子供扱い
校門のまえにまでいくと、教師と思しき人の背中をみた。
俺が近づくと、その人はくるりとこちらに振り返る。
「おや、奇遇だね」
「……どうも、無河先生」
無河有士。
この学園で一番、苦手な教師だった。
「キミが代打ってことでいいんだよね?」
「はい。理緒の代わりに来ました」
「そうか、そうか。まぁ、キミなら大丈夫でしょう。あぁ、でも」
瞬間、無河先生の手に剣が現れる。
かと思えば、剣閃が飛ぶ。
不意打ちの一撃。
だが、こうなるだろうと予想は出来ていた。
反射的に刀を抜き、剣閃を刀身で受ける。
甲高い金属音が朝の澄んだ空気を駆け抜けていく。
朝っぱらからいい近所迷惑だ。
「うん。合格」
「もっと穏便に確認できないものですかね」
なんで逐一、斬り掛かって確かめるんだ。
俺じゃなかったら怪我じゃすまなかったぞ、あの剣速は。
刀、持ってきておいてよかった。
「じゃあ、行こうか。怪異狩りに」
「はい。手早く済ませてしまいましょう」
武闘会の本戦が始まるまで、まだ時間はある。
けれど、悠長にしてはいられない。
何事も時間に余裕を持って行動しなくては。
そのためにも、ちゃっちゃと片付けて戻ってくるとしよう。
「――そっちに行ったよ」
駆ける。駆ける。
硬いアスファルトの上を、獣の姿をした怪異が駆ける。
数は四体ほど。
この程度なら、無駄に魔力を使うこともない。
抜き払った刀で弧を描き、四度ほどそれを繰り返す。
冴えた太刀筋は怪異を捕らえ、その刃は命までたやすく届く。
怪異が剥いた牙は、何者にも突き立てられることなく、血だまりに沈んだ。
「いや、お見事」
その様を見て、無河先生は、そんなことを口にする。
思わず、目が細くなった。
「無河先生、今わざと怪異をこっちに嗾けましたね?」
「いやだなー。大事な生徒にそんなことをするわけがないじゃないか」
「不意打ちで斬り掛かってくる人が言っても、説得力がありませんよ」
「あっはー」
それで誤魔化したつもりか。
まったく、性懲りもない。
「けれど、これでようやく拝むことができたのは、たしかだね」
そう言えば、無河先生のまえで披露したことは、未だになかったか。
というか、会うのはこれで三度目だ。
同じ学校にいても、意外と会う機会は少ないな。
「怪異殺しの剣技。やはり、思っていた通り、素晴らしいものだ」
「……そいつはどうも」
この人に褒められても、あまり嬉しくない。
それより先に、不気味の感情が湧くからだ。
苦手だな、この人はどうも。
「魔術組合がキミを恐れるのも頷ける」
「恐れる? なんの冗談ですか? それは」
魔術組合は強大な組織だ。
俺個人なんて、その気になれば幾らでも料理できるだろうに。
「冗談じゃあないよ。キミの剣技は魔術に匹敵するものだ。怪異を捕らえ、魔術さえ斬り捨てる。キミは怪異殺しであると同時に、魔術師殺しでもあるんだ。警戒するさ、当然ね」
「……魔術師を、この剣技で斬ったことなんてありませんよ。一度も」
剣技として成立するまでは百合に修業を手伝ってもらったけれど。
成立してからは百合にだって、この剣技は振るっていない。
まぁ、魔法使いには振るったことがあったけれど。
あとは、四風院が放った魔術を防衛のために斬ったくらいか。
あの時も、結局のところ壱拾八号の手によって事態は終息した。
俺は一太刀たりとも浴びせてはいない。
「だとしても、だ。キミは、その剣技の価値をもっとよく自覚したほうがいい」
それは見透かしたような、言葉だった。
怪異殺しとしてよりも、魔術師として生きたい。
そう思ってしまう自分には、よく心に突き刺さった。
無河先生は、恐らくこう言っている。
下らない意地を張るな、と。
「……忠告どうも。肝に銘じておきます」
どっち付かずだな。
剣技か、魔術か。
積み上げてきた結実か、渇望していた憧れか。
どちらに重きを置くべきか。
今一度、自分を見つめ直す必要があるのかも知れないな。
「おっと、話をしている場合ではなかったね。さぁ、次ぎへと行こう」
とりあえず、いろいろと小難しいことを考えるのは後だ。
いまは理緒の代行として、成すべきことを成そう。
怪異は俺たちの事情なんて考えてはくれない。
さっさと終わらせて、学校に戻らなくては。
「はい。行きましょう」
無河先生のあとに続くように、アスファルトを蹴る。
それから湧いて出てくる怪異の掃討に従事し、街のあちらこちらを駆けずり回った。
怪異はいくら処理しても次々と湧いて出る。
一体一体は弱く、さほど脅威ではないにしろ。
数の暴力はいつも個々の弱さを補うもの。
何度、刀を振るっても切りがない状況がつづく最中に、ことは起こる。
「――消えた?」
夥しいほどにいた怪異たちが、一斉に姿を消した。
永遠に終わらないかに思われた掃討は、唐突に終わりを告げたのだった。
「ふーむ。どうやら、各地で同じことが起こっているみたいだ。この街に現れていた怪異は、すべて消え失せたそうだよ」
式神を通してほかの教師と連絡をとったようで、無河先生はそう告げる。
不意に現れて、訳もわからず消え失せる。
結局のところ、なにがしたかったのだろうか。
そもそも、したいことなどなかったのか。
疑問は尽きない。
「……いったい、なにが起こっているでしょう」
「さてね。怪異の考えることなんて、人間にはわからないさ。人間から生み出されたくせに、奴らは難解が過ぎる」
まぁ、だからと言って。
そう、無河先生は続ける。
「件の四風院のように、人造怪異を生み出そうとは思わないけれどね」
「……四風院は、怪異を知ろうとしていたんですか?」
「さぁ? でも、知ろうと思わなければ人造怪異なんて造れやしない。そう思うだろう?」
思えば、なぜ四風院は禁忌を犯してまで、人造怪異を造ったのだろうか。
その理由を俺は知らない。恐らく、百合やリズ、理緒の知らないだろう。
当事者にも聞かされていないんだ、知っているのは極一部。
二海堂くらいのものか。
「ともかく、これで仕事は終わりだ。私たち教師は、まだしばらく街を巡回しなくてはならないけれど。生徒であるキミは、もう学校に戻って構わないよ」
「いいんですか?」
「あぁ、折角の武闘会なんだ。面倒ごとの後処理は大人に任せて、子供は楽しんでおいで」
子供、か。
子供扱いされたのは、いつぶりだろう。
魔術師は、そうなると志した時から、そのような扱いはされなくなる。
子供という言葉が、言い訳に使えなくなる。
だから、こうして面と向かって子供扱いをされると、すこし妙な感じがする。
普通なら、不当に低く評価されたことに憤りを覚えるのだろうけれど。
それよりも先に懐かしいという思いが胸に宿る。
「……ありがとうございます。それでは」
「気をつけてね」
その言葉を最後に聞いて、俺は駆け足で学校へと向かう。
時刻はすでに武闘会が始まる頃合いだ。
たしか百合とリズの出番は、まだ先だったはず。
急げば間に合う。
壁を蹴り、屋根まで跳び、最短距離をいく。
学校まではあとすこし。
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