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第九話 魔剣の創り方

 魔王の迷宮の七階を与えられ、そこで魔王軍の武器庫を管理し、新たな武器の製造と壊れた武器の修復までもを担っているのが、悪魔大公アラクネである。


 プリムの弁によると、「少し気分屋なところがあるのと、アルドのことを良く思っていないかもしれないので、初めは注意して接した方がよい」とのことだった。


 魔王軍の全員が、初めからアルドを認めているわけではない。想定の範囲内ではあったが、地上に出る前に、すべての悪魔大公の信頼を得ておくことは重要な課題だった。


(いきなり斬りかかってくるような人物でなければいいが……)


 アラクネがいるという玄室の扉の前に立つと、呼びかける前に扉が左右に開いていく。アルドが入室すると背後で扉が閉まり、暗い部屋の中でうっすらと女の姿が浮かび上がった。


 白く長い髪に、赤い瞳を持つ少女――少女の姿をした魔族。見かけの歳の頃はアルドと同じか、少し幼いようにも見えるが、生きてきた時間の長さをアルドは本能的に感じ取る。


 大きく胸元が開き、袖のない貫頭衣のような服を着ており、肌を露わにすることを意に介していないかのように、衣の裾から白い素足が膝の上まで覗いている。迷宮の中は気温が一定に保たれているとはいえ、いかにも涼しすぎる格好だった。


「……あなたがアルド?」

「ああ、剣を受け取りに来た。あんたがアラクネか?」

「無礼な態度ね……私は古参で、あなたは新参なのだから、しかるべき礼儀をはらいなさい」


 アラクネは、やはりアルドを認めていない。


 どちらが上なのか、序列を明確にすることが必要なのか。悪魔大公よりも魔人将が上ということは、特に定められてはいないだろう。


 アラクネから剣を受け取れれば、あとは彼女が王国侵攻においてどのような役割を果たすのかを聞ければいい――そう、考えたところで。


 直感だけで、アルドは今いた場所から後ろに飛びのく。その瞬間、目の前を凶兆が通り過ぎる――不可視の何かがアラクネの手から放たれ、アルドを攻撃したのだ。


「礼儀を払えと言っておいて、仕掛けてくるのか? 随分な仕打ちだな」


 先ほどまで微塵も発していなかった殺気を、アラクネは惜しみなく全身から溢れさせる。彼女はぺろりと舌なめずりをすると、真紅の唇をゆがめて微笑んだ。


「だって、こんなにおいしそうな人間を初めて見たんだもの」

「きれいな顔して、中身は相当えげつないな……俺は剣を受け取りに来ただけなんだが。同胞になったんだ、話くらい聞いてくれてもいいだろう」

「私がアルドの血をすする機会は、今しかないのよ。私がアルドに屈服させられると、魔王様は確信している……そうすると、私は逆らえなくなってしまうのよ」

「屈服させるまでは、俺に反抗できるってことか」

「ふふっ……でも、あなたの自由を奪えば、私の勝ち。気づいていなかった?」


 アラクネが先ほど使った不可視の武器――それは、魔煌気を極限まで凝縮して織り上げた、視認できないほどに細い糸だった。それは先ほどアルドに向かって投擲され、彼の腕にすでに巻き付けられている。


(……この糸の強度、騎士の鎧すら簡単に断ち割りそうだな)


「私はアラクネ……強欲なる蜘蛛の悪魔。私の一族は、魔力を糸にする能力を持っている。あとはあなたの首に糸を巻き付けて、思い切り引き絞るだけよ」

「そうか。じゃあ、この糸を切るしかないな」

「私の糸は誰にも見えない。諦めて私に精気を吸われなさい、久しぶりで喉が……」


 アラクネが全て言い終える前に、アルドの左眼が輝きを放つ。


 魔眼の視力は、生身のままの眼を遥かに超える。魔力で作られた糸すら、その眼でははっきりと視認することができた――そして。


「――ふっ!」

「なっ……!?」


 手のひらを魔煌気で覆い、手刀で糸を切り裂く。アラクネにとって、それは信じがたいことだった――他の悪魔大公ですら武器を使わなければ切れない糸を、アルドはこともあろうに素手で断ち切ってしまったのだ。


「私の糸を素手で切るなんて……それに、ルシフェル様のお力を宿したその瞳……」

「残念だが、俺とは相性が悪いようだな。しかし俺も人間のままだったら、その糸には苦労させられただろう……なぜ、俺が迷宮に入ってくる時には出てこなかった?」

「……それは……」


 アラクネは言葉に詰まる。アルドの精気を求めて燃えていた瞳の炎が、今は彼の力を前にして弱まりつつあった。


「あなたを相手にすれば、私たち悪魔大公であっても一瞬で屠られる。そうなっては人間に復讐をすることはできないからと、魔王様は私にこの部屋から出る許可を出されなかった。だから私は……」

