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砂塵


 暴れ狂う焔が訓練場をのたうち回る。

 まるで生きた蛇のごときそれに、対戦している生徒は水の魔術で対抗した。

 焔の蛇と水の獣。

 双方が双方を喰らい合い、大量の水蒸気とともに二つは爆ぜ散った。


「大迫力だな。魔術師同士の戦闘って」

「そっか。双也は見たことないんだっけ?」

「あぁ。経験はあるけどな」


 魔力なしだった俺に、魔術師同士の戦いを見る機会などなかった。

 いまこうして特等席で見ているのが初めてだ。

 心と戦っている時や、あるいは壱拾八号と戦っていた時も、あんな風だったのだろうか。

 戦いの最中はいつも必死だ。余計なことを考えている余裕はない。

 どんな風に見えているか、なんて考えてたこともなかった。


「やっぱり、魔術師はいいな」


 ふと、思ったことが口から出る。


「ふふっ」

「笑うなよ」

「笑ってない。ただちょっと嬉しくなっただけ」

「……そうか」


 長い間、ずっと百合には修業に付き合ってもらっていた。

 怪異殺しの剣技を身につけたあとも、色々と世話になった。

 だから、こうして俺が魔術師を名乗れるようになって、自分のことのように嬉しがってくれている。それがなんだか誇らしくて、自分の頬もすこし緩んだ。


「――おっ、決まったか」


 水刃が空を駆け、相対した対戦者の魔殻を砕く。

 魔殻を失った時点で勝敗は決したと見做される。

 それ以上の戦闘は、命を落としかねない危険なものとなるからだ。

 よって、試合は即座に終了となる。

 勝者と敗者に分かれた二人は、同時に礼をしてその場をあとにした。

 片方は勝利の余韻に酔いしれ、片方は敗北の苦汁をなめながら。


「さー! 次ぎの選手はこの二人!」


 司会を務める男子生徒の声が訓練場にこだました。

 それに合わせるようにして次の選手が入場する。


「繊細な魔力操作で砂塵を自在に操る二年生! 石凪沙恵いしなぎさえ!」


 先に現れたのは、腰の辺りまである長髪をポニーテールにした女子生徒。

 この衆目の中にあっても堂々とした態度で、彼女は足を進めている。

 その振る舞いからは漲る自信が見て取れた。

 自身が敗北することなどあり得ない、そんな雰囲気を纏っている。


「異世界からの移住者であり、その実力はいまだ未知数! エリザベス・フリーデ・ベクトファルケ!」


 次ぎに現れたのは、待ちに待ったリズだった。

 石凪とは対照的に緊張を隠し切れない様子で、一歩一歩たしかめるように足を進めている。

 しかし、その様子は竦んでいるようにも、会場の空気に呑まれているようにも見えない。

 リズはリズなりに、万全の状態で勝負に望んでいる。


「声、掛けてあげたら?」

「いや、リズの集中を途切れさせたくない」


 不用意に声を掛けて、気が散ってしまったら元も子もない。


「黙って見てる」

「そっか。じゃあ、私もそうしようかな」


 それに声なら、さっき掛けたばかりだ。

 伝えたいことは伝えてある。

 それ以上は、必要ない。


「よろしくお願いしますわ、ベクトファルケさん。お互いに、よき試合にいたしましょう」

「はい。こちらこそ、よろしくお願いします、石凪さん。全力で、戦わせていただきます」


 両者出揃い、配置につく。

 互いに得物に手をかけ、鞘から刃を抜く。

 リズは細剣を。石凪はショートソードを。


「では、これより石凪沙恵対エリザベス・フリーデ・ベクトファルケの試合を始めます。準備はよろしいですね?」

「もちろんですわ」

「はい、出来ています」

「では――」


 ほんの僅かな間があって。


「はじめ!」


 リズの試合は幕を開けた。


「行きますわよ!」


 先手を打ったのは、石凪だ。

 土の魔術たる砂塵がうねり、鞭を打つかのごとくリズへと迫る。


私を見つけて(シンデレラ)


 リズは、それを硝子の魔法によって防ぐ。

 正面に立ち塞がるように展開された硝子の障壁は、土の魔術をものともしない。

 双方が接触した瞬間、砂塵の鞭は霧散して周囲に散らばった。


「なるほど、随分と硬いですわね。では、この様にしてみましょう」


 更に大量の砂塵を、石凪は展開する。

 今度は規模を大きくして硝子の障壁を破壊するつもりかと思われた。

 しかし、石凪が次ぎに取った行動は予想に反してまるで違っていた。


「――これはっ」


 砂塵は螺旋を描く。

 風もなく巻き上がり、リズの周囲を取り囲んだ。

 石凪の狙いは硝子を打ち砕くことではない。

 全方位から攻撃を一斉に仕掛けること。


「お覚悟を」


 砂塵は集いて形をなし、幾つもの得物と化す。

 それらは一斉に射出され、リズを狙い撃つ。


「――くっ」


 砂塵の動きをみて狙いを察したリズは、正面においた硝子の障壁を引き延ばす。

 薄く、広く、自身の周囲を取り囲むように伸ばし、半球状の結界となす。

 石凪が全方位から攻撃を仕掛けるなら、リズは全方位に結界を敷く。

 射出された砂塵の得物は、ことごとく硝子の結界をまえに散っていく。

 だが、引き延ばされた結界の硬度は、障壁よりも下がっている。

 貫かれはしないものの、接触するたびに亀裂が走り、ひびが入る。

 その端から修復はされているが、それは激しい魔力の消耗に繋がるもの。

 防戦一方の長期戦では、圧倒的にリズが不利だ。


「――攻めっけが足りないね。リズちゃん」

「そうだな。でも、攻めあぐねているって様子にも見えない」


 そもそも攻める気がないようにも見える。

 石凪にあっさり先手を取られたことといい。

 障壁を展開したあとといい。

 攻められる好機はあったはず。

 だが、それをリズはすべて逃している。


「もしかして正式な対人戦はこれが初めてだから、とか?」

「……どうだろうな」


 これまでも何度かリズと手合わせしたことがある。

 魔殻の存在もあって、リズの攻めに躊躇や戸惑いがあったようには思えない。

 しかし、今回の相手は石凪沙恵だ。

 俺や百合のように親しい間柄の人間ではない。

 それがリズの攻めを阻害しているのかも知れない。


「なんにせよ、見守るしかない。それになにか考えがあるかも知れないし」

「考えって?」

「……見ていればわかるさ。おのずとな」


 ああだこうだ言っても、観客席にいる俺たちにはなにもできない。

 いま戦っているのはリズなんだ。

 防戦一方では勝ち目がないことは、一番よくわかっているはず。

 それにリズは頑張ると言ったんだ。

 俺たちはそれを信じよう。

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