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魔術師


 再び、刃を交える。

 先ほどよりも強力になった剣撃は、捌く難易度を跳ね上げる。

 身体強化による一撃の重みは、軽視できるものでは到底ない。

 加えて、心の剣は気まぐれだ。

 予備動作から攻撃を予測しても、防御の直前に軌道が変わって読みが外される。

 そうなってしまえば対応に一手遅れて、後手後手に回る。

 しかし、直前で軌道を変える性質上、無茶な攻撃が節々に見受けられた。

 そこを見逃さず的確に対処し、刺し返せば、外された読みの遅れを取り戻せる。

 その更に先、反撃に繋げることも可能だ。


「――くッ」


 剣閃がまた歪に曲がり、その隙をつく。

 見切りは変更先の剣を捉え、刀のきっさきは狂いのない精度でそれを弾いた。

 次ぎを見据えた捌きの果て。

 心が弾かれた剣を戻すよりもはやく、こちらが攻撃動作にはいる。

 この距離では、間合いでは、この一刀は防げない。


「――まだだッ」


 鋒は天より降って、地に落ちる。

 捉えたはずだった対象の体表を掠めて。


「踏み込みが浅かったか」


 一刀を振るった直後に、心は背後へと跳んでいた。

 これが万全の一刀だったなら、逃がさなかったのだけれど。

 後手から繰り出した刃では、その身までは届かなかった。

 次ぎはもっと上手くやろう。

 そう気持ちを切り替えて、心を見据える。


「どう言う……つもりだ?」


 しかし、そうして視界に納めた心は、険しい顔をしていた。


「なにがだ?」

「惚けるな。決められたはずだろ、いま」


 心は親指で、自身の身体を指す。


「お前が本気だったなら、この魔殻まかくごと断ち切れたはずだ」


 たしかに断ち切れてはいただろう。

 術者の魔力を硬質化させ、身に纏い、不可視の鎧とする魔術。

 それが魔殻と呼ばれるもの。

 かつて異世界で執事の剣を掴み取った際に使用したものと同様だ。

 その性質上、魔術である以上、怪異殺しの剣技で断ち切れない道理はない。

 鋒が体表を掠め、魔殻の上を滑っただけに終わったことに、心は憤りを覚えている。


「なんで、そうしなかった。俺が相手じゃ本気を出すまでもないってことか」


 その声音からは、明確な怒気が伝わってくる。

 誤解を与えてしまったみたいだな。


「そいつは違う。俺は本気で勝負に望んでる」

「なら、どうして魔殻ごと俺を斬らなかったんだ。出来たはずだろ、怪異殺しなら」


 それを皮切りに、観戦していた生徒たちからも不満の声があがる。

 真面目にやれ。弧我の言う通りだ。もったいぶるな。さっさと本気を出せ。

 そんな言葉の数々が雨霰の如く降り注いでくる。

 だから、それを黙らせるように、言葉を紡いだ。


「そいつは――これが勝負だからだよ」


 それ以上でも、以下でもない。


「勝負ってのは、勝ち負けを決める戦いだ。そこに殺しの技術は相応しくない。それを持ち込んだ瞬間、そいつは勝負の枠を逸脱した殺し合いになり下がるからだ。勝ちも負けもなくなって、勝負じゃあなくなるんだよ」


 殺し合いに勝者はいない。

 ただ生きたか、死んだか、それだけだ。


「……なにが言いたい。だから手を抜くってのか」

「違う。俺は勝負を勝負として成立させたいだけだ」

「同じだろうがッ」

「同じじゃねぇよ」


 全然、まったく、違う。


「お前は勝負を挑み、俺はそれを受けた。その時から決めていたんだ。俺は怪異殺しとしては戦わない。ただの魔術師として戦おうってな。それが勝負を挑んできたお前に対する誠意であり――それが魔術師としての矜恃だからだ」


