始業式
ほかの生徒たちと同じように校舎へと入り、俺とリズは百合と別れて職員室へと向かう。
一度、訪れたことのある俺が先導して案内し、無事にたどり着く。
そこで担任となる教師に会うと、短く話をして共に教室へと向かった。
リズは、終始、そわそわと落ち着かない様子だ。
もう教室のまえまで来ていると言うのに、踏ん切りが付かないでいる。
「大丈夫だ。きっと上手くやっていける」
「そう、ですよね。ありがとう御座います」
大きく深呼吸をして、リズは気分を落ち着かせる。
多少、それで緊張は解れたようだけれど、本調子とはいかなそうだった。
期待と不安と緊張が入り交じった、そんな風な表情をしている。
「――じゃあ、入ってきて」
教室内から、担任の女性教師の声が響く。
お呼びが掛かった。
まず先陣を切るようにして、俺が教室へと足を踏み入れる。
そうして見えた教室の内部は、とても居心地が悪い。
クラスメイトとなる生徒の視線が、身体のいたるところに突き刺さるからだ。
転校生の宿命というか、なんというか。
「お」
先生の隣にまで歩き、そうした上でクラスメイトのすべてを視界に納める。
その中には薄く笑っている百合が見えた。
そして、目を丸くした冬馬の姿も発見する。
百合は事情を知っているが故の笑みを浮かべ。
冬馬は既知の人物が転校生として現れてことに驚いている。
そのリアクションが見えただけで、すこし居心地の悪さが緩和された。
続いて、リズが教室に足を踏み入れる。
瞬間、教室内がざわめいた。
その気品ある出で立ちに、雰囲気に、一瞬にしてクラスメイトは魅せられる。
この様子に百合はまた微笑みを浮かべ。冬馬は更に目を丸くする。
この短時間に見知った顔が二人もクラスメイトになったのだ。
期待していた通りに、冬馬は反応してくれた。
「はい。という訳で、渡世双也さんとエリザベス・フリーデ・ベクトファルケさんです。本日からみなさんのクラスメイトになるので仲良くしてください」
担任の女性教師である真壁葵先生は、無表情でそう告げる。
この先生はどうやら表情筋が機能していないようで、ずっと一定の表情で固まっていた。
まるで仮面でも被っているようだ。
まぁ、でも、口は動いているし、瞬きもしている。
本当に面を被っている訳ではなさそうだけれど。
「じゃあ、二人は空いている席に座ってください」
指示に従って教室内を横断し、後ろのほうに用意された席へと移動する。
面白いのは、ほかのクラスメイトがみんな動くリズを目で追っていることだ。
こちらは注目されなくて楽だけれど。
リズの心境を考えると、なかなか酷なことではあった。
「では、始業式が始まるまでは自由時間とします。先生は準備があるので退室しますが、節度ある行動を心掛けてください。準備が終わり次第、戻ってきますので。それでは」
とても無機質な声で、作業的な言い回しをし、先生は退室した。
先生がいなくなり、しんと静かになる教室。
だが、それも一瞬の出来事だ。
すぐにこの空間は騒がしくなり、みんな立ち上がってリズのもとへと集まった。
「すごい人気だな、あの子」
人だかりを見て、そう呟いたのは冬馬だ。
こちらに近づきながらも、目ではリズのほうを見ている。
「まぁ、話題性ばっちりだからな」
異世界の姫君だという情報は、すでに伝わっていることだろう。
正真正銘、貴族など相手にならないほどの立場にたつ王族だ。
みんな興味があるだろうし、なによりリズ本人の人柄がいい。
これは友達百人くらい、すぐに達成できそうだな。
「にしても驚いたぞ、双也。まさか転校してくるなんて」
「だろうな。俺もすこし前までこうなるとは思ってなかったよ」
まさかまさかの出来事だった。
「ここにいるってことは、魔力が開花したってことで良いんだよな?」
