空中戦
「不要と、言った」
短く言葉を発し、人型怪異は屋根を蹴る。
その加速は、身体強化を施した魔術師のそれに勝るとも劣らない。
生身の人間なら決して出すことの叶わない速度で、奴は一息に距離を詰める。
携えた骨剣を振るい、俺の喉元に剣先を突きつけようとした。
「あぁ、そうかい」
身に迫る骨剣の軌道を、下方から掬い上げるように弾く。
同時に次へと繋ぐ一刀となし、別角度から攻撃を仕掛ける。
たった数秒のうちに、幾度となく甲高い音が響く。
骨剣の強度は、双頭の怪異のそれとは一線を画していた。
技量の所為もあってか。何度、打ち合っても折れず、断ち切れない。
刃こぼれはしているようだが、即座に復元されて切れ味を取り戻している。
こいつも復元能力を持っているらしい。
「まったく、面倒なことだッ」
しかし、所詮は怪異が振るう剣。
技量の上で、俺を上回ることなど許さない。
折れず、斬れないと言うのなら、手元から取り上げてしまえばいい。
「――そらッ」
人型怪異の太刀筋に合わせて刀を振るう。
刀身で骨剣を押さえつけて地に下ろし、魔殻を纏う片足で踏みつける。
骨剣は折れず、曲がりもしない。
だからこそ、骨剣は固定され、完全に停止する。
その瞬間だけ、剣は剣としての機能を果たせない。
いまの奴は、丸腰同然だ。
「――ッ」
がら空きとなった胴に一閃を振るう。
しかし、咄嗟の判断で人型怪異は得物を手放した。
音を立てて叩き付けられる骨剣。
空振りに終わる一刀。
奴には逃げられ、距離を取られた。
しかし、これで一つ。奴に不利を押しつけられた。
「さて。得物は取り上げた、これからどうする?」
普段なら、こんな悠長に話しかけるような真似はしないけれど。
あの人型の怪異には、情報を吐いて貰わなくてはならない。
武器を失った絶好の機会ではあるが、いまは倒すよりも情報を得るほうを優先したい。
「この前の怪異みたいに、あばら骨でも引き抜いて剣にするのか?」
「……言葉は、不要」
そう淡々と告げた人型怪異は、そして次の一手を打つ。
奴の身体から発せられる、揺らめくような力の流れ。
その魔力に似たそれは。
「――妖力まで、使えるのか」
高位の怪異にしか扱えない特異な力。
元を正せば、それこそが魔術の始祖たるもの。
ゆえに、怪異が扱うそれは、妖術と呼ばれている。
「その場を動くな」
そう告げて、人型怪異は跳び上がる。
一瞬にして上空に立ち、妖術によって幾つもの風の塊を精製した。
それ一つ一つが、殺傷能力を秘めた風の刃となる鎌鼬。
「――そう言うことか」
あれを躱すこと自体は簡単だ。
なんの苦もなく回避できる。
だが、俺がそうした場合、足下の民家に住まう人たちが被害に遭う。
奴は、それを承知でそう発言した。
この言葉は、奴にとって不要ではない訳だ。
よく知っている。
魔術師の弱点を。
「誰に教えてもらったんだ? そんな知恵を」
「不要」
展開された鎌鼬は、一斉に刃と化して降り注ぐ。
回避行動を取れば、真下の一般人に被害が及ぶ。
俺はここを動くことなく、あの刃の雨に対処しなければならない。
「――上等」
捌き切る。
無数の刃を、一振りの刀で殲滅する。
最短、最速、最適に身体を駆動させれば、押し寄せるすべてに対処可能。
しかし、降り注ぐ鎌鼬に衰えはなく、際限もない。
このままでは埒があかない。
「しようがない」
鎌鼬を捌きながら、構築式を脳内に描く。
魔力を編み、形作るのは、一対の翼である。
「吹き飛べッ」
両翼が空を掻いて、突風を生む。
方向性を持った同質の勢いは鎌鼬を押し返し、夜空へと舞い上げる。
これで鎌鼬は民家に届かない。
この隙を突くように、古龍の翼は羽ばたいて俺を空中へと押し上げた。
「まだ練習中だったんだけどな。空を飛ぶのは」
それは空を支配する者の象徴である。
魔術師が構築するそれは、空を駆る権利が形を成したものだ。
ただ背に翼があるというだけで、魔術師は空の支配者になれる。
空に立つことも、足跡を刻むことも、駆ることも叶う。
