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職員室


 勝負によって損傷した訓練場が自動で修復されていく。


「よいしょっと、立ってられるか? 心」

「あぁ、なんとかな」


 ふらつく心に肩を貸した冬馬は、ゆっくりと立ち上がった。

 心は足下がふらついてはいるが、意識はしっかりと保っている。

 激しい魔力消費と、魔殻を打ち砕いた際の衝撃。

 これらの要因によって、身体に負担が掛かっているみたいだ。

 けれど、魔術師は一般人よりも頑丈に出来ている。

 保健室に直行するような状態でもないし、一晩ほど大人しくしていれば明日には全快するだろう。

 とは言え、一人で寮に戻れるような状態でもないので、後のことは冬馬に任せることにする。


「ここの鍵は俺が戻しておくよ。観戦客も、もういないみたいだしな」


 戸締まりのために鍵を手に取りながら、訓練場を見渡してみる。

 すでに自動修復は終わっており、元通りになっていた。

 あれだけ賑わっていた観戦席は、いまは閑散としていて人っ子一人いない。

 残っていた物好きな数名も、決着がついて帰って行ったようだ。


「鍵、掛けるからな」


 訓練場に誰も残っていないことを確認し、扉を施錠する。

 後は、この鍵を職員室に届けるだけだ。


「双也。また……勝負を、挑むからな」

「あぁ。いつでも受けて立つぜ」


 その言葉を聞いた心は、言葉なく笑った。


「帰り道に気をつけろよー」


 冬馬とともに寮に帰っていく心を見送りつつ、俺は爪先を校舎へと向ける。

 訓練場の鍵を手に、職員室を目指した。


「――失礼します」


 扉を開いて、職員室へと足を踏み入れる。

 敷居を跨ぐと暖かい空気と共に、コーヒーの良い匂いが肌を掠めていく。

 この職員室独特の空気感は、どの学校でも同じだな。

 そんなことを思いつつ、鍵を管理している教師のもとへと近寄った。


「訓練場の鍵を返しに来ました」

「ん。そう」


 そう返事をして、先生はこちらに目をやった。

 鍵の管理をしているのは、担任の教師でもある真壁葵先生だ。

 表情が固定されているかのような無表情。

 しかし、それは俺と視線を合わせた途端に、微かに綻びをみせた。

 とは言っても、ほんの僅かに目が見開かれただけだけれど。


「……たしか、借りていったのは弧我くんだったはずだけど。どうして貴方が?」

「それは――」


 説明をした。

 もちろん、多少は表現を柔らかくして、当たり障りのないように。


「ふーん。じゃあ、大した怪我はなかったのね?」

「もちろん」

「なら、いいわ」


 けれど、と真壁先生は付け足した。


「生徒間の切磋琢磨は学校側も推奨しているわ。魔術師である以上、魔殻に護られているから、不幸な事故も起こりにくい。だから、私たち教師も大抵のことには許可を出すわ。でもね」

「俺が相手だと、そうはならないって言いたいんでしょう?」


 怪異殺しの剣技。

 魔殻を超えて、人体にまで届く刃。

 使い方を誤れば、容易く事故が起こってしまう。

 その危険性を、真壁先生は俺に伝えている。


「重々承知してます。校内にいる限り、俺は怪異殺しとして人に剣を向けたりはしませんよ。今回のことだって、そうだったんですから」

「そう。なら、いいわ」


 意外とあっさり、納得してくれた。


「鍵、ご苦労様」


 鍵を受け取った真壁先生は、直ぐに視線をデスクのノートパソコンへと移す。

 何かの作業中だったらしく、忙しなく両手の指を動かしている。

 これで用事はなくなったことだし、仕事の邪魔にならないように帰るとしよう。


「失礼しました」


 職員室から廊下に出ると、玄関口に向かって舵を切る。


「くぁあー……」


 それにしても、忙しない一日だった。

 始業式が終わったその日に、同級生と勝負をすることになるなんてな。

 それで得られたものは沢山合ったけれど、少々疲れてしまった。

 帰ったらどうしよう?

 風呂にはいるか、眠ってしまうか、それとも。

 悩ましいところだ。


「んー……あっ、いたいた」


 数ある誘惑に頭を悩ませていると、そう背後から声がする。

 たったったっ、と軽快な足音も聞こえてきた。

 それらを耳にして、なにか俺に用があるのかと、立ち止まって振り返る。

 すると、目の前で一人の女子生徒がぴたりと止まった。


「ねぇねぇ、キミでしょ? さっき訓練場で戦ってたの!」

「そうだけど……」


 彼女はウェーブの掛かった栗色の髪を揺らし、飛び跳ねるように訊ねてくる。


「あれどうやったの! 龍の翼! 魔術の構築式はどんなの? 空は飛べる? どこまで加速できるの!? 教えてー!」

「ま、待て待て。一息に質問しすぎだ」


 俺は彼女のことを知らない。

 恐らく、あの訓練場に最後まで残っていた物好きの誰かだろう。

 互いに初対面なはずなのに、どうしてこうぐいぐいと質問攻め出来るんだ?

 心といい、彼女といい、今日はよく初対面の生徒に翻弄される日だな。


「とりあえず、誰なんだ? 名前は?」

「あぁ! そうそう、名乗ってなかったね。私の名前は糸括理緒いとくくりりお、さっきの勝負を見てたんだよ。異質な魔力に、見たこともない魔術。とっても刺激的! だから調べさせてー」


 調べさせて、って。

 魔術師が容易に手の内を明かす訳がない。

 調べさせるなんて、よほど深い関係でもなければしないことだ。

 それなのによくもまぁ、初対面の相手にそんな要求が出来るな。


「悪い。今日は疲れたからもう帰るんだ」

「じゃあ、明日ならいい? いつならいいの?」

「……当分は無理だな。先約が入ってる」


 もちろん、その場しのぎの嘘ではない。

 魔術組合からの仕事やら、その他もろもろやら、色々と忙しい。

 この糸括理緒という女子生徒に割いている時間はない。


「えぇー、ざんねーん。じゃあ、暇なときでいいから会いに来てよ。私はいつも理科室にいるから。じゃあねー」


 やけに興味を示していると思ったら、次の瞬間にはすぐに諦めて帰っていく。

 なんというか、気まぐれな猫のような女子生徒だったな。


「暇なとき、ね」


 ともあれ、暇なときでいいと彼女は言っていた。

 わざわざ訪ねる理由もないけれど。

 一度くらいなら、顔を見せてもいいかも知れない。

 このまま無視し続けるのも気が引ける。

 あれだけはしゃいでいた彼女に悪い気がするし。

 下手すると良心の呵責に苛まれそうだ。


「……帰ったらまず寝よう。そうしよう」


 風呂も飯もその後だ。

 とにかく疲れた、すごく眠い。

 そう決めて、改めて帰路につく。

 自室に帰ると、そのままベッドへと突っ伏した。

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