敗、失敗。そんなつもりはなかったんだけどなー」
対戦相手である彼女は、わざとらしい言葉を並べながら位置につく。
「緊張して魔術が暴発しちゃった、ごめんね。もうこんな失敗は二度としないから、どうか許してほしいな」
「……許すかどうかは、実行委員が決めることでしょ」
視線が、司会をしていた男子生徒へと向かう。
「えー……まぁ、本人も非を認めていることですし。厳重注意と言うことで……次ぎは、ありませんからね」
「はーい、肝に銘じておきますー」
結果的に、先ほどの不意打ちは事実上の無罪となる。
司会が独断で決めた判決だが、それに異を唱えるものは少数だ。
俺と、理緒くらいのものだろう。
「むーん。あの子、絶対わかってやってるよねー。丸一日お預けにして、待てしてあったんだもん。今更、目玉を取り上げられないって知ってる顔だよー、あれ」
「……だな」
これが百合の初試合でもなければ、不正をした彼女は失格になっていたかも知れない。
だが、観客席にいる連中はみんな、特待生である百合の試合を昨日から待ち望んでいた。
ここに来て更に百合の試合が先送りになる、なんてことになれば観客席は当然、不満を抱く。
次ぎに控えた別選手の試合を気持ちよく観戦する、ということが叶わなくなる恐れがある。
武闘会を絶対に成功させたい実行委員からすれば、失敗の可能性は出来るだけ摘んでおきたいところ。
多少の不正なら目を瞑って、試合を始める判断をする。
対戦相手である彼女には、それがわかっていた。
だから、わざとああして不意打ちを仕掛けたに違いない。
「なにしてくるか、わからないぞ。百合」
聞こえていないとわかっている。
けれど、百合の背中にそう投げかけずにはいられなかった。
「えー……おっほん。それでは改めまして。これまでの試合で様々な幸運に恵まれたラッキーガール! 雨雲流里!」
名を呼ばれた雨雲は、悪びれた様子もなく観客席に手を振っている。
「ラッキーガールって、どう言うこと?」
「……そのままの意味だよ」
思い返してみれば、昨日から雨雲はそうだった。
「対戦相手が試合直前に棄権したり、優勢だったはずなのに降参したり、いきなり致命的なミスをして勝負を決められたり。とにかく、自分の実力以外のところで勝敗が決することが多かったんだ」
昨日、この特等席で見ていて、気にはなっていた。
けれど、昨日の俺はそうと感じていながら、深く考えることはしなかった。
初めて見る魔術師同士の試合。わき上がる観客席の雰囲気。
その両方が悪い方向に働いて、俺から思考力を奪い去っていた。
こうして、百合の前に雨雲が立つまで、すっかり忘れていたほどだ。
「ふーん。じゃあ、起こっちゃうかもね。ジャイアントキリング」
大番狂わせ、か。
「いや、それはない」
すっぱりと、否定する。
「どうして?」
「そんなの決まってる」
決まり切っている。
「あそこに立っているのが、俺の幼馴染みだからだよ」
そして、百合の試合が始まりを告げた。




