手玉
「く、口の中がスースーしますっ」
五大属性キャンディーを舌で転がしながら、リズは未知の感覚に驚いていた。
恐らく、風属性に当たったのだろう。
ハッカ飴をなめたあとのような感覚がするらしい。
異世界の食べ物にハッカの類いはなかったようだ。
「二日目……あー、本戦って言うのか? とにかく、おめでとう。リズ」
「ありがとうございます。私、頑張りましたっ」
「一時はどうなることかと思ったけどね」
「えへへ」
なにはともあれ、勝てたのだからそれでいい。
たしかにハラハラはしたけれど。
「ベクトファルケさん」
控え室まえの廊下にて、そう話をしていると、不意にリズの名前が呼ばれる。
声がしたほうを見ると、リズと試合をした石凪沙恵がそこにいた。
「本戦出場、おめでとうございます」
彼女は祝いの言葉を告げる。
そこに皮肉や嫌味は感じ取れない。
心からの祝福だった。
「あ、ありがとうござます」
「正直、とても悔しいですけれど。私を下したのですから、簡単に負けてもらっては困りますわよ? 勝者として、誇りある戦いを期待していますわ」
「が、頑張ります。えっと……石凪さんの分まで」
そうリズが言うと、石凪は微笑んだ。
「沙恵でよろしいですわ」
「では、私もリズとお呼びください。さ、沙恵さん」
「ふふっ。それでは、私はここで失礼しますわ。リズさん」
そう言って、石凪は去って行った。
剣を交えた者同士、わかり合えたり、通じ合ったり、したのだろう。
たしか石凪も名家の出だったはず。
その辺の事情もあって、リズとは相性がいいのかも知れない。
「さて、と。じゃあ、露店巡りしよっか。双也、一巡りして来たんでしょ? 案内は任せたからね」
「あぁ、任せとけ。良さそうなところには目をつけておいたんだ」
「日本の露店……楽しみです」
そのあと、廊下を出て外に繰り出した俺たちは、露店巡りをした。
武闘会のまえに理緒と通ったルートを歩きつつ、二人の趣味に合いそうなものを提案していく。
百合とリズの趣向はそれぞれで、また理緒ともまったく違っている。
その辺の考えるのに一苦労したけれど、概ね上手く行ったはずだ。
「――もう暗くなってきちゃった」
気がつけば時刻も太陽が沈むころ。
夕闇が雲を染め上げ、空は夜へと様変わりしようとしている。
いくら祭りとは言え、学生主催のもの。夜からが本番とは、なかなか行かない。
夜は怪異の時間でもあることから、魔術したる学生たちも遊んではいられない。
周囲の露店も次々と店じまいを始めている。
今日という日の祭りは、この辺でお開きだ。
「おっ? この音は……」
ひゅーという独特の音が夕闇の空に舞い上がる。
それは弾けて火花をまき散らし、華やかな円を描いて掻き消える。
「わぁ……あれはっ、あれはなんですかっ!?」
「あれはね、花火って言うんだよ」
「花火……とても、とっても綺麗です」
一日目の武闘会が無事に終わったことを祝福するように、天空に花火が咲く。
背景が夜空でないことがすこし残念ではあるけれど。
これはこれで味があっていいものだ。
「ねぇ、双也」
リズが花火に見とれる中、百合がそっと隣にくる。
「明日、見ててね。私のこと」
「百合?」
そう聞き返してみるも、返事はこない。
はぐらかすように笑って、またリズの隣へと戻っていく。
見ててもなにも、最初からそのつもりだけれど。
いったい、なんだったんだ?
「――見てください! まるで柳のように広がりました!」
そんな疑問も、花火の音と派手さにかき消される。
まぁいいか。そんな気分になって、武闘会の一日目は締めくくられた。
そして、武闘会最終日、二日目が始まりを告げる。
「――珍しいな。理緒から連絡をよこすなんて」
「あれ? そーだっけー。まぁ、そういうこともあるよねー」
早朝、俺は理緒に呼び出されて理科室を訪れていた。
待っていた理緒は相変わらずの様子だ。
「それで? 用件はなんだ?」
「お仕事の依頼だよーん」
「仕事?」
こんな時に、俺に直接?
「なんでも、この学園の周囲に怪異が出たらしいよ。朝っぱらなのに! だから、先生たちとか、手の空いた生徒たちで駆除して回っているんだけど。なかなか終わらないみたいでさー」
怪異は基本、夜に現れるものだ。
例外はあるけれど、朝にそれだけ大量の怪異が湧いて出てくるのは珍しいな。
時期が時期だし、このあとには武闘会の本戦が控えている。
対処するなら、早いほうがいいのはたしかだな。
「だから、俺のところにも仕事が回ってきた、と」
「まぁ、もともと私にきた仕事なんだけどねー」
「……厄介ごと押しつけるために呼んだのか?」
「やだなー、キミの腕を信用してるんだよー。私がいくより、キミのほうがきっと早く事態を終息させられる。だから、キミに頼むの。お願い! お礼はするからー」
お礼、ね。
「それが何かによるな」
腕組みをして、強気に出る。
下らないことだったら、踵を返して帰ろう。
「ふっふっふー。聞いて驚けー! 武闘会の特等席だー!」
「なん……だと?」
「ふふー、知ってるよー。昨日、百合ちゃんと特等席で試合を見てたんでしょー? でも、今日は百合ちゃんが試合にでるから、特等席で試合は見られない」
たしかに、その通りだ。
だから、今回ははやめに場所取りをしておこうと考えていた。
「私はこう見えて百合ちゃんと同じ特待生だし。私と一緒なら特等席に座れるよ-! まぁ、周りの色んな人に配慮しながら、肩身の狭ーい思いをして、喧噪を煩わしく思いながら観戦したいって言うなら、私も無理強いはしないけどねー」
「ぐぬぬ……」
悔しいけれど、理緒の提案は魅力的だ。
しかも、今回は百合とリズの戦いが見られるかも知れない。
それを万全の状態で見届けるためにも、特等席には座っておきたい。
「……わかった。俺の負けだ。下らない意地は捨てて、代わりに行ってやるよ」
「わーい! キミなら、そう言ってくれると思ってたよー。じゃあ、そう連絡しておくから、校門まえで待っててね。あとはよろしくー」
「あぁ。でも……」
「わかってる。特等席は任せておいて、理緒ちゃんは約束を守る女の子だよーん」
まぁ、今まで約束を破られたことはないしな。
「じゃあ、行ってくる」
「行ってらっしゃーい」
そう理緒に見送られて、理科室をあとにする。
うまく手玉に取られてしまった感が否めないけれど。
これも特等席のためだ。
仕事もはやめに終わらせて、試合に間に合わせないとな。




