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双頭


 この世界の住人となったリズは、それにこの世界の言葉で名前を付けた。

 改めて付けられた名前、それは。


私を見つけて(シンデレラ)


 剣先が跳ねて天を向く。

 その動作に合わせて展開されるのは、異世界の魔力によって編まれたもの。

 降り注ぐ月光を透過する、硝子の剣。

 リズはタクトのように細剣を振るい、それを操作する。

 闇夜にあって、透明なそれは俺の目から見ても見えづらい。

 怪異にしてみれば最早、それは不可視の域にあった。

 硝子の剣を目視できない怪異は、ただ最短で獲物の喉に食らい付こうと駆る。

 だからこそ、怪異は絶命にいたった。

 自身が、何に貫かれて死んだのか? それすら理解することなく。


「ふぅ……」


 硝子の剣に貫かれた怪異は、その場で絶命して地に伏した。

 そのことに、事が上手く運んだことに、リズは安堵の息を漏らす。


「集中」


 仕事中に気は抜かない。

 そいつは命取りになる。


「はっ、はい!」


 ぴしゃりと、リズは姿勢を正す。


「でも、さっきのは上出来だ。うまくやったな」

「――はい!」


 嬉しそうに返事をして、だがリズはすぐに表情を引き締めた。

 今度は気を緩めなかった。

 同じ失敗を二度しない。

 どこまでも勤勉で、素直で、だからこそリズは優秀だ。


「今ので血のにおいが風に流れた。連中が集まってくるぞ」

「わかりました。注意します」


 背中合わせになって、臨戦態勢を整える。

 周囲に警戒の糸を張り巡らせると、すでに二体三体と引っかかる。

 コンテナの影から、建物の屋根から、廃車の後ろから。

 ふと黒い靄が現れたかと思えば、次の瞬間には怪異が肉体を得てそこにいる。

 怪異は瞬く間に増殖し、あっと言う間に周囲を取り囲んだ。


「さて、どうしようか。俺は怪異の何割を相手にすればいい?」

「そう……ですね」


 その問いに、短く思考して答えを出す。


「四……三割ほど、負担していただければ」

「わかった。じゃあ、それで行こう」


 リズは自信の実力なら七割は一人で負担できると判断した。

 なら、俺はその判断が誤りでないことを信じて行動するのみ。

 割り当てられた三割の相手に徹するとしよう。


「行きますっ」


 その声と共に、リズは駆け出した。

 俺もそれに反応して、正面の怪異に肉薄する。

 左方向から払うように剣閃を描き、怪異の一体を手早く処理する。

 鮮血が散り、その雫が地面に斑を描くまでの刹那。

 この目は視界の端に、また別の怪異を捉える。

 自身の左方向から跳躍し、牙を剥いた怪異に対し、俺は手をそちらへと向ける。

 手の平に描く、魔術の構築式。

 魔力を持って編むのは、牙よりも強固で凶悪な爪。

 即ち、古龍の鋭爪だ。


「吹っ飛べ」


 幾つもの爪は勢いよくはじけ飛び、反動で手が押し戻される。

 魔力の出力を若干誤ったが、この程度なら問題ない。

 放たれた鋭爪は定めた対象へと直進し、攻撃の最中にある怪異を撃ち落とす。

 全弾命中。爪の一部は額を割って、奥深くにまで届いている。

 威力は申し分なし。

 あとは出力を上手く調整してやれば、正式採用できそうだ。

 ノートにペンを走らせ、構築式を憶え直した甲斐はあったかな。


「よし。あとは堅実に」


 割り当てられた三割の怪異を相手にして刀を振るう。

 片手間に怪異を斬り伏せながら、時折ちらりとリズのほうを確認する。

 リズは、残り七割の怪異を相手に上手く立ち回っていた。

 不可視の硝子を用いて、あらゆる方法で怪異の数を減らしている。

 剣はもちろん、槍、大剣、やじり、鎌、などなど。

 多種多様な硝子の得物が、細剣に操られるように宙を舞っている。

 あの様子なら、無事に怪異を掃討できるだろう。


「――ん?」


 それからすこし時は経ち、周囲にいる怪異も、あらかたを斬り終えたころ。

 積み上げられた屍の向こう側に、新たな怪異が現れるのを見た。


「増援……でも、数は一か」


 現れた怪異は一体のみ。

 この程度なら、俺が倒してしまっていいだろう。

 そう思い、殺意を向けた、その瞬間。


「aAAaAaaAaAaaaAAAaaaaaaaaa」


 怪異は奇怪な声を上げ、こちらへと駆け出した。


「気味の悪い奴だな。声も、姿も」


