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第十話 以心伝心

 魔剣を受け取ったあと、アルドは六階層まで上がった。


 賢者マーリンの張った結界を破るための「破界呪」のいしずえとなる魔法陣は、六階層の中央にある広間の床全面に描かれており、その中心にルシフェルが立っている。

 彼女は背中から四つの羽根を生やし、魔力を魔法陣に流し込んでいる。ひとつの魔法陣を満たすためには莫大な魔力が必要で、それを何重にも重ね、同時に起動することで、マーリンのかけた多重結界を一気に破るのだ。


 黒髪を汗のにじんだ肌に張り付かせて、ルシフェルはずっと集中している。アルドはしばらく、声をかけずにそれを見守っていた。


 やがてルシフェルは、今持てるだけの魔力のほとんどを魔法陣に注ぎ込み終えると、濡れた髪を後ろに払う。


「……どうだった? 見ていて何か学べることはあったかな」


 プリムではない、侍女を務めている女性の魔族が二人出てきて、ルシフェルの汗を拭う。彼女たちはアルドの方も気遣ったが、特に汗をかいていないアルドは手を上げて辞退した。


「見ていても感心するばかりだ。俺は魔法に特化してるわけじゃないんでな」

「ふふっ……誇らしい気持ちになるものだね。ボクを負かした君に褒めてもらうと」


 ルシフェルは微笑むと、アルドに近づく。そして、彼の剣をじっと見つめた。


「アラクネがいい剣を作ってくれた。後で使い勝手を試したいところだが……」

「八階に、魔物を召喚して修練を行うための場所がある。剣の威力を試すなら、強度の高い骨を媒体にして召喚したスケルトンがいいだろうね。再召喚のために必要な魔力もさほど多くはないし……まあ、太陽を浴びると脆くなるから、地上への尖兵には使えないけれど」

「剣の威力を試すついでに、乱戦で立ち回る勘を取り戻しておきたい。可能ならスケルトンを千体ほど出してもらいたいところだな。修練に魔力を使いすぎない程度に」


 ルシフェルはアルドの魔剣の柄に触れると、すらりと引き抜く。主君である彼女がすることならばと、アルドは彼女のしたいようにさせた。


「……これを引き抜くときに、アラクネの身体に手を入れたみたいだね。二人分の魔力の残滓が感じられる」

「それはそうだが……まだ、練成はしていないぞ。胸から剣を取り出せと言われたときは、俺も大丈夫かと思ったがな。魔族にもいろいろいるものだ」


 ルシフェルは刀身を撫でる――するとアラクネの魔力の残滓が剣の表面から消え、ルシフェルの魔力が淡く剣を輝かせた。


「もとは|シルヴァンティン(聖銀の剣)という名の剣だったかな……では、ボクから新しい名前を授けるよ。|レヴァティン(冥紋の剣)というのはどうかな?」

「冥紋の剣か。確かに、俺の魔力を通すと紋様が浮かぶようだな……」

「この剣を君が使えば、いつか神さえも殺せるに違いないね」


 ルシフェルは剣をアルドに返す。


 ルシフェルは神を憎み、その子である人間に復讐しようとしている。しかし、アルドはなぜ憎悪するのかまでは聞いていない。


 それを今尋ねるべきかと迷うあいだに、ルシフェルはアルドに近づくと、肩に手をすべらせた。それが労いなのだと分かると、アルドは何とも言えない気持ちにさせられる。


(……やはり女としては、シエナよりも……そんなことばかりだ、俺は)


「ふふっ……いいんじゃないかな、それで」

「……いつでも心を見られるというのは、なかなかつらいな」

「そのうち見えなくなるよ。君の回復は早いし、僕の羽根の力を自分の意志で完全に制御できるようになる。そのとき、君は本当の意味で魔王軍の将となるんだ。それまでは、生きる喜びを素直に感じていればいいんだよ」


 何も考えないようにしても、ルシフェルにはわずかな思考でも伝わってしまう。


 ――その喜びを教えてくれるとしたら、それは女としてのおまえだ。


 その剥き出しの欲望を知られることが、アルドの失いつつある戦いしか知らない青年の部分に、忘れかけた羞恥を思い出させる。


 しかしアルドよりも、恥じらっているのはルシフェルのほうだった。白い頬に朱がさして、何を言っているのかと、頬を膨らませてアルドを見る。


(こんな顔もするのか……俺よりずっと長く生きていても、心は……)


「な、何を恥ずかしいことを考えてるのかな……ボクのふるまいが幼いっていうのかな。必要だからといって、いやらしいことばかり考えてる君に言えた義理があるの?」

「それには反論できないが、同意がなければ手出しはしない。同胞に憎まれたくはないからな」

「……同胞というより、ボクだけは同志と言って欲しいな」

「そうだな。ルシフェル」


 名前を呼ぶと、ルシフェルはかすかに目を見開いた。その反応が少女のようだというのに、彼女は自分の感情を制御することができていなかった。


 やがてルシフェルはぷい、とアルドに背を向けて立ち去ってしまう。その後ろからアルドがついていくと、彼女はちら、と後ろを振り返り、小さく呟いた。


「……君は本当に、女性に慣れてないのかな? ときどき違う気もするんだけど……」

「ルシフェル様、とでも言ったほうが落ち着くか?」

「それは……そのままでいいけど。普通にしてくれていいよ。いきなり優しい声を出すのは、今後は控えてもらえるかな」


(そんなつもりはなかったんだが……)


 アルドはわざと思考が伝わるようにするが、ルシフェルは手で耳を塞いで、聞こえないという仕草をしながら小走りで逃げていく。


 翼があるのに使わないのかと考えながら、アルドは思った。本来なら、ルシフェルの翼は迷宮ではなく、空を舞うためにあるのではないかと。


 地上に出た暁には、この手で奪った王国の大地を、ルシフェルと共に空から見下ろしてみたい。


 結界を破ったあとの目標をもう一つ加えて、アルドは次の悪魔大公に面会に向かう――彼女は九階層で魔竜や、騎乗用の魔馬ナイトメアの飼育を担っているという。


 アルドは騎兵ではなかったが、勇者として魔の森に向かう時には一匹の馬を与えられ、騎乗した。王国との戦いにおいても、アルドは馬に乗って軍団を率いるつもりでいた。


(魔獣と接するのは得意でも、男には免疫がないっていう話だが……そこは、慣れてもらうしかないな)


 プリム、ティール、アラクネ。三人ともが美女であったのだから、最後の一人も――そう考えて、アルドは自制する。つい先ほども、ルシフェルにやんわりと釘を刺されたばかりだったからだ。


 しかしプリムとアラクネの態度を見る限りでは、一度「練成」をしてしまえば、アルドは何も遠慮をすることはなくなるような気がしていた――膨大な魔力が必要になるという大義名分があり、ルシフェルからは生きる喜びを感じるようにとも言われているのだから。


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