「まぁ、そんなところ」
開花したのではなく、受け継がれた。
この身に根付いた魔力は、俺のものではなく古龍のもの。
そこに一欠片だって、俺に由来するものはない。
だから、これを開花とは呼ばないだろう。
「そんなところ? まぁ、いい。またこうして教室で会えたんだ。こんなに嬉しいことはないさ」
「あぁ、同感だ。これからよろしく」
「もちろん。よろしく」
拳を付き合わせ、かつて結んだ友情を再び蘇らせる。
空いた期間は膨大でも、それはこれから埋めていけるはずだ。
俺はもう魔術師なのだと、胸を張れるのだから。
「仲良きことは美しきかな、って奴?」
「からかってるのか? 百合」
冬馬と話をしていると、百合も会話に加わった。
「花裂、このことを知ってたなら教えてくれよ」
「ごめんごめん。でも、驚いたでしょ? 網走くんも」
「そりゃあな。これでびっくりしない奴なんていないだろ」
たしかに、言えてる。
「というか、花裂もあの子と知り合いなのか?」
「あの子? リズちゃんのこと? うん。知ってる」
「へぇー……」
そう言った冬馬は人だかりで見えないリズと、百合と、それから俺を順に見る。
「単刀直入に聞くけど、どういう関係なんだ? この三人は」
どう言う関係か。
そう改まって聞かれると、すこし考えてしまう。
俺はリズに召喚された勇者で、百合に再召喚された使い魔だ。
勇者で使い魔。
まぁ、使い魔とはいえ、五分の杯で契約したから立場は対等だけれど。
助けてもらうために召喚され、助け出すために再召喚された。
こうしてみると、非常にややこしい状態だ。
「うーん。一言では言い表せない関係ってところか」
古龍の遺伝子のことも、百合以外に話すつもりは今のところない。
なので、あまり踏み入ったことは言えない。
相手が冬馬でも、だ。
「だね。色んなことが絡みついて、解くのに時間が掛かるくらい」
そもそも解けるのか定かじゃないほど、雁字搦めだけれどな。
「そうか……詳細はまったくわからなかったけど、とにかく大変そうだってことは伝わったよ。あまり、深くは聞かないことにする」
「助かる」
冬馬の気遣いもあって、この話に一段落がつく。
そうして視線は自然とリズのほうへと向かった。
相変わらず、大量の生徒に取り囲まれ、質問攻めにされているようだった。
「あれ。そろそろ助け船だしたほうがいいよね?」
リズがほかの生徒と話す機会を取り上げてはいけない。
そう思い、遠巻きから眺めていたけれど。それも、そろそろ限界そうだ。
人付き合いが希薄だったリズに、いきなりあの物量を捌くのは難しい。
「そうだな。ぜんぜん、収まる気配がないし。今のうちにリズを連れ出したほうがいいかも知れない。百合、頼んだ」
「わかった、ちょっと行ってくる」
同じタイミングでこのクラスに参加した俺が助け船を出すのは好ましくない。
間違いなく事態がややこしくなって泥船と化す。
なら、百合に行ってもらったほうが確実だろう。
現に、上手いことを言ってリズを連れ出している。
「ありがとう御座います。助かりました……」
非常に疲れた様子で、リズと合流する。
質問攻めが相当こたえたのか、声に元気がない。
「大丈夫か?」
「はい、なんとか。でも、たくさん色んな人とお話できました。とても喜ばしいことです」
「そうか。そいつはよかった」
疲れながらもリズは笑顔をみせる。
リズにとってその疲れが、心地よいものだったことの証明だ。
その様子に安堵を覚えつつ、リズに冬馬を紹介したりしていると。
「――準備ができました。生徒のみんなは教室を出てください」
真壁先生が、始業式の準備を終えて戻ってきた。
それに合わせて、クラスメイトたちは教室を後にする。
俺たちも例に漏れず始業式へと向かい、それは恙なく終了した。