硝子
「埒があきませんわね」
石凪は砂塵で得物を造るのを止める。
かと思えば、次ぎの瞬間には砂嵐を巻き起こした。
それは硝子の結界を中心とした、激しい砂塵の流れ。
恐らく、リズの視界は今現在、零にも等しい。
砂以外のなにも見えてはいないだろう。
「やはり、勝敗とは己の剣でつけるべきもの」
石凪は剣を構える。
「さぁ、行きますわよ!」
そして、自らの身を砂嵐の中へと投じた。
こうなってしまうと、観客席からは様子を窺えなくなるが。
「ちょーっと待ってて」
百合はそれを受けて、指先で空中に四角を描く。
すると、魔力で構築されたスクリーンが出来上がる。
「こいつは?」
「簡易的な解析魔術。理緒ちゃんに教えてもらったの。あまり大それたことは出来ないけど……ほら」
映し出されるのは、砂嵐を透過した映像だった。
きちんと、鮮明な音声まで拾えている。
「凄いな。これで様子がわかるってわけだ」
「感謝してよね」
映像は、ちょうどリズの反撃を映し出していた。
リズは硝子の結界を解くことなく、その周囲に硝子の得物を展開していた。
周回軌道を描くそれらは、姿を見せない石凪へと向けられたもの。
だが、そんな闇雲な攻撃が通じるほど、相手も甘くはなかった。
息を潜め、辛抱強く、虎視眈々と隙を窺っている。
大胆不敵に見えて、非常に慎重に行動しているのを見るに。
石凪沙恵も、魔術師としてとても優秀だ。
「手強い相手だね。あの石凪さんって人」
「あぁ……ここからリズがどうするか、だな」
このままでは埒があかない。
それにリズは結界を維持したまま、得物まで造っている。
魔力を消費は、決して軽くない。
それは対戦相手である石凪も承知のはず。
なにか手を打たないと、ジリ貧になってしまう。
「私の砂塵を完全に防ぎきる堅牢なる硝子」
石凪は告げる。
「打ち破るには、それなりの工夫をしなければなりませんわね」
策はある、と。
「たとえば、そう。私の剣を、同質のそれにしてしまう、とか」
そして、準備は整った、と。
石凪の足下から砂塵がうねり、剣を呑む。
何度か蠢いたそれは砂嵐に混じって消え失せ、剣は生まれ変わった。
刀身は透明度の高い硝子で覆われている。
石凪は砂塵から、リズの魔法と同質の硝子を造り上げた。
「時間は掛かりましたが、これでようやく近づけますわ」
硝子の剣を片手に、石凪は勝負をかける。
周回軌道上の硝子の得物を、同質の剣はたやすく断ち斬ってみせた。
「――ッ」
自身が造り出した硝子が断ち斬られた。
その情報は、即座に結界内のリズに伝わる。
警戒し、そちらへと得物を集中させようとするが。
時すでに遅し。
「ごきげんよう」
硝子の剣は、リズの結界を打ち破る。
不可侵だった領域に、その足を踏み入れた。
「さぁ、決着をつけますわよ!」
至近距離にまで肉薄され、硝子の剣が振るわれる。
リズはそれを後方に下がることで、辛うじて回避した。
しかし、そのあとに退路はない。
そこはすでに結界の端、その向こうにある砂塵は石凪の領域だ。
空を裂いた硝子の剣は、すぐにその鋒をリズへと向けた。
「これで終わりですわ!」
突き放たれる硝子の剣。
硝子による障壁をも斬り裂くそれを前に、防御の手段はない。
かと、思われた。
「――なッ」
硝子の剣は静止する。
リズが手にした得物、細剣の柄に施された装飾に絡め取られて。
「流石に、破壊は叶いませんか」
けれど、とリズは続ける。
「勝負ありました」
その宣言と共に、結界内に幾つもの硝子の得物が現れる。
予めそこに配置してあったかのように。
リズの硝子は不可視にも、可視にもできる。
石凪は誘い込まれていた。
「……初めから、私をここに誘うために?」
「この結界の中では砂塵は使えませんから」
「なるほど……どうやら貴女のことを、計り違えていたようです」
石凪は、ゆっくりと剣を下ろす。
「異世界の姫君。本物の王族。そんな貴女に、私の剣を止められるはずがない。その慢心が、私の敗北に繋がったのですね」
砂嵐は止み、観客席のすべてに勝敗が伝わった。
「お見逸れしました」
そう言って、石凪は剣を手放した。
剣先はからんと音を立てて地面に転がる。
この瞬間、リズの勝利が決定した。
「ふぅー」
わき上がる歓声を耳にしながら、一息をつく。
「いま双也が一番、安心してるんじゃない?」
「からかうなよ。まぁ、否定はしないけど」
硝子の結界は解かれ、リズは石凪と握手を交わしている。
リズは宣言通りに頑張り、勝利を掴んだ。
握手が終えると、次ぎの選手のために控え室へと戻っていく。
その最中、ふとリズと目が合う。
なので、百合と二人して親指を立てた。
それを見て、リズも同じようにする。
満面の笑みを浮かべながら。
「続きまして――」
それから武闘会は滞りなく進んでいった。
じっくりと削り合う長期戦から、一瞬にして決着がつく短期戦。
中でも、心の試合は飛び抜けて早かった。
対戦相手は身体強化の魔術を得意とする、上級生。
予想では凄まじい剣撃の応酬が繰り広げられるかに思われた。
けれど、その内容は簡素極まるもの。
ただ互いに駆け、肉薄し、勝敗は一撃で決定された。
心の獣の如き剣が、上級生をねじ伏せたのだ。
これには観客席にいた生徒も歓声を送り、俺と百合も関心した。
すこし見ない間に、心も成長していたようだった。
「――さぁ、みなさん。本日の武闘会はここまでとなります!」
リズと心はその後、何度か試合をして両者ともに勝ち抜けた。
二人は無事に勝者として、二日目の武闘会へと駒を進めることになる。
「明日をどうぞお楽しみに。それではこのあとも、露店や催しをお楽しみください!」
そうして武闘会の一日目は幕を下ろした。
「あー、終わっちゃった」
観客席にいた生徒たちは、すでに訓練場をあとにしようとしている。
武闘会が終わっても、外の露店はまだまだ営業中。
午前中に回りきれなかった露店を求めて、我先にと出入り口は大渋滞だ。
「じゃ、リズを向かえにいくか」
「うん。じゃ、私が控え室にいって呼んでくるから、外で待っててね」
「あぁ」
俺たちも立ち上がって、訓練場をあとにする。
渋滞を起こした出入り口からではなく、裏口からひっそりと。