「俺に対してよく思っていなかった……その気持ちは、分かるがな」


 アルドの言葉にアラクネは目を背けると、自分の身体を抱くようにする。


 彼女は、戦いたかったのだろうとアルドは思った。勇者を足止めするために散るのならば、魔王のために死ぬのならば、本望であったのだろうと。


「……あなたがルシフェル様を一度は追いつめたと、プリムに聞いたわ。本当なの?」

「あまり喧伝することじゃないがな」

「……そう」


 アラクネはしばらく何かを迷っている様子だったが、アルドは敵意を見せていた今までとは様子が違うことに気が付いた。


 指先に白い髪をくるくると巻き付けながら、アラクネは何か言いたげにするものの、言葉を選びあぐねている。


「何のために迷宮に潜ってきたのか、とでも思ってるのか。そう言われても仕方がないがな」

「い、いえ……そうではなくて……」

「ん……? 何だ、言いにくそうだな。それより、どうしたら剣を渡してもらえるんだ」

 アルドに尋ねられ、アラクネは何を思ったか、服の胸元に手を当てた。ルシフェルやプリムと比べると控えめな丘陵が、左右同時にゆっくりと半ばまで姿を現す。


「……何のつもりだ?」

「あなたの剣には、神聖気に反応する金属が使われているわ。そのままでは、あなたの剣は魔煌気を使っても反応しないのよ」

「つまり、別の素材に変える必要があるのか? そうなると、剣は打ち直しになるんじゃないのか」


 アラクネは答えず、アルドに近づくと、彼の手を自分の胸元に導いた。


「私は金属を体の中で合成することができる。あなたの剣を身体に取り込んで、今の今まで魔剣に創り変えていたのよ」

「身体の中で……悪魔大公ともなると、そんなことができるのか。どうやって取り出すんだ?」

「ここにあなたの剣の柄があると思って……掴んで、引き出して。苦痛はないから、遠慮はしなくてもいいわ。取り込んだものを出すだけよ」

「掴んで、引き出す……こうか……?」


 アルドがアラクネに手を伸ばす。すると、そのままアルドの手は彼女の身体に沈み込んでいく。


「なんて力……ルシフェル様の波動が、あなたの中から……」

「これが……ここにあるのが、俺の剣か……アラクネ、引き出すぞ……!」


 アラクネの身体の中で、アルドの手が剣の柄を掴む。それを、アルドはそのままゆっくりと引き出していく。


 アルドの剣は、勇者として振るった名剣の姿ではなく――黒い剣に変わっていた。


 魔王軍の将にふさわしいその姿。引き抜くと、すでにアルドの魔煌気に反応し、紫色の光を炎のように立ちのぼらせている。


「満足してもらえた……?」

「素晴らしい剣だ。俺の剣が、こうも変わるとはな……」

「人間の鍛冶職人では、こんな創り方は絶対にできないでしょうね……」


 頬を上気させながら、アラクネは誇らしげに言う。剣を抜いたあとに傷が残ることもなく、白い胸元は綺麗なままだった。


「私が武器を作るのは、ルシフェル様かほかの幹部のためだけ……あなたには、ルシフェル様のことで恩義を感じている。その分は、これで返したわ」

「ああ。今後は、魔王軍の将の一人として、方針を話し合いたいところだが……」

「……そうね。あなたにまだ屈服させられたというわけではないけど……魔斬糸を見切られた時点で、十分に力は見せてもらったから、あなたを認めないわけにはいかないわね。それに……」


 アラクネはアルドの右手を見やる――彼女の胸から武器を引き出した手を。


「……練成の相手は、強い相手の方がいいわ。もし気が向いたら、私の部屋を訪ねてきて。十階の湯殿で会ったときでもいいけれど、他の皆に見られながらというのは……」

「最初は恥ずかしいっていうことか」

「まあ……そんなことはいずれ言っていられなくなるけど。結界を破るために必要な魔力は膨大だから。私たちは地上に出るために、手段を選んではいけない……あなたの手腕に期待しているわ、魔人将どの」


 アラクネはアルドに近づくと、その首筋に唇を寄せて離れていく。


「悪魔大公アラクネ以下、魔王軍の武器・道具の作成を行う千二百の眷属は、全て魔人将アルド殿の指揮に従います」


 恭しく頭を下げてアラクネは言う。そして、アルドの持つ魔剣を納めるための鞘を差し出した。


 アルドが剣を鞘に納めると、アラクネはその姿を称賛するように、手を合わせて微笑む。


「よく似合っているわ。その剣は魔剣になっても、あなたに使われることを喜んでいるみたい」

「そうだといいがな。俺の大事な相棒だ」


 かつては魔物を薙ぎ払ってきたその剣を、王国の騎士に向けて振るうことになる。そのことにアルドは一かけらの迷いもなく、戦う日のことを心待ちにせずにいられなかった。


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