 声ももちろん薄気味が悪いが、もっと不快なのはその姿だ。

 様々な動物がぐちゃぐちゃに混ぜられたような見た目をしている。

 その癖、シルエットはただの獣――四足歩行の怪異にしか見えない。

 強いて違いを上げるなら、頭が二つある双頭なところくらいか。


「まぁ、なんでもいい」


 どれだけ気味の悪い姿をしていようと、斬り伏せれば同じこと。

 屍山血河の一部になるだけだ。

 刀を構えて、奴が間合いに踏み込むのを待つ。

 しかし。


「なっ」


 その怪異は、間合いに踏み込む直前に大きく跳躍した。

 宙へと跳ね、俺の頭上を跳び越える。

 目の前の俺に見向きもせずに素通りする理由は一つ。


「狙いはリズか!」


 面倒なことをしてくれる。

 すぐに双頭の怪異に向けて古龍の鋭爪を放つ。

 その幾つが気味の悪い造形を撃ち抜いたが、その四足は止まらない。

 血を流しながら、負傷など意に介さず、一心不乱にリズを目指している。


「――チッ。リズ! 後ろだ!」


 叫んで危険を知らせると、リズはすぐに背後に目を向けた。

 それとほぼ時を同じくして、双頭の怪異は牙を剥いて跳びかかる。

 だが、その牙がリズに届くことはない。

 歪な音が鳴り響き、双頭の怪異とリズとの間に亀裂が走る。

 リズはすでに防衛を行っていた。

 牙は透明の障壁に、硝子の盾によって阻まれる。


「容赦はしません」


 タクトのように剣先は落ち、その動作に呼応して硝子の雨は降り注ぐ。

 幾つもの破片に打ち抜かれた双頭の怪異は、力なく地に落ちて血だまりに沈む。

 大事には至らなかったみたいだ。


「悪い、俺の不手際だ」


 まさか、無視されるとは思わなかった。


「いえ、大丈夫です。すこし驚いてしまいましたけれど、きちんと対処できましたから」


 たしかによく反応して対処できていた。

 リズの硝子の魔法は攻めるにも、守るにも向いている。

 あらゆる場面に、臨機応変に対応可能なものだ。

 磨き上げれば、優秀な魔術師になれる。

 いや、この場合の名称は魔法使いか。


「怪異はあれで最後か?」

「はい。周囲の怪異は掃討したはずです」

「そうか……しかし、なんだったんだ? この怪異は」


 歪な姿に奇怪な声。

 それなりに魔術師として活動してきたが、こんな怪異は見たことがない。

 そう思い、いま一度、双頭の怪異に目をやった。


「――リズ。警戒しろ」


 そして、すぐに異変に気がつく。


「死体がない」


 気を抜いていた訳ではなかった。

 だが、それでも双頭の怪異は姿を消している。

 一瞬、目を離した隙に。


「どこに行ったと、思いますか?」

「さぁな。でも、たしかなことが一つある」


 四方八方に警戒の糸を巡らせながら、双頭の怪異の行方を探る。


「奴は今も、俺たちを――リズを狙っているってことだ」

「私を、ですか?」

「あぁ。どうも俺は眼中にないらしい」


 リズのほうが仕留めやすいと思っているのか。

 それとも怪異のくせに欲情しているスケベ野郎か。

 どちらにせよ、狙いはリズだけのようだ。


「とにかく、いつ何処から――そこか」


 突き出した左の手の平が、リズの頬を掠める。

 同時に、古龍の鋭爪を編んで放出した。

 散った鋭爪は、リズを背後から襲おうとしていた双頭の怪異を撃ち貫く。


「あ、ありがとう御座います」

「礼なら後でいい。それより、いまは」


 鋭爪はたしかに双頭の怪異にまで届いた。

 肉と骨を抉り、地面に叩き付けた。

 だが、それでもなお、双頭の怪異は立ち上がる。

 受けた負傷を、瞬く間に再生させながら。


「並外れた再生能力だな。だから、殺し切れなかったのか」


 ガラス片の雨に打たれても、爪で撃ち抜かれても、即座に再生して立ち上がる。

 この双頭を有した怪異は、その辺にいるような有象無象とは訳が違う。

 ほかにもまだ能力を隠し持っている可能性だってあるかも知れない。

 こんな厄介な相手を、いまのリズに背負わせるには荷が重すぎるだろう。


「リズ。悪いが、主役交代だ。あの怪異はリズの手には負えない。俺が倒す、いいな?」

「……はい。悔しいですけれど、双也さんの判断に従います」


 ある意味、リズの晴れ舞台だと言うのに、水を差してくれる。

 この落とし前はきっちり付けさせて貰おう。

 この刀と、魔術で。

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