 剣に縋って生きてきた。

 その果てに怪異殺しの称号を得た。

 それらしい称号を振りかざし、魔術師になったつもりでいた。

 魔術組合に認められないことに憤りもした。

 けれど、リズと出会い、百合に再召喚されて、すこしずつ変わっていった。

 異世界の魔力を身につけ、魔術を構築できるようになり、試験に合格できた。

 そうしてから、ようやく気がついた。

 俺が成りたかったのは、怪異殺しではなかったのだ、と。


「なぁ、心。俺を見ろ。お前の目に、俺はどう映ってる」


 誰もが俺に怪異殺しを望んでいる。

 けれど。


「怪異殺しか、魔術師か」


 俺が本当に成りたかったのは、魔術師だ。


「……俺が勝負を挑んだのは怪異殺しだ」


 でも、と心は言葉を続ける。


「いま目の前にいるお前は、間違いなく魔術師だ。いま戦いたいのは――そんなお前だよ。双也」


 にやりと笑い、心はそう言った。

 その言葉に、救われた気がした。


「――そう言う訳だ」


 視線を心から観戦客へと向ける。


「今日この日の俺はただの魔術師だ。怪異殺しとしては戦わない。どれだけ追い詰められようと、たとえ負けてもだ」


 お前たちが見たいものは、幾ら待っても見えない。

 そう言ってやると観戦していた生徒たちは、一人また一人と席を離れていく。

 最終的に残ったのは数名の物好きくらいだった。


「これでようやく、うるさいのがいなくなった」

「なら、速いところ再開しようぜ。魔術師同士の勝負をな」

「あぁ、望むところだ」


 互いに得物を構え、呼吸を整える。


「とは言え、だ。いまの俺じゃ、接近戦は分が悪い」

「なら、どうするんだ?」

「こうするんだよ」


 そう言った途端に魔力が膨張する。

 剣先を下方に配した刃をなぞるように、魔力は収束して地を這う。

 その様は、気迫は、まるで猛虎をまえにしているようだった。


「なるほどな」


 細々とした剣撃を、強大な魔力で押し流す。

 それもまた魔術師としての戦法だ。

 これを受けて、俺はどうするべきか。

 距離を詰めるか、空撃ちさせるか。


「――いや」


 どうせなら気持ちよく勝ちに行こう。

 最後まで、勝ち切ろう。


「受けて立つ」


 古龍の魔力を解放し、刀身に這わせて天高く立ち上らせる。

 これで真正面からぶつかりにいく。


「行くぞ、心」

「来い、双也」


 向かい合う、龍と虎。

 古龍の息吹と、猛虎の咆吼。

 剣は、刀は、そして振るわれる。

 瞬間、凄まじい衝撃を伴い、魔力の奔流は激突した。

 互いに互いを喰らい合い、周囲にあるすべてを無差別に傷つける。

 それは嵐とも、雷とも、天災とも、形容できてしまうほど荒れ狂い。

 だからこそ、その二つの衝突は相殺という形で爆ぜ散る。


「――ここからだ」


 爆煙に満ち、視界がゼロになる。

 この一瞬を好機とみて、魔術を構築した。

 それは虚空を掻いて風を起こし、爆煙を退ける。

 煙幕が晴れ、視界が広がり、互いに互いの姿を目視した。


「――なッ!?」


 心は、驚愕する。

 俺の背中から龍の翼膜が広がっていたことに。

 魔術によって構築したのは、古龍の翼だ。


「つけよう、勝負を」


 背中の翼が虚空を掻いて、羽ばたいた。

 その両翼から生み出される推進力は、加速は、身体強化の比ではない。

 瞬く間に距離を詰め、肉薄し、刀の間合いに足を踏み入れる。

 反応すら、許さない。

 そして――この一刀をもって、その魔殻を打ち砕いた。


「――はっ、なんだよ……それ」


 打ち砕かれた魔殻の破片が宙を舞い。

 心は背中から地面へと倒れ伏す。


「そんな……隠し球、持ってたのかよ……」

「驚いただろ?」

「あぁ、ほんとうに……驚いた」


 古龍の息吹に、古龍の翼。

 この二つが魔術師として俺が握る切り札だ。


「勝負は双也の勝ちってことでいいんだな?」


 頃合いを見計らったように、冬馬が側に近づいた。


「あぁ、負けた負けた。ぐうの音も出ないくらいにな」


 心は天井を仰ぎ見たまま、呟く。


「だから、楽しかった」


 戦闘狂。

 その言葉に、偽りはなかったようだ。


「――俺もだよ」


 俺も、楽しかった。

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