勝負
「えーっと、とりあえず誰だ?」
挑戦状を叩き付けられはしたが、俺は彼のことをまったく知らない。
「おう。弧我心だ、よろしく!」
「あぁ、よろしく……」
弧我心。
髪型はオールバックで、肌は日に焼けて健康的だ。
しかし、その名前には聞き覚えがなく、また人相も記憶にない。
冬馬のように、旧友だったと言うことはなさそうだ。
クラスにもいなかったように思う。
つまり完全なる初対面で、俺は勝負を挑まれたのか。
すごい、度胸だな。
「悪いな、双也。心は結構な戦闘狂でさ。今までにない戦法とか、特殊な技法とか、そう言う珍しいのに目がないんだよ。それでちょうど双也の話をしたら」
「怪異殺しって言葉に引き寄せられたってことか」
「そう言うこと」
剣技で魔術の真似事をした奴なんて、古今東西どこを探しても俺くらいだ。
だから戦闘狂として、興味をそそる形になったらしい。
戦うのが好きなんて、珍しい趣味をした奴もいたもんだ。
「……うーん、まぁ、いいかな。戦っても」
「ほんとか! そう来なくっちゃあな!」
そう喜んだ弧我心は、手の平に拳を打ち付けた。
乾いた音が鳴り、それの大きさが彼の期待を表しているかのようだった。
「おいおい、いいのか? 連れてきた俺が言うのもなんだが」
「まぁ、普通なら乗らない話だけど。今回は、いいんだ。ちょうど試してみたい魔術があるからな」
不慣れな魔術を実戦で使うと、返って危機を招きかねない。
なので、今まで怪異との実戦は、魔力を持ちながら剣技のみで行ってきた。
魔術を使用しなければならなかった試験は例外。
けれど、いつまでも宝の持ち腐れという訳にもいかない。
一つ、彼を実験台に使わせてもらおう。
弧我心は俺と戦えて嬉しい。俺は魔術を試せて嬉しい。
互いに利益のある一戦となることだろう。
「そうか? それなら俺も止めないけど」
声音に驚きを混ぜて、冬馬は納得する。
俺が乗り気だったことが、意外だったようだ。
「よし。それじゃあ、ひとっ走りして訓練場を借りてくる。準備が出来たら来てくれ」
善は急げとばかりに、弧我心は駆けていった。
「俺も先に行って待ってるよ」
「あぁ、俺もすぐに追いつく」
ゆっくりとした足取りで、冬馬はその後を追っていく。
俺は一度、部屋へと戻って諸々の準備を整え、訓練場へと向かった。
「本日二回目の登校だ、っと」
訓練場は、始業式が行われた場所である。
一般的な学校でいう、体育館のような位置づけだ。
魔術学校とだけあって、一般の体育館よりは遥かに頑丈に作られている。
おまけに自動修復機能まで完備された徹底ぶりだ。
戦うには、まさに持って来いの場所である。
「――ん? なんだ? あの人だかり」
通学路を通って、真央魔術学校の敷地内に足を踏み入れる。
すると、すぐに訓練場のあたりに人だかりが出来ているのが見えた。
「まさか……」
とんでもなく嫌な予感がして、途端に引き返したくなった。
けれど、約束は約束だ。これを反故にして帰ることは出来ない。
意を決して、訓練場へと足を進める。
近づくとともに、人だかりにいた生徒がこちらに気づき始める。
瞬く間にその情報は伝わり、視線が一斉に向けられた。
そして、波のように人の群れは動き、一つの道を造り出した。
「――よう。双也も来たな」
「あぁ。モーゼになった気分だ」
「モーゼ?」
海を割り、海底に道を作ったという。
まぁ、それに比べれば人に道を譲らせるくらい、なんでもないだろうけれど。
「それで、だ。あの観戦客はなんだ? 冬馬」
訓練場のまえにいた生徒たちは、みんな二階席に腰掛けている。
嫌な予感は的中し、この勝負は見世物と化した。
「あぁ。みんな組合のことを考えて口には出さないけど、気にはなってるんだよ。噂の怪異殺しがどんなものかって」
「とんだ有名人になったもんだな、俺も」
これまで見向きもしなかったくせに。
なんともまぁ。
「まぁ、そう不機嫌になるなよ。ここで実力を示せば、その剣技が認められる第一歩になるかも知れないぜ?」
「だと良いけど。まぁ、あくまでも今回は魔術がメインだ。ファンサービスなんてしないからな。ファンでもなさそうだし」
リズから受け継いだ古龍の遺伝子。
それから生じる膨大な異世界の魔力。
お陰で随分と戦略の幅が広がった。
これまで通りに剣技に磨きは掛け続けるが、それ一辺倒になることはもうない。
この勝負は、それへと向けた第一歩になる。
「――おーい、怪異殺し。はやく始めようぜ」
対戦相手もお待ちかねだ。
「あぁ、いま行く」
返事をして、訓練場の中心にまで歩み出た。
観客の視線が鬱陶しいが、勝負が始まればすぐに認識しなくなる。
勝負の最中に周囲の雑音を拾うほど、間抜けになった覚えはない。
「よろしく、弧我心」
「心でいいぜ、怪異殺し」
「なら、俺も双也でいい。言いにくいだろ? 怪異殺しって」
「実はちょっとな。助かったぜ、双也」
互いに向かい合い、言葉を交わす。
さっぱりとした性格をした、気持ちの良い奴。
第一印象はそんなところ。
得物は剣。腰にある鞘の形状からして、西洋剣。
ロングソードのあたりか。
「じゃあ、開始の合図は俺がしよう」
名乗り出た冬馬は、俺たちの間に立った。
「両方とも、準備はいいな?」
そうして。
「はじめッ」
戦いの火蓋は落とされた。
「いくぞッ、双也!」
あふれ出る魔力が、心の身体を包み込む。
「来い、心!」
それに対して、刀を抜き払い構えを取る。
その動作を終えた瞬間、心は行動を開始した。
踏み込み、加速する。
その速度は常人の比ではなく、凡人の目に終えるものでもない。
恐らくは身体強化の魔術が施されている。
心の戦闘スタイルは近接タイプだ。
「――」
一息にこちらへと肉薄し、鞘から引き抜かれたロングソードは、地を這うかの如き軌道を描く。
下方から這い上がるそれに対し。
適切な力を込め、適切な角度から斬り込み、的確に弾いてみせる。
だが、それで終わりにはならない。
ロングソードは刀身を翻し、間をおくことなく攻め立ててくる。
身体強化の果てからくる剣速も、剣の重みも、激しさも、生身の俺では敵わないほど凄まじい。
まるで、獣の剣だ。
しかし。
「――チィ!」
剣撃の応酬の最中、一瞬の隙を縫って刺し返す。
その一刀は回避されてしまったが、心の攻勢を覆す一石にはなった。
大きくその場から後退した心は、そして楽しそうな笑みを浮かべる。
「身体強化もなしに……化け物かよ」
「こんなのはまだ序の口だ。まだまだ行けるだろ? 心」
「はッ! 面白ぇ!」
心が身に纏う魔力の濃度が引き上げられる。
次ぎに打ち込まれる剣撃は、先ほどよりも確実に強力だ。
だからこそ、正面から受けて立つ価値がある。
楽しくなってきた。