「こうなった以上、地上への攻撃は諦めるんだな。そんなことをしてみろ、その隙をついて必ずお前を撃墜する」
人型怪異の目的は、俺を始末することだ。
大本の目的に、一般人への攻撃は含まれていないはず。
無意味に、隙を晒してまで、地上へ攻撃する意味はない。
「さぁ、来いよ。俺はここにいるぞ」
両翼を広げ、威嚇するように言葉を放つ。
それに当てられてか、人型怪異も更なる妖術を行使した。
焔。風。水。雷。土。
妖術によって様々な攻撃手段が生み出され、それらが一斉に放たれる。
それらに対し、俺は大きく翼を羽ばたかせ、円を描くように回避行動を取った。
「十分、躱せる」
翼から生み出される推進力は、奴が放つ妖術より速い。
すべてが一手遅れて爆ぜる妖術を置き去りにし、期を見て再び翼を羽ばたいた。
それは方向転換のためのもの。進行方向を即座に変更し、人型怪異に迫るもの。
空を掻いて加速し、一瞬にして距離を詰める。
妖術を放つ時間は与えない。
「――ッ」
刀の間合いに捉え、一撃を見舞う。
それは新たに引き抜かれた骨剣によって防がれたが、勢いまでは殺せない。
力の限り振るった一刀は、骨剣ごと人型怪異を吹き飛ばす。
「練習不足だな」
そう呟きながら、翼で空を掻いて追い打ちを掛ける。
いまの一撃、本調子なら骨剣ごと斬れていた。
完全な受け身の体勢を相手は取っていたのに、斬れなかったのは翼の所為。
不慣れな加速に、翼による重心の僅かなズレ。
それが微かに剣技を鈍らせていた。
だが、すぐに馴染ませてやる。
「ここからだ」
吹き飛ばされた人型怪異は、空中にて体勢を整える。
そして、追い打ちを掛ける俺を、迎え撃つように虚空を蹴った。
地上から遥かに離れた上空にて、火花が散る。
空中を縦横無尽に飛び回り、幾度となく刃を交えた。
誰にも悟られることなく、誰の目にも映ることのない、遥か高所の空中戦。
しかし、それにも終わりは訪れる。
「――チッ」
刃を交えた瞬間に、俺の周囲に無数の妖術が展開される。
この距離では自らも妖術の余波を受けるというのにだ。
自爆覚悟で、奴は決着を付けに来た。
その威力は人体程度の強度なら、容易く吹き飛ばせるだろう。
魔殻すら超えて、この身にまで届きうる。
鍔迫り合いの最中にあって、剣技での迎撃は間に合わない。
展開された極彩色の妖術は一斉に放たれ、そして連鎖するように爆ぜ散った。
「――やって、くれるじゃあないか」
しかし、迎撃が叶わなくとも、防ぐことは可能だ。
「お陰で翼がボロボロだ」
古龍の翼で身体を包み、防御を固めた。
爆ぜた妖術は翼膜が盾となり、すべてを無に帰した。
代わりに翼は損傷したが、それが翼である以上、飛行に支障はない。
「さて」
すでにある程度の距離を取った人型怪異を見据える。
自爆によって負った負傷は、復元能力によって瞬く間に治っていく。
だが、その速度は、双頭の怪異より遥かに劣っているように見えた。
人型怪異が有する復元能力は、どうやら再生の域をでないものらしい。
「好機を、ふいにしたな」
改めて、刀を構える。
「俺のほうは、もう馴染んだぞ」
損傷した翼で羽ばたき、加速する。
一瞬にして肉薄し、間合いに踏み込む。
これより繰り出す一刀は、すでに冴えを取り戻した。
いかなる防御も無意味。
「――ッ」
軌道上に差し込まれた骨剣は、呆気もなく断ち切れる。
それを認識した奴は、すぐに回避行動に移った。
転がるでも、跳ぶでもなく、落ちる。
人型怪異は浮遊を止めて、重力に引かれて地上へと逃れようとした。
「逃がすかッ」
翼の推進力によって追い打ちをかける。
奴からは、落下の最中に数多の妖術が繰り出された。
だが、それも苦し紛れの反撃だ。
焔を引き裂き。
風をかき消し。
水を斬り捨て。
雷を薙ぎ払い。
土を打ち砕く。
ただの一度として減速することなく突き進み、再び刀の間合いにまで至る。
「――落ちろ」
剣閃は、ついに人型怪異へと届く。
弧を描く鋒を阻むものはない。
一刀は血の紅を引いて過ぎ、人型怪異を撃墜する。
そうしてアスファルトの地面へと叩き付けた。




