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第四話 魔人アルド

 プリムと話す間も、アルドは徐々に飢餓感が強くなってくるように感じていた。肉体を再生するために魔力が使われ、枯渇しかけているのだ。


 魔力が不足して死ぬということはないが、今の肉体の魔力上限までは程遠く、力を蓄えろと全身の細胞が訴えている。


 ――特に強く訴えてくるのは、アルドの左半身。長い前髪に覆われた左の瞳に、突然に焼けるような熱さを覚える。


「っ……何だ……俺の左眼は、どうなってる……?」

「あなた様の半身は、魔狼の毒に侵されたあと、ルシフェル様の『黒き翼』の力を吹き込まれて蘇生しました。元の人の身体のままでもとに戻すことは、すでにできなかったのです」

「俺の命をつなぐために、魔族に変えたというのか?」

「いいえ、あなた様の半分は人間のままです。その右目も人間の瞳のままですが、左目は魔眼に変わっています。魔王の力と勇者の力を同時に備えた半人半魔の存在……つまり、あなたは魔人として生まれ変わったのです」


 プリムの言葉を理解すると、アルドは無性におかしさがこみ上げ、抑えきれなくなった。


「魔人……ははっ。はははははっ……」

「アルド様……?」


 自分がもはや人間ですらないのだということは、アルド自身が最も良くわかっていた。しかしプリムは、アルドが未だに半分は人間のままだと言う。それがアルドには滑稽に思えてならなかった。


「人間の敵になれるのなら、いっそ全て魔族に生まれ変わりたかったよ」

「魔族の力を受け入れていただけるのでしたら、喜ばしいことです。『お役目』を果たすとき、アルド様に嫌われてしまっては、ことがすみやかに運びませんので……」


 胸に手を当てて言うプリムが、何を意図しているのか。それが分からないほど、アルドは子供ではなかった。


 この部屋に入ってきたときからずっと、プリムは間違いなくアルドのことを異性として意識し、その身体を熱くさせている。


 「抑制が効かない」と言ったアルドを、プリムは恥じらいながらも蔑むことも、警戒することもなかった。それが当然の欲求だとでもいうかのように。


(魔族はそういったことには肯定的なのか。これほど本能に訴えられてはな……結界を破るまで、女に囲まれた生活を送ることにもなるようだが……)


「……ルシフェルと話もしたいが、その前に飯だな。魔物の肉も、力に変えられるようになったようだが……量が全く足りていない」


 まずはルシフェルと話し、これからすべきことを確認しておくべきだろう。その筋を通してからでなければ、女に手をつけるのは違っている。それくらいの理性は、飢餓を覚えている今でも残されていた。


 そしてアルドは気が付く。食欲と異性に対する情動を、半人半魔となった今は同列に考えていることに。


「食欲は、生への執着の現れです。あなたはもはや絶望の淵にはおられない。僥倖でございます」

「そうだな。自分でも驚くほどに、生きるということが楽しく思える。あんたのような、綺麗な女を見ていると特にそうだ」


 アルドの言葉にプリムは目をかすかに見開くが、初対面の男から向けられたあからさまな欲望を拒否することなく、頬を紅潮させて微笑む。


「お相手を務めさせていただくときが、楽しみです。アルド様は、清らかな身で過ごして来られたご様子ですが、身体はお鍛えになられていますし……」


 口元に指を当てて言うプリム。どこかあどけなさを残しながらも、その妖艶さは、人間の女性とは比べものにならない。


「この『飢え』は女でも癒せる……そう思うのは、俺の認識通りでいいのか?」

「……はい。魔族は、触れ合うことで互いの魔力を混ぜ合わせ、増幅し、蓄えることができるのです。つまり、交われば交わるほどに強くなるということです」

「そうか……俺の頭のタガが外れたわけじゃなかったんだな。この新しい体を慣らし、魔の力を引き出せるようにするには、理にかなったやり方ということか。童貞の考えることじゃないがな」

「触れ合い方には、いろいろと手段がございますので……もしルシフェル様に操をお立てでいらっしゃるのならば……」

「馬鹿を言うな、そんなことは考えてない。考えてないが……筋は、通したい。いくらあんたが忠誠を誓ってくれても、あいつとしっかり話さないうちに好き勝手やるのは違うからな」


 ルシフェルの力を与えられた自分が、彼女に潜在的に忠誠を誓わされているのではないか――そんな考えが頭をよぎるが、アルドは考えすぎだと苦笑する。


 その気になれば、プリムは全てを聞き入れるだろう。ならば急ぐことはないと思っているだけだ。


「プリム……あんたは、俺と魔王の復讐に付き合うことをどう考えてるんだ?」

「復讐の味は蜜の味。それは、人間でも魔族でも、魔人であっても、変わることのない真理です。あなた様とルシフェル様の復讐は、眷属である私の悲願でもあるのです」

「そうか……まずは、大将軍リガントだが。奴のもとに辿り着くには時間がかかりそうだ」

「地上には、悪魔大公のひとりが指揮に出ておりますが……賢者マーリンによって、籠城を強いられているようです。もし彼女が捕らえられれば、地上の魔王軍は完全に統率を失うでしょう」

「捕虜にされるのはまずいな。奴らにこれ以上、何一つ与えてなるものか」


 賢者マーリンは策謀を巡らせれば、アルドとルシフェルを陥れるだけの力を持つ。悪魔大公であっても、マーリンの魔法で討ち取られるという可能性は十分にあった。


「ルシフェルは俺と協力すれば、結界を早く破れると言っていた。一日でも早く地上に出られるよう、力を尽くそう」


 アルドはベッドを降りると、部屋の隅に置かれた姿見に映った自分の姿を見た。


 黒かった髪は真っ白に染まり、左の瞳の黒目の部分に、魔法陣のような文様が浮かび上がっている。それは、ルシフェルが魔法を使う時に出現させていた魔法陣と同じ図柄だった。


 右の眼は人間のもののままだが、左の眼は硬化している。その姿は、まさに魔人と呼ぶにふさわしいものだった。


「この目があれば、ルシフェルと同じ魔王の力を使うなんてこともできるのか?」

「その通りでございます。ルシフェル様はお力を結界を破るために注がれるため、力を蓄えることは今はできないのですが、あなた様はルシフェル様の補助に魔力を使われても、それ以上の量を吸収することで、徐々に力を蓄えることができます。そうすれば、『魔眼』の力を引き出すこともできるようになるでしょう」

「魔眼……なるほどな。どうやって魔力を吸収するのかは、後で教えてもらおう。この迷宮に巣食う魔物を食うとか、そういうことになるのか?」

「それも必要ではございます。魔狼の肉は食用に適しませんが、他に牙兎ファングラビット吸血蝠ヴァンパイアバット、リザードなども生息しておりますので。人間が食することはないものばかりですが、お気に召すように調理してお出しさせていただきます」

「……まあ食事よりも、もう一つの方法のほうが、よほど効率は良さそうだがな」


 プリムはアルドの問いにすぐには答えず、人間とは違い少しとがった耳の先まで、ほんのりと赤く染める。


 かつて人間であったとき、アルドはシエナと結婚するまで、決して他の女性と交わることはないと思っていた。


 だがそれも魔人となった今は、失われた誓いでしかなかった。

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