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同伴者


 戸籍が発行されたことによって、リズは正式にこの世界の住人となった。

 その関係上、リズは異世界人から魔術組合所属の魔術師という扱いになる。

 魔術師は人の平穏を護るため、怪異と戦うことが責務とされた職業だ。

 ゆえに、このたびリズにも魔術組合から仕事が回ってきた。

 リズは、これを受けなければならない。


「初仕事か。詳細は? どういう仕事を任されたんだ?」


 魔術組合も馬鹿じゃあない。

 いきなりキツい仕事は任せないとは思うが。


「怪異の掃討だと、聞かされています。霜田しもだ区という区域に欠員が出たそうなので、私がその穴を埋める形で依頼されたみたいです」

「なるほど……まぁ、妥当なところだな」


 怪異の掃討は、成すべきことがはっきりとしている。

 怪異を探して、片っ端から滅していけばいい。

 毎夜の如く湧いて出る怪異を狩っていくだけの仕事だ。

 その分、難しいことを考えずに済むため比較的、楽にこなせる部類である。


「それは、これから定期的に続けていくことになる。実入りは少ないけど、継続して仕事がある安心感は何物にも代えがたい。大事にしていかないといけないぞ」

「流石、双也が言うと含蓄あるね」

「どう言う意味だ、そりゃあ」


 まぁ、つい最近まで極貧生活を送っていたんだ。

 多少はマシになったが、今でもそうだけれど。

 とにかく、継続する怪異掃討の仕事が、当時の生命線だったのは確かなこと。

 何を言われても、こればかりはしようがない。


「しかし、そうなると同伴者が必要だな」


 魔術組合から依頼された仕事には、同伴者をつけられる。

 初仕事に望むのであれば、経験豊富な同伴者がいた方が確実だ。

 報酬が折半になってしまうが、それで安全を買えると思えば安いもの。

 かく言う俺も、初仕事は百合と一緒だった。

 まぁ、それ以外にもちょくちょくと、一緒に仕事をこなしてはいたけれど。


「と、言うか――」


 ふと思う。


「今更だが、リズはそもそも戦えるのか? 怪異と」


 俺はリズが戦っている姿を見たことがない。

 戸籍関係のあれこれで、リズは暫定的な生徒という扱いだったので、実技の授業も参加は出来ていなかった。

 故に、俺は知らないのだ。リズの実力と言うものを。

 異世界を超えた召喚陣を構築できる腕前を持ち合わせているのは承知している。

 だが、召喚陣の構築技術と戦闘技術が、必ずしも比例するとは限らない。

 リズは、いったいどの程度まで戦えるのだろうか。


「心配には及びません」


 力強く、リズは言う。


「私も万が一に備えて、護身術を修めています。双也さんや百合さんには及びませんが、私だって怪異と戦えます」


 戦えると、リズは強く主張した。

 そう。俺は忘れていたのだ。

 裏切れたリズが国から抜けだし、逃亡の末に召喚陣を描いたのだと。

 異世界にも魔物と呼ばれる人類の天敵がいる。

 リズはそれを蹴散らしながら、あの森にまで逃げ延びたのだ。

 たった一人で、誰の手も借りずに、追っ手に追われながら。


「悪い。今のは侮辱だったな、撤回する」

「いえ。そのお気持ちは嬉しいんです。ですから、気にしないでください」

「――はいはい。ほら、料理が来たよ。食べよ、食べよ」


 不穏な空気を察してか、百合は切り替えるように声を張った。

 それからは仕切り直して、食事を取りながら話をした。

 初任給で何をしたいか? とか。

 俺と百合はなにを買ったか? とか。

 初仕事は上手く言ったのか? とか。

 気がつけば共用スペースの空に浮かぶ太陽も、地平線へと沈みかける時刻となる。


「よし。じゃあ、とりあえず。今日は俺が同伴者になって霜田区にいく、ってことでいいな?」

「うん。明日は私で、しばらくは交代でリズちゃんに付くってことで」

「よろしくお願いします。双也さん、百合さん」


 今夜の計画も纏まりを見せ、話に一段落がついた所で喫茶店を後にした。

 夜を待って、寮母に仕事の旨を伝えて外出の許可を貰い、外へと繰り出す。

 孤独な月が鎮座する夜空のもとに身を晒すと、ちょうど女子寮からリズが出てくるのが見えた。


「あっ、双也さん」

「よう、準備はいいか?」

「ばっちりです」

「よし、じゃあ行こう」


 学生服に身を包み、夜の街へと繰り出す。

 その行為にどこか背徳的なものを感じつつ、俺たちは霜田区へと向かった。


「――っと、ここだな」


 霜田区。

 そこは昼も夜もそれほど人気のない地域だ。

 廃棄された工場と、錆び付いた貸倉庫が並び、投棄されたコンテナや、放置された廃車などが目立つ。

 ここに好んで訪れるのは、思春期の病に罹ったモノか、もしくは集団化した不良くらいのものだろう。

 ゆえに、ここには独特の偏った人の思念が渦巻いている。

 散ることも、収束することもなく、ただ無意味に螺旋を描いて残留する。

 怪異は、そう言った人の思念を栄養源として増殖するものだ。

 人がいる限り、思念はなくならない。怪異はいなくならない。

 だから、俺たち魔術師は定期的に怪異を狩らなければならない。

 人の平穏を護るために。


「どきどき、してきました」

「大きく息を吸って吐くんだ。大丈夫、落ち着いてやれば出来るさ」

「すー……はー……はい、頑張ります」


 俺は飽くまで同伴者だ。

 この仕事はリズが請け負ったもの。

 それを念頭に置きつつ、周囲の警戒に当たる。

 怪異の気配を感じたら、まずリズがそれに気づくのを待つ。

 気づかないようなら、それとなく教えて警戒させる。

 怪異を見つけたら、リズがどう動くかを見てから、こちらも動くことにしよう。

 数が少ないなら任せるし、多いようなら加勢する。

 とにかく、サポートに徹するのが同伴者の勤めだ。

 頭で自身の立場を明確に言語化しつつ、霜田区を巡回する。

 そうすること、しばらくして。


「――この、気配……双也さん」


 どうやら、同時に気配を感じたみたいだ。


「あぁ、お出ましみたいだな」


 俺たちのまさに目の前に、それは現れようとしていた。

 人の思念を取り込むことで肉体を経て、虚ろなる存在は現世に顕現する。

 このたびの怪異は、獣のような見た目をしたものだった。

 ちょうど、俺が実技試験で戦った疑似怪異に似ている。


「いけるか?」

「はい。大丈夫、いけます」


 リズは怪異を前に、自らの得物を抜き払う。

 それは繊細で可憐なる刃、細剣だ。

 剣先を怪異に向けて構え、そしてリズは構築式を描く。

 異世界の魔術――魔法、と呼ばれる術を。

明日から一日一話投稿になります。

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