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第八話 将の器

 翌日の朝、アルドが目覚めるころには、ルシフェルは書置きを残して自室に戻っていた。


『魔力も充溢したことだし、ボクは破界陣の強化を行う。何か要件があったらプリムに言ってくれてもいいし、ボクに呼びかけてくれれば聞こえる。ボクが何をしているかは、いちおう秘密にしておくよ。なんでも伝わっていると落ち着かないだろうしね』


(つまり、それは恥ずかしいということか……それとも俺に何か、知られたくないことでもあるのか。魔王だから、秘密の一つや二つあるだろうな)


 気になりはしたが、同格の存在と認められても、アルドは自分はルシフェルの腹心であるという認識に従い、主君に忠心を示すことにした。


 プリムと残り二人の悪魔大公に対して、どう信頼を勝ち得るか。まずは剣を預かっているという大公と面談し、どのような人物かを知る必要がある。


 アルドは目的を定めると、壁にかけられている服に袖を通した。黒を基調とするそれはいかにも上質な生地でできており、迷宮の奥底でこのような素材が手に入る理由についても、彼は将として興味を抱くのだった。


 ◆◇◆


 食事の席にアルド以外は同席せず、プリムが彼に給仕をする。


 『衝角の雷羊』という魔物の肉を供されたアルドは、その味に舌を巻いた。雷を操る魔物だが、その力の根源たる魔力を直接接種することができる。


 つまり魔法を使う魔物は、魔力を蓄えるという意味では滋養に溢れている。しかしそれは、1の魔力を1として得る行為でしかない。


 誰かと「練成」を行って魔力を増幅させるほうが効率は良い。しかし食事を必要としない魔族ではあるが、アルドにとっては何かを食すという行為が、心身を安定させているという自覚があった。


「アルド様、いかがでしょうか? 雷羊はくせがありますので、舌がしびれることもあるのですが……」

「いや、まったく気にならない。食料にするより尖兵にした方がよさそうではあるが……なかなか悩ましいな」

「雷羊でも、人間を気絶させるくらいの雷魔法は行使することができます。しかし亜人型の魔物でなければ、指示を理解する知能を持ちません。新たに上級悪魔、牛鬼ミノタウロスなどを召喚するのが上策かと思われます」

「なるほどな。分かった、そうしてくれ。地上に出るまでに、部隊を率いられる者を育成しておきたい。魔物特有の戦法もいいが、いくつかの種類の魔物が連携してこそ強い軍ができるからな」


 アルドが言うと、プリムは何も言わずに彼を見ているばかりだった。


「どうした? 俺ももとは平の兵士だったからな、将として間違ったことを言っているなら、進言してくれてかまわないぞ」

「い、いえ。アルド様はすでに、王国への侵攻を意識されているのですね……軍団の組織についても、私の考えの及ばないことばかりで、感嘆しておりました」

「王国軍の側で見ているときは、魔物なりの攻め方があるのは分かったがな。マーリンの魔法で一網打尽にされるような用兵でなく、組織的な動きができていれば、王国はもう落ちていたかもしれないとも思っている。地上に出たあとは尖兵の自由にさせると言っていたが、それは地上にいる悪魔大公の方針か?」


 アルドが尋ねると、プリムの表情が曇る。それで事情を察し、アルドは確認しておくべきことに思い当たった。


「その地上にいる悪魔大公は、今どんな状況なんだ。王国軍に攻められているんじゃないのか」

「はっ……万鬼公ティールは、魔の森の砦にて敵の攻撃を受けております。聖騎士の率いる軍団によって攻められ、陥落は時間の問題かと……」

「……そうか。シエナが戦っているのか……」


 シエナが前線にいるうちは、彼女の父であるリガントが講じている策――王子との婚約については先送りになる。


 リガントの思惑全てを阻止するには、シエナを味方に引き入れることは最も重要な目的の一つとなる。しかし、ルシフェルの使い魔であるカラスを介してプリムが見せた地上の戦況は、芳しいものではなかった。


 鴉の眼に映る光景が、そのまま幻像としてアルドの正面の空間に映し出される。そこには、砦の内部と思われる場所で向きあうシエナの姿と、彼女と対峙する角を持つ女性の姿があった。


『もはやこの砦は王国軍の手に落ちた。投降せよ、魔王軍の将よ』


『くくっ……何を馬鹿なことを。私たちは最後まで諦めてなんかやらない。あんたたち人間に従うなんて、冗談じゃないわ』


 ティール――肩のあたりに届く長さの赤髪をした、魔族の女性。彼女は『万鬼公』の名にふさわしく、その怪力を示すように、巨大な戦斧を軽々と振り回し、シエナに向けた。


 しかしアルドの見立てでは、シエナの力はティールを凌いでいる。催眠で操られているとはいえ、魔族に対して効果を発揮する神聖気は健在で、力の差をティールも察しているようだった。


(敗色が濃くとも、敵の力を知るために一度は剣を交えるか。王国騎士団には、そんな将はシエナ以外にはいないだろうな……)


『――はぁぁっ!』


 シエナが聖剣ローゼングラムに神聖気をまとわせ、ティールに斬りかかる。その鋭さにぞくりとするものを覚えながら――アルドは笑っていた。


「アルド様……」

「早く地上に上がらなくてはな。ティールはシエナの力を確かめれば退くだろう。砦を捨てても、野に伏せて王国軍を攻撃し続けるつもりだ。彼女の目は死んでいない」


 アルドの言う通りに、シエナの初撃を戦斧で受け、その威力を察すると、ティールは魔法で目くらましの光を放ち、その場から退く。


 シエナの剣を受け続ければ、ティールの戦斧は柄を折られていただろう。アルドの魔眼は、シエナの一撃によって戦斧に入れられた小さなヒビを見逃さなかった。


「……ティール公は兵を魔界から召喚することが可能です。しかし、できる限り早く……」

「わかっている、そのために魔力を蓄えなくてはな。プリムにも協力してもらうぞ」

「っ……あ……」


 食事を終えたアルドは席を立つと、プリムの肩に触れる。小手調べとでもいうようにアルドが魔力を送り込むと、プリムは全身を貫く電撃のような感覚を覚えた。


「くぅっ……うぅ……あ、アルド様……こんな、凄まじいお力を……」

「食事で蓄えた魔力を、ルシフェルとの練成で大きく増やした。プリムにも練成には慣れてもらわないとな。俺の魔力は受け入れられそうか?」

「う、受け入れるどころか……私の魔力すべてが、アルド様のお力に、入れ替わってしまいますっ……」

「おっと……すまない、加減しないとな。相手によって送り込む魔力の量は変えるべきか。それでも、食事よりははるかに効率がいいからな」


 胸から手を放すと、プリムは倒れこみそうになる。アルドはそれを正面から受け止めるが、完全に彼女の身体からは力が抜けていた。


(ルシフェルもそうだったが、練成には別の感覚が伴うものだからな)


 プリムは辛うじてアルドから離れると、恐る恐るという様子で彼を上目遣いに見やった。


「……こんなにすさまじいものだとは思いませんでした」

「まあ、そんなに怖がらないでくれ……さて、俺は七階層に行ってくる。プリムはどうする?」

「わ、私は……この十層で、皆様のお帰りをお待ちしております。魔物たちの管理も仰せつかっておりますので、そちらについても、改めてアルド様にご報告いたします」


 プリムは頭を下げると、アルドの食器を片付け始める。


(……従順な相手だと、逆に優しく扱いたくなるものだな)


 アルドはプリムを見送ったあと、外套マントを羽織りながら食堂を離れる。そして七階に上がるべく、転移陣のある部屋に向かった。


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