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古龍の息吹と再召喚

「んっ――はっ」


 微睡んだような扇情的な表情をして、エリザベスは膝から崩れ落ちた。

 それを支えるように腰に手を回して倒れるのを未然に防ぐ。


「大丈夫か?」

「は、はい」


 遺伝子の割譲には、それなりの負担が掛かるのだろう。

 彼女の疲労具合からそう察していると、とうとう間合いに兵士が踏み込んだ。

 幾つもの殺気を向けられ、掲げられた剣先は振り下ろされる。


「――下がってろ」


 刀を薙ぐ。

 虚空に一太刀を刻む。

 ただそれだけでいい。

 それだけで生じた剣圧が、周囲の兵士を吹き飛ばした。


「エスコート中だ」


 餅を投げたように、人が落ちていく。

 兵士たちを退け、彼らが再び立ち上がるまでの間に、エリザベスも持ち直した。

 きちんと二本足で立って見せる。


「……この――力は」


 鬼のような形相で、執事はにらみつけてくる。

 だから、それを真正面から受け止めた。

 相対した。


「どうやら俺には資格があったらしいな」


 身体の奥底から、魔力が溢れてくるのがわかる。

 俺になかったものが、根付いた感覚がたしかにあった。

 間違いなく、古龍の遺伝子を受け継いでいる。


「調子づくなよ、小僧ッ」


 そう執事が叫んだ直後のこと。

 森林を覆っていた闇が払われる。

 暴力的なまでの光量が暗がりに紛れた輪郭を白日のもとに晒し出す。

 現れたのは執事の頭上に鎮座する極小の太陽だ。

 暴れ狂う炎熱の魔力が、一つの塊となって顕現した。


「灰になれッ! 骨髄までッ!」


 それは夥しい数の火球に分裂し、弾幕となって迫りくる。

 触れれば骨まで焼却されるであろう熱量を持つ火球の群れ。

 挑むのは、技量のみで振るわれる怪異殺しの一刀。

 この刃はあらゆる存在を斬り捨てる。

 それが怪異であろうと、魔術であろうと、それに似た何かであろうと、区別はしない。


「どこかに隠れていてくれ」


 エリザベスを庇うように立ち、怪異殺しの剣技を振るう。

 ひとたび振るえば、火球は線香花火のごとく尽きて散る。

 炎熱を裂き、灼熱を断ち、火炎を斬る。

 その太刀筋に一点の曇りなし。すべてを捌いて見せた。


「――小僧ッ!」


 最後の火球を斬り捨てた直後、視界には執事の姿が映る。

 剣を掲げ、大地を踏み抜き、勇猛果敢に攻め立てる兵の姿が見えた。


「上等」


 落とされた剣先を弾き、すぐに刀身を翻す。

 しかし、それは執事も同じこと。

 剣と刀は幾度となく火花を散らす。

 息つく間もない、秒にも満たない時の中で、何度も刃を交えた。


「――こいつッ!?」


 しかし、それも一瞬の出来事に過ぎない。

 それが過ぎれば、技量の差が如実に表れる。


「強化もせずに――」


 異世界の術で、身体を強化しているのだろう。

 その剣撃は、俺のそれと比べても速くて重い。

 だが、上回っているのはそれだけだ。

 それ以外では、こちらに分がある。

 ただの力押しでは、俺が磨き上げた剣技は崩せない。


「この――」


 痺れを切らしたのか、執事は強引な一手を打つ。

 剣撃の隙間をこじ開けて差し込まれた剣は、急所を狙って突き進む。

 だが、そんな攻撃を通すわけがない。

 空の左手が魔力を帯び、突き出された剣を掴み取る。


「なッ!?」


 刺突は静止し、剣はただの棒へと成り下がった。

 この好機を逃す手はない。

 即座に、右手に携えた刀を逆手に持ち替え、龍の魔力を解放する。

 刀身を伝い、大気中へと溢れ出す魔力の奔流。

 それはあたかも古龍の息吹であるかの如く猛る。


「――くそ」


 執事は、その瞬間に敗北を悟った。

 古龍の息吹はうなりを上げて地表を削り、遥か彼方の空へと突き抜ける。

 およそ敵と定義したすべてを呑み、喰らい、それは天を衝いた。

 古に生きた龍が如く。


「――初めてにしては、上出来だな」


 魔力なしの俺に魔術が扱えるはずもない。

 だから、ありったけの魔力を、ただ放出してぶつけてやった。

 魔力の奔流は執事たちを呑み、地に這いつくばらせた。

 しばらくは、立ち上がることさえ叶わないだろう。


「ゆ、勇者様? 大丈夫……なのでしょうか?」

「あぁ、たったいま終わったよ」


 木の陰に隠れていたエリザベスが、ひょっこり顔を覗かせる。

 立っているのが俺だけだとわかると、ほっとしたような表情を見せた。


「……死んで、いるのですか?」

「いや、伸しただけだ。まだ生きてる。必要なら――」

「いえ。古龍の遺伝子を受け継いだ勇者様なら、かような者はもはや敵になりえません。ですから……」

「そうか。わかった」


 優しいお姫様だこと。

 自身を狙った刺客たちを、そのまま見逃そうだなんてな。

