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第二十話 中央平原の決戦

※大変お待たせして申し訳ありません、更新を再開いたします。

 ルシファーの呼び出した使い魔によって敵軍の情報を得たアルドは、鴉の眼が見ている映像を宙に映し出し、敵の後方に現れた一人の女魔法使いの姿を見つけた。


「あれは……アルド様、賢者マーリンです。この前線に出てくるとは思いませんでした。リガント将軍はこの戦いを、戦争の趨勢を決めるものだと思っているようですね」


 副官を務めるシエナは、アルドと轡を並べ、黒い馬にまたがっていた。ナイトメアと呼ばれるこの馬は、魔物としても強力で、単体で戦っても牛鬼以上の力を持っている。その走る速さは、王国の名馬と呼ばれた馬でもまるで及ばないほどだった。


 マーリンの姿をアルドは直接見たことがなかった。少女時代から魔法の天賦の才を持って、王都に名を馳せていたが、自分の研究にしか興味がなく、与えられた研究室に篭っていることが常だったからだ。


(マーリンと事前に話をしておけば、一方的に嵌められることはなかったかもしれないが……面識がない状態で、彼女は俺を結界で封じた。つまりは、亡き者にしようとしたということだ)


 彼女自身がアルドに対してどんな感情を抱いているのかは分からないが、リガントの命令に従ったことは事実で、マーリンが復讐の対象であることに違いはない。


 しかし、マーリンの姿はアルドが想像していたような、いかにも人を陥れることに躊躇いのなさそうな悪女というようには見えなかった。


 彼女は亜麻色の髪を2つのおさげにしており、年齢の経過で容姿が変化しないエルフということもあってか、シエナと変わらないか、彼女よりも年下に見えた。感情の起伏が少なく見えるが、その冷たく見える瞳も含めて、コケティッシュな魅力がある。


 賢者である彼女もまた、アルドたちと同じように防御結界を張っているからか、彼女の装備は戦いに赴くものとは思えないほど大胆で、妖精のように愛らしいものだった。


 首元からお腹のあたりにかけて、健康的なシエナの白い肌と比べると少し青白くは見えるが、シエナに負けず劣らず発育した膨らみが、半分ほど見えてしまっている。かろうじて隠すべきところが隠れているのは、魔力で衣装を制御しているからだとアルドは見て取った。


「……あの女が、マーリン……俺も実際に姿を見るのは初めてだが、魔王の迷宮に結界を張り、俺を封じ込めた張本人だ。ここで出てきたということは、俺達の軍を魔法で攻撃するためか」

「彼女の魔法は、王国の魔法兵千人に匹敵する威力を持っています。前に出ている牛鬼の部隊を3つに分け、散開陣形を組んで、密集したところを撃破されないようにしましょう。彼女の魔法は、一夜で城を落とすと言われている攻城級魔法ですから、まともに受ければひとたまりも……」


 シエナは策を進言するが、アルドの横顔を見て言葉を止めた。


 彼は笑っている――その意味をシエナはすぐに悟る。それは、彼女もアルドと同じ武人であるからだ。


「マーリンに魔法を撃たせてみるか。牛鬼部隊に命令せよ、左右に開け。マーリンが、俺を見つけて狙えるように旗を上げろ」

「っ……アルド様、危険です。相手は王国最強の魔法使い、賢者マーリンなのですよ」

「シエナ、俺とマーリンの力を比較して、どちらが大きいと思う? その目に映る事実だけを信じればいい」


 シエナはアルドを見つめ、こくん、と息を飲む。


 地上軍を指揮しながらも、自分やサキュバスたち、そしてルシフェルと共に魔力を練ったアルドは、シエナでは計り知れないほどの魔力を宿している。


 それでも、賢者マーリンは一度アルドを封じた危険な相手である。シエナは胸に痛みを覚えるほどアルドを案じるが、最後には主人を信じた。


「……承知しました。アルド様、ご武運を。もし危険だと見れば、命に代えてもお守りします」

「もしも、万一もない。俺はあの賢者をねじ伏せて、手に入れたい。奴隷として飼うには十分なことをしてくれたからな」


 アルドの瞳に宿る暗い炎を見たシエナは、思わずぞくりとする。


 その嗜虐的な瞳を向けられながら、彼に尽くすことができるとしたら――戦場で思うことではないと知りながら、どうしても想像せずにはいられない。


(私は戦っているアルド様の姿が好き……優しく微笑みかけてくれるときと同じくらい。私にとって、彼の全てが崇敬の対象なのだから)


 疼きを押し殺そうと胸に手を当てながら、シエナは気持ちを戦へと切り替える。


「では、攻撃部隊を左右に展開します。牛鬼たちよ! 陣を崩さず、道を開け! 我が軍の将が押し通るぞ!」


 シエナが透き通るような声を張ると、五百体で編成されたミノタウロスの攻撃部隊が、平原の北と南に移動を始める。


 魔王軍の動きを察知したマーリンは、兵士たちに気づかれぬよう、騎士団の将官に催眠をかけ、敵の散開を封じるように指示した。


「敵の思うようにさせるな! 中央に魔王軍を集めて押し込むぞ!」


 ――だが、マーリンが、そして騎士団の将官が思うよりも、遥かに魔王軍の進軍は速かった。


 アルドを先頭に、魔王軍の中でも機動力の高い人馬兵――人と馬の中間の姿をしたセントールという魔物の部隊が、平原の中央を駆け抜け、猛然と王国軍の前衛部隊に挑みかかる。


