試験
二週間という時間は、長いようで短い。
俺は試験本番までの間、微かに増えた仕事をこなし、百合の家に入り浸った。
魔術学校の特待生であらせられる百合先輩に、教鞭を執っていただくためだ。
そこに預けられたリズの様子を見るためでもある。
たまの息抜きに、日本語や簡単な英語をリズに教えたりもした。
そうして書類をしたため、憶えた構築式を試し、魔術師の基本を押さえ、時は過ぎる。
気がつけば試験当日で、俺は真央魔術学校のまえまで足を運んでいた。
「生涯、ここに関わることはないと思っていたんだけれどな」
刀にすべてを捧げ、縋り付いたときから、諦めていた。
けれど、なんの因果か。
俺はこうして転校のための試験を受けにここに来ている。
人生、なにが起こるかわからないな。
「上手くいくことを祈っててくれ」
そう言葉を投げたのは、手の内に収まる御守りに対してだ。
前日に、百合とリズがプレゼントしてくれた。
とても心強く、これがある限り失敗する気がしないとさえ思う。
「さて、いくか」
気合いを入れて敷居を跨ぎ、魔術学校の敷地に足を踏み入れる。
試験官となる教師に会い、諸々の準備をし、試験はつつがなく開始された。
まずは筆記試験からはじまった。
一般的な高校で学ぶ五教科はもちろん、魔術の専門的なことまで出題される。
これまで普通の高校に通っていたので、五教科は難なくこなせた。
魔術関係の出題も、これまでの経験と、百合から教わった要点のお陰で、さほど難しくはない。
筆記試験は、一先ず成功と言ったところ。
続いて、試験は実技に移行する。
「はーい。それじゃあ、実技試験の説明をはじめまーす」
とても気怠そうな男性の声が、実技試験の会場に響く。
無駄なものが殆どない広々とした空間だからか、余計にその声が耳に付く。
「今からキミの目の前に、計十体の疑似怪異を配置します。これをなるべく早く倒してください。手段は問いません。とにかく、すべて倒してしまえば結構でーす」
なんか、気の抜ける言い方だな。
「なにか質問はありますかー?」
「じゃあ、一つ質問します」
片手を上げて、口を開く。
「この試験で傷を負った場合、点数は下がりますか?」
「採点に関することはお答え出来ませーん」
「わかりました。もう質問はありません」
どちらとも言えないなら、傷は負わないほうが無難だな。
接近戦は控えたほうがいい。となると、使える手は絞られてくる。
「これよりブザーが鳴ります。それが聞こえた瞬間を、試験開始の合図とします。よろしいですね」
「はい」
「では、疑似怪異を展開します」
反響するその言葉に呼応するように、魔術で構築された擬似怪異が姿を現す。
それは狼のような獣の姿をし、周囲を取り囲むように配置されている。
数は説明にあった通り、計十体だ。
「――よし」
予め怪異の姿と数を把握できているのなら、対処は容易い。
心を落ち着かせ、息を整え、腰に差した刀の柄に手を掛ける。
そして――ブザーは鳴り響いた。
「小細工はなしだ」
瞬間、柄から伝わせて刀身に大量の魔力を流し込む。
鞘の内部で圧縮されて負荷の掛かったそれは、抜刀とともに弾き出される。
それは剣閃の軌道をなぞるかのように発生した、魔力の刃。
刀に頼らず、刃に依存せず、独立して成り立つ、飛行する斬撃だ。
「これで半分」
地面を滑空した魔刃は、動き出そうとした疑似怪異の半数を断つ。
初動を狩り、数を減らし、数的不利を半減させる。
だが、もう半数はすでに、背後まで迫っていた。
「こいつで――」
慌てず、騒がず、背後に五つの術式を展開。
そこから競り上がるのは五本の杭だ。
それは一心に天を目指し、その過程に生じた障害を無慈悲に貫通する。
つまりは、残り五体の疑似怪異をすべて串刺しにした。
「――終わりっと」
本物のような断末魔を上げて、最後の一体が死に至る。
魔術で構築された身体は霧散してちりぢりになり、大気中の魔力と同化した。
それを確認してから、刀を鞘に収めて息を吐く。
これで試験は終わったはずだけれど。終了の合図が聞こえないな。
「いやー、お見事。あの数を捌くのに十秒と掛からないなんて凄いね」
「その声は」
「そうだよ。僕がさっきまでキミと話していた試験官さ」
どこからともなく現れたのは、このへらへらした優男だ。
彼がこの実技試験の試験官か。
でも、彼はなぜ、わざわざここに?
「でも、残念だな。僕はキミの怪異殺しの剣技とやらが見たかったんだけれど。用意した試験内容じゃ、それを引き出すことも出来なかったみたいだ。こう見えて、結構強いんだよ? キミが倒した疑似怪異は」
聞いてもいないことをぺらぺらと話す、この男の真意が見えない。
だが、彼の言うことは間違いではないのだろう。
どんな怪異が、どれだけの数いて、どこから攻めてくるか。
それが事前にわかっているなんて状況は滅多にない。
もし試験開始時にまったく情報が与えられていなかったら、もうすこし苦戦していたことだろう。
怪異殺しの剣技を、披露していたかも知れない。
「だから、さ――」
直後、彼の手に剣が握られた。
「ちょっとだけ、味見」
剣閃が振るわれる。
凄まじく鋭く、速く、無駄のない完璧な剣撃が迫る。
「――わお。やっぱり凄い」
しかし、その刃がこの身に届くことはない。
神速の抜刀をもって、それに応えたからだ。
剣閃の軌道上に割って入った刀身は、完全にその勢いを封殺する。
この程度は訳なくできる。出来なければ、この境地には至れない。
怪異殺しをなめるなよ。
「ふっふっふっ。キミの転校を心から祝福するよ。それじゃあまた、校舎のどこかで会おう。渡世双也くん」
剣を霧散させた試験官は、何事もなかったかのようにその場を後にする。
掴み所がなく、突拍子もない。
なんだったんだ? あの教師は。
「妙な奴に目を付けられたって感じだな」
転校前に、とんだ災難に見舞われた。
けれど、けれど、あの剣閃はたしかに本物だった。
あれがお遊びではなく、本気の一閃だったなら。
そう考えると、ほんのすこしだけ口角がつり上がってしまった。
「楽しくなりそうだ」
そうして、試験は終わりを迎えた。
結果は見事に合格。
合格通知をみたリズと百合は、その場で大はしゃぎ。
この短い期間で二回目のお祝いが、開催されたのだった。