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喫茶店


 こんこんと、ガラスを叩く音がする。


「ん――なんだ? 音……ベランダか?」


 この部屋は四階にあって、おまけに結界まで張られている。

 外から侵入できるはずがないけれど。

 それでもこの硬いモノで軽く叩くような音は、継続的に鳴り続けていた。

 叩き付けるような風の音、と言った様子でもなさそうだ。


「ふーむ」


 ノートに走らせていたペンを置き、椅子から立ち上がる。

 魔術の構築式を覚えたばかりだと言うのに、これでまた頭から抜けてしまった。

 一歩進むごとに記憶に欠落を起こしながら、ベランダの前にまで足を進める。


「式神か?」


 音の発信源は、式神だった。

 折り鶴型の式神は、その嘴で何度もガラス戸を叩いている。

 鍵を開けて中へと招き入れると、式神はソファーの前にあるテーブルへと陣取った。


「座れってか」


 ガラス戸を閉じて、ソファーへと向かい、どっかりと腰を下ろす。

 すると、それを見計らったように、折り鶴は折り紙へと戻っていく。

 この形式の式神は、たしか。


「――百合さん。これで本当にお話ができるんですか?」


 折り紙が画面となり、リズの顔が所狭しと表示された。


「うん。というか、もう繋がってるよ」

「え? きゃっ」


 すでに式神を介した意思疎通は叶っている。

 そう知って、すぐにリズは画面から遠ざかった。


「百合の仕業か。これ、結界に探知されてるぞ」

「まだ門限まえだし、これくらいなら平気。大目に見てくれるって、たぶん」

「せめて確証を得てからにしてくれませんかね」


 これがダメだったら、俺も一緒に怒られてしまうんだけれど。


「大丈夫、大丈夫。ほら、何も起こらないでしょ?」

「……まぁ、そこの電話は大人しいもんだが」


 学生寮の部屋には固定電話が置かれている。

 これはなにか疚しいことをした際に、教師が生徒を呼び出すためのものだ。

 これが鳴らないと言うことは、これ自体は大目に見られる行為なのだろう。

 時間帯も、まだ門限まえだ。

 これが仮に門限を過ぎていたら、あの電話はけたたましく鳴り響いたことだろう。


「まぁ、いいや。それで? ご用件は?」


 わざわざ式神を使ってまで連絡を取った理由はなんだろうか。


「それはまだ内緒。地下の共用スペースに来て。そこで話すから」


 用事があるなら、いま話せばいいのに。

 直接、会って話がしたいってことか?


「よろしくお願いします。双也さん」

「……わかった。じゃあ、今からいくよ」

「ありがとう御座いますっ」


 その一言を最後に、式神は与えられた役目を終える。

 ひらひらと花弁のように折り紙はテーブルの上に落ちていった。


「さて。いよいよ、今日やったところは憶え直しだな」


 そう独り言を呟いて、ソファーから立ち上がる。

 多少、ラフな格好をしているが、まぁ問題ないだろう。

 会うのはあの二人だし。

 かしこまって着替えるのも面倒だ。


「えーっと、鍵……鍵――あった」


 部屋の鍵を手に取り、廊下へと出て施錠する。

 そうして鍵を指先で振り回しながら、エレベーターへと乗り込んだ。


「しかし、なんなんだろうな」


 すこし考えてみても、なにも浮かばない。


「まぁ、考えるだけ無駄か」


 思案しているうちにエレベーターは地下へと到着する。

 分厚い扉が開かれ、その先に男女共用スペースが広がった。


「何度きても、地下とは思えないな」


 澄み渡る空、浮かぶ雲、輝く太陽。

 ここに天井はなく、青空が広がっていた。

 ちょっとした海もあるし、浜辺もある。

 それに会わせた喫茶店や露店まで軒を連ねている。

 魔術の賜によって、ここは小さなリゾート地と化していた。


「さーて、二人はどこだ?」


 ここは寮生以外にも生徒が集まる人気空間だ。

 人が多すぎて、なかなかどうして判別がつかない。

 こんなことなら、集合場所を予め決めておくんだったな。


「んー……お、あの金髪は」


 染めても出ない天然色の金髪は、遠くからでもよく見える。

 それを頼りにして足を進め、無事に二人と合流した。


「あ、見つけた」

「よう」


 二人も俺を探していたようで、見つけると共にこちらに駆けてきた。


「意外とすんなり合流できたね。でも、集合場所を決めておくんだった」

「次からそうすりゃいいさ。ちょうどいいし、そこに入ろうぜ」


 わざわざ会って話したいことだ。

 立ち話で済ませることでもないだろう。


「リズもそれで――」


 いいか? と訪ねようとして、言葉が止まる。


「……ちゃ……てん……むむむ」


 リズは店先に出された看板と睨めっこをしていた。


「なにしてるんだ?」

「あ、これは……その、このお店の名前を読もうと思ったんです」


 あぁ、それでにらみ合っていたのか。


「でも、習っていない文字が最初にあって。双也さん、あれはなんと読むのですか?」


 そう聞かれたので、看板の文字に目を通す。

 たしかにリズにはまだ難易度が高かったな。


「あれは喫茶店って言うんだ」

「きっさてん……なるほど」


 答えを知ったリズは、食い入るように看板を見つめている。

 その文字を忘れないようにするためか。


「凄いでしょ? リズちゃん。簡単な漢字ならもう読めちゃうの」

「あぁ、凄いな。まったく別の言語なのに」


 日本語は、たしか他の言語より習得難易度が高かったはずだ。

 それなのに、もう漢字を憶え始めている。

 俺なんて今でも英単語の一つ二つでひいひい言っているのに。


「どうかしたんですか?」

「あぁ、いや、なんでも。ほら、中に入ろうぜ」

「はい、行きましょう」


 喫茶店に入って席につき、手早く注文を済ませた。

 注文したものが出てくるまでは暇な時間になる。

 つまり、用件を聞く時間だ。


「それで? えらくもったいぶったけど。なんの用があったんだ?」

「それはリズちゃんの口から言ってもらおうかな」

「はい」


 なんだ?


「おほんっ。私、このたび正式にこの世界の一員となることが出来ました!」


 それは、つまり、ようやく腰の重い魔術組合が仕事をした、ってことか?

 そりゃあ式神越しに伝えられることじゃあない。


「おめでとう、リズ。俺も自分のことみたいに嬉しい」

「ありがとう御座います、双也さん。私もとっても嬉しいですっ」


 これでリズの存在は公式的に認められた。

 ありとあらゆる権利を、リズは得ることが出来た。

 それはとても素晴らしいことで、喜ばずにはいらない。


「あと、まだもう一つあるよね? リズちゃん」

「あっ、そうでした」


 ふと思い出したような仕草をリズは取る。


「まだ何かあるのか?」

「はい。聞いてください」


 深く息を吐いて、それからリズは口にする。


「私の初仕事が決まったんです」

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