「おぉぉぉぉっ!」

「な、なんだっ……あの騎兵、人間……!?」

「正面からぶつかってくるとは……王国騎士団を舐めるな、化物どもっ!」


 槍を持った歩兵が方陣を組み、単騎で駆けてくるアルドを刺し貫こうとする。


 だが、アルドの魔煌気に覆われたナイトメアの突進は、およそどんな陣形を組もうとも受けきれるものではなかった。


「や、槍が、折れっ……うぁぁぁぁぁっ!」

「き、聞いてないっ……あんな化物がいるなんて聞いてないぞ……牛鬼が一番強いくらいだって……っ」

「強すぎる……次元が違う……っ、うぐぁっ!」


 アルドと黒馬の突撃は、まるで黒い嵐のようだった。突撃の風圧だけで人が錐揉みをして吹き飛び、槍は折れ、飛んでくる矢は防御結界に阻まれて打ち返され、王国軍の兵を無情に刺し貫く。そして後から追随したセントールの騎兵たちもまた、敵の方陣が崩れたところに襲いかかり、歩兵の槍に対抗しうるほどの長槍を使ってさらに崩していく。 


「どうした……俺達をここで止めなければ王都まで一気に駆け上がるぞ。お前たちの妻を、子を、守れなくともいいのか! 守りたいのならば死ぬ気で挑んでこい! 大将の首はここだ、よく狙え!」


 アルドの挑発に騎士団は意地を見せようとするが、前衛が瓦解した後は脆く、奥に控えていた弓部隊、魔法部隊にセントールが切り込み、蹂躙する。そして南に移動していた牛鬼部隊、機動力の高いコボルトの部隊が次々に王国軍に襲いかかる。


「アルド様が道を開いた! 今こそ我が魔王軍の力、存分に見せよ!」


 シエナもまた、セントールの槍兵と魔法兵の混成部隊を率いて追いつき、敵陣を駆け抜けて荒らしまくる。


 騎士団の後方で、リガントに与えられた馬に騎乗し、最大魔法を発動させる準備をしていたマーリンは、自分の所までアルドとセントール部隊が駆け抜けてくるのではないかという脅威を覚える。


(私の存在に気づかれないうちに……いや、もう気づいている……それなら……!)


 騎士団の軍勢は、アルドの単騎駆けで崩れたところにセントールによって指揮官を狙われ、すでに全体の統率がままならなくなっていた。それでもマーリンの命を受け、一万の兵が騎兵を先頭にして魔王軍を抑え込もうとする。押し寄せてきたコボルト部隊を相手に犠牲を出しながらも、コボルト部隊を足止めすることで、後から追随してくる牛鬼部隊の移動に遅れが生じた。


 マーリンは敵の歩兵の動きが遅くなったこと、一塊になっている状況を見て、全ての敵を殲滅することができなくとも、今最大魔法を撃てば魔王軍の主戦力を壊滅させられると判断した。


「人間が、エルフの実験の犠牲となる……それはとても誇らしいこと。生まれ変わったら、もっと高等な種族になれるように願えばいい」


 誰にも聞こえないと知りながら、マーリンは名も知らぬ騎士団の兵士たちの命を魔王軍と共に奪い去るだろう破壊魔法を放つ準備を終える。彼女の身体に集め続けた魔力は、強大な魔法を使いこなすエルフの肉体ですら限界を迎え、自己崩壊を起こしかねない領域にまで高められていた。


「天に轟き、地を砕き、海を分かつ。三界を統べる悠久の神々よ、その息吹で我が敵を滅せよ」


 マーリンの持つ杖を中心に、ルシフェルにも匹敵する密度と大きさの魔法陣が展開される。それを一瞬で魔力を使って編み上げ、彼女は「神々」の力を借りようとしているのだ。


「アルド様っ、賢者マーリンが魔法を……!」


 アルドに追随し、ナイトメアを駆って彼に追いついたシエナが声を張る。彼女はルシファークロウによってマーリンの動きを監視する役目も与えられていた。


「この位置では味方を巻き込むぞ……マーリンにとっては、騎士団の命など使い捨てに過ぎないということか」


 それは、アルド自身に対しても同じだったのだろう――そう考えると、アルドはマーリンがいかに愛らしく、女として魅力的な肢体を持つとしても、確実に罰を与えなければならないと考える。


 マーリンの魔法陣は、一秒ごとに完成に近づいていく。アルドを葬り去るために、そこには膨大な魔力が込められている。一切の躊躇のない無感情な殺意に、アルドはぞくりとする。


「面白い……マーリン、お前が手段を選ばず俺たちを滅ぼしたいというなら、その愚かさを俺は許そう。なぜならお前が何をしようと、俺の掌の上で遊んでいるだけでしかないからだ……!」


 遠く離れた場所でアルドは乱戦に身を投じ、王国兵を斬り捨てていたが、黒馬を駆って猛然とマーリンにいる方角に向かって突撃を始める。


「……あなたは私には勝てない。私はいつか、神にも手が届く。魔王も、魔軍の将も、とるにたらない存在。騎士団の兵たちは、私の実験に奉仕する……ただそれだけ」


 アルドの髪が風に流され、左眼――魔眼が露わになる。千里を超えて見通すその力を発揮し、アルドは肉眼でエルフの賢者の姿をとらえた。


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