 まぁ、殺人を犯さなくていいなら、それに超したことはない。

 エリザベスもそう言っていることだし、こいつらはこのまま放置しておくか。


「さて。なら、さっさとずらかるとしよう。このストーカーどもが起き上がらないうちに」


 叩きのめしたとはいえ、意識を取り戻せばまたエリザベスを狙ってくる。

 それまでに痕跡を消しながら移動し、尻尾を掴ませないようにしなくては。

 そのための魔術もたしかあった気がする。

 しかし、いかんせん、構築式までは憶えていない。

 折角、魔力を手に入れたって言うのに、肝心な魔術の構築式がわからないとは。

 ままならないものだな、世の中ってのは。


「あのっ、勇者様」

「うん?」


 一つでも魔術の構築式を思い出せないかと思案していた最中に声がかかる。


「このような事態になってから、ことを訪ねるのは身勝手だと理解しています」


 それはとても不安そうで、良心の呵責に悩んでいるような、そんな声音だった。


「ですが、聞いておきたいのです。勇者様は、これでよかったのですか?」


 これでよかったのか?

 それは古龍の遺伝子を受け継いで、追われる身になったことを指しているのか。

 それとも否応なくこの異世界に召喚されたことか。

 どちらにせよ、だ。


「今更だな」


 腰に差した鞘に刀身を押し込めながら話を続ける。


「嫌なら、そこで伸びてる執事に引き渡したさ。そして、こう命乞いをした。その女を渡したんだから俺だけは見逃してくれってな」


 そうしておけば、俺は逃げられていた。

 反乱を起こした連中に追い回される生活を送ることを回避できた。


「でも、そうしなかっただろ? それが答えだよ」


 あのときの俺に、その選択肢は浮かばなかった。

 頼れる者が異世界の住人しかいなくなった哀れな姫君。

 彼女を――エリザベスを、見捨てることは出来なかった。

 それが例え、この異世界に俺を引き込んだ張本人だったとしても。


「勇者様……感謝します。深く深く、感謝いたします」


 エリザベスはまたしても頭を下げた。

 涙ながらに、感謝の言葉を口にしながら。


「感謝はあとだ。そいつは後でたっぷり聞くから、いまはここを離れよう」


 ほかにもまだ追っ手がいる可能性だってある。

 古龍の息吹をみた連中が、ここに集まってきている可能性も捨てきれない。


「わかりました。では、すぐにでも――え?」


 顔を上げたエリザベスは、そして驚いたような表情を造る。


「どうした?」

「ゆ、勇者様のお身体が……」

「身体?」


 そう疑問に思いながら、自身の身体をみる。


「――これは、召喚陣」


 改めて見た自身の身体は、粒子化が始まっていた。

 足下には召喚陣がすでに展開されていて、その存在意義を果たそうとしている。


「この構築式……百合か」


 この召喚陣の構築式には見覚えがある。

 百合特有のくせが見て取れた。

 恐らく、異世界に召喚された俺をみて、すぐに再召喚を試みたんだ。


「あ」


 そこまで思い至ったところで、懐に手を突っ込む。

 取り出したのは、召喚の寸前に百合から投げ渡されたもの。

 綺麗な紫色に染まる宝石だ。


「こいつが座標の代わりになっているのか」


 これを追って、いま百合は現実世界から俺を再召喚しようとしている。

 このまま召喚に応じれば、この異世界から現実世界に帰ることができるはず。

 エリザベスを一人、残して。


「勇者様……」


 この召喚陣の意味を、エリザベスも理解していることだろう。

 とても、とても、悲しい顔をしている。

 そんな表情を、俺は見てはいられなかった。


「エリザベス」


 手を引いた。

 エリザベスの手を取り、抱き寄せた。


「ゆ、勇者様!? な、なにを……」


 腕の中にすっぽりと収まったエリザベスは、驚いたように目を見開く。

 このままでは自身も一緒に召喚されてしまう、と。


「一緒に行こう。こっちの世界に」

「勇者様の……世界に?」

「あぁ。たしか初めに言ってたよな? ここではない何処かに連れ去って欲しいって」


 そう言ってやると、エリザベスはハッとした表情になる。


「俺が連れ去ってやるよ。世界の垣根を越えて」

「勇者様……」

「嫌なら陣から出てもいい。そのときは俺も一緒に出る」


 そう言ってみたけれど。

 エリザベスは召喚陣から出ようとはしなかった。


「もう……いけず、です」


 俺の衣服を握りしめ、エリザベスは胸に顔を埋めた。


「はっはっはっ、悪いな」


 そうして二人の粒子化は完了し、召喚陣に吸い込まれた。

 異世界から二人の痕跡は完全に途絶えることとなる。

 かくして俺たちは世界の垣根を越えて現実世界に帰還した。

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