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第十六話 光と闇

 シエナが村の魔物をすべて倒すまで、彼女のもとに部下の騎士たちが救援に訪れることはなかった。


 しかしシエナはそれを疑問にも思わない。魔物の返り血と油にまみれた剣を払い、頬を手巾で拭うと、静かになった村の中心にある広場で立ち尽くす。


「……この気配は、人間……王国の民……殺すべきは魔物だけ……」


 暗示によって狂わされた意志は、シエナに殺戮を求めさせる。その身体の中では、魔物を滅ぼさねばならないという情念が炎のように渦巻いている。


 遠巻きに村の生き残りの男たちがシエナを見ている。だが、誰も彼女に近づくことはできなかった。美しい少女騎士であっても、その目は虚ろで、光を宿していない。


「次の魔物……魔王の迷宮……滅ぼさなければ……」


 酒場から出てきた母子はシエナの姿を見つけ、呼びかけようとするが、村の外に向かうシエナとすれ違うとき、その凄絶な殺気によって声を出せなくなる。


 ――だが、抜き身の宝剣を提げて歩いていたシエナの足が、村の門を前にして止まる。それは、彼女の眼前に、思いもしない人物が立っていたからだった。


「……アルド……ヴェイン……」


 シエナがこの村で魔物の掃討を始めたとき、アルドはそれを魔王の迷宮の深層にいながら、ルシフェルがあらかじめこの村に置いた使い魔を通して把握していた。


 魔王の迷宮からほど近い場所ならば、アルドは魔法によって転移することができる。マーリンがあらかじめ仕掛けた転移妨害によって遠方まで転移することはできないが、迷宮の深部からこの村まで移動することは造作もなかった。


 髪の色は灰色に変わり、その手には魔剣を持ち、着ている服も魔人将としてのもの。それでもシエナは一目で、それがアルドであると理解した。


 しかしマーリンの暗示が、『アルドの姿をしたもの』を敵として認識させる。シエナの剣を握る手に力が籠められ、その身体を白い輝き――神聖気が覆い始める。


「俺のことを覚えていないのか? シエナ」

「……勇者アルドは、もう死んだ。アルドの姿をした者は、全て偽物にすぎない。大将軍閣下に敵対する者は、すべて死んでもらう」


 無表情のままで殺気を強めるシエナを見て、アルドは彼女を助けることができなかったあの日のことを思い出し、わずかに胸を痛める。


 しかしそれ以上に、シエナが自分を殺すというのならば――リガントの娘であり、王国の誇りである聖騎士をねじ伏せることに、何の遠慮も必要はないと思った。


 そうして生まれた感情は、愉悦だった。アルドの感情に反応し、シエナはローゼングラムを構えたまま、身を低くして突進していく。


「――そんな姿をしていれば私を欺けると思ったか、愚かな魔族め……はぁっ!」

「なかなかいい突きだ……だが、お前の太刀筋は、誰よりも知っている」


 アルドはシエナの突きを魔剣の刀身を使っていなし、すかさず反撃する。シエナは瞬時に反応し、重量のあるローゼングラムを女と思えぬ膂力で切り返して、アルドの斬撃を弾いた。


「くっ……!」

「人形のような無表情だと思ったが、表情が変わったな。操られていても、死ぬことは怖いのか」

「私は魔物を決して恐れることはない……アルドのまやかしなど……っ!」


 シエナは神聖気で斬撃を強化し、アルドに凄まじいまでの連撃を放つ。アルドは魔眼ではなく、人間のままの片目でシエナの剣を完全に見切ると、火花を散らせて魔剣で受け、力をそらし、シエナに全力で反撃する。


「っ……遊んでいるつもりか……魔物ふぜいが、聖騎士に勝てると思うな!」

「まだ力を残しているとでもいうのか? くくっ……はははっ。それでこそ聖騎士シエナだ。俺の知っている中では、最強の騎士だ」

「私は刺し違えてでもお前を殺す……アルドを装う魔物など、生かしておくわけにはいかない」


 かつては戦いの中で互いを認め合い、淡い好意を抱いた少女が、黒い憎悪の炎を燃やしてアルドを睨みつける。


 反論することはできるが、それに意味がないことは、シエナの体を覆う異質な魔力を見れば理解できた――賢者マーリンの呪縛は、たとえアルドの魔眼の力『支配眼』をもってしても、簡単に打ち消せるものではない。


「お前がどう言おうと、俺はアルド=ヴェインだ。ルシフェルと結び、この王国を貰う。大将軍リガントに与して王国を守る者は、全て排除させてもらうぞ」

「お前は大将軍閣下の敵……絶対に殺す……」


 憎悪を向けられながら、アルドは思う。リガントさえ自分を裏切らなければ、シエナと殺し合いをすることなどなかったと。


 シエナにかけられたマーリンの魔法を解けば、おそらく正気に戻る。


 しかしそのためには、シエナを一度は倒し、彼女の神聖気を消耗させて、抵抗力を奪わなくてはならない。


 村の生き残りが、アルドとシエナの戦いを遠くから見ている。その視線を無粋に感じたアルドは、シエナにある提案をすることにした。


「ここでは興を削がれる。戦いに集中できる場所に移動しないか?」

「……そんな必要はない。ここでお前を殺す」

「魔王の迷宮に、ちょうどいい決闘場がある。そこで俺が負けたら、魔王軍による王国への侵攻は止めてやろう。悪い条件ではないはずだ」

「私に負けないという絶対的な自信があるということか。愚かな驕りだ」

「違う。お前が本気で俺を殺そうとしていると分かって、手を抜きたくなくなったのさ。俺とお前が全力で戦えば、お前が守ったこの村は跡形もなく消え去るぞ」


 それは脅しではなかった。アルドはまだ、迷宮の結界が破られるまでに蓄えてきた力をかけらほどしか使っていなかった。


 シエナと全力でぶつかり合えば、莫大な魔力と神聖気がせめぎ合うことによる余波で、小さな村などは簡単に消滅してしまう。魔王の迷宮ならば、防御結界を張った広間があり、破壊を最小限に抑えられる。


 まだ生き残りのいるこの村には、利用価値がある。もともとアルドは、配下の魔物に知恵を与えて、人間をいたずらに殺さずに使役させ、その生産力をそのまま利用することを考えていたのである。


 この村を領土として奪還したいアルドと、解放するためにやってきたシエナ。その利害が一致し、シエナは虚ろな目をしたままで、剣をわずかに下げる。


 アルドはそれを彼女の返答とみなすと、転移の魔法を使い、シエナと共に魔王の迷宮へと飛んだ。

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