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プロローグ

 北極に残された一羽のペンギンが故郷を想いながら鳴く時の声。この音をそう喩えたのは美衣だった。けれども僕にはどうしたって茶碗を床に叩きつけたような音にしか聞こえない。どっちにしろ、気持ちのいい音ではない。


「北極にはペンギンはいないんだよ。むかしむかし、人間が全部食べちゃったから」と美衣が笑い話をする調子で言っていたのも、そういえば『二人の時間』の中だった。あの時は、『ペンギンは鳥だから美味しい派』の僕と、『でもペンギンの肉って臭そう派』の美衣の大激論をした。そして、結局は、『ペンギンは可愛いから食べるのは可哀想だよ派』に転向した美衣に勝ちを譲ったところで『二人の時間』は終わったんだった。


 真っ白い空間。漂白剤に三日三晩漬け込んだような白さの中に、これまた白いテーブルとイス二脚。それだけが『二人の時間』の舞台。部屋のようだが、部屋ではない。ここには壁も天井もない。白さだけが、どこまでも流れるように続いている。そんな場所。僕たちはその中に浮かぶようにしてテーブルを挟んで、そして向かい合う。


「さあ、始めよっか」


 僕は、うん、とだけ返した。

 それが合図。


 僕たちは大きい声で「リンゴジュース」と声を合わせて宙に叫んだ。すると、不思議なことにテーブルの上に足つきのグラスに入ったジュースが二つ、ストローも刺さって、出てくるのだ。『二人の時間』では、まず、出てきた飲み物を一気に飲み干す。それが僕たちの決めた、たった一つのここでのルールだった。


「うん、やっぱり美味しい。このリンゴジュース、ホントにどこで売ってるやつなんだろうねえ?」


 からん、と一周、氷を回す。


「これを飲むのがずっと楽しみだった。他のやつより美味しい」


「駄目だよ」美衣はわざとらしく頬を膨らませた。「他のジュースと比べなくたって、これは美味しいんだから。そうやってすぐ他のものと比べるの、私、どうかと思う」でも、と彼女はすぐに笑顔を見せた。「私も楽しみだった」えへへ、と笑った美衣の歯は僕のと比べて、きれいに整っていた。「『二人の時間』次いつ来るんだろうって楽しみにしてたんだあ。お母さんに訊いても、分からないって言うし、ユウ以外の男子と一緒になったら不安だなあって思ってたんだよ」


 美衣の言葉に鼻先が少しくすぐったくなった。


「ほら、美衣だって、僕と、他の男子とを比べてるじゃないか」


「違うよ、私は絶対にユウが良い、って言ってるだけだもん」


『二人の時間』。それはいつ来るのか誰にも分からない。誰と一緒になるのかも分からない。そもそもこれが一体何なのか、どういう現象なのか、それを知っている人は、きっと、どこにもいない。それは『生きる意味』だとか『愛と性欲の違い』だとか、そういう問題と本質的に同じで、近い距離に反して、随分遠い問題なのだ。男子と女子とが教室を分けて受ける、あの精通やら初経やらの保健体育の授業と同じように、小学校生活も半ばを過ぎた子供たちに、大人たちが話して聞かせることの一つが、その『二人の時間』だ。


「今、何してたところ?」


「塾に行く途中」


「うぇ、塾?」二杯目のリンゴジュースのストローを噛みながら、美衣は変な色の虫を見た時と同じような声を出した。「いつの間に、ユウ、塾なんか通いだしたの? まだ一年生じゃん。塾なんか行かなくても、ユウ、勉強できるのに。みんなにガリ勉って呼ばれちゃうよ」


「だから、みんなには内緒にしてるんだよ」


 僕は、みんなには内緒、の部分だけを少し強めに言ってみた。


「ガリ勉!」


 美衣は言って、くすす、と笑った。彼女の咥えたストローの口はもう既にぺったんこだった。

 僕にとっては、これが三度目の『二人の時間』だった。初めては小学校三年生の秋。二度目は去年、六年生の冬。そして今日。僕がそうであったように、美衣にとっても、もし、これが三度目の『二人の時間』だったなら、嬉しいな、と僕はそう思う。


「ねえ、観た? ターミネーター」


「ああ、観たよ。美衣が観ろってうるさいから」


「カッコいいよね、シュワちゃん。アスタ・ラ・ビスタ! みたいな、ね?」


 僕たちは観た番組の話だとか、中学のクラスメートのちょっとした悪口だとか、今度ある球技大会でどっちの組が勝つかだとか、お笑い芸人に格付けをしたりだとか、そうやって、『二人の時間』を順調に潰した。その間に美衣は四杯もリンゴジュースをおかわりして、その度にストローの口を小さな前歯で平らにした。


 と、あの音がした。


「あ、ペンギンが潰れた音」


 この『時間』が始まるときの音と、まったく同じ音が、どこからか、鳴った。それは耳もとから聞こえたような気もするし、随分遠くから聞こえたような気もした。あと一度、この音が鳴ると、この『二人の時間』は終わる。それがいつ鳴るのか、知ることはできない。


「鳴いた音だよ!」美衣は僕の冗談を笑いながら訂正した。「潰すのは流石に可哀想でしょ。氷と氷でぺったんこ?」


「どっちにしろ随分可哀想なペンギンだ」


「そうかも、ね」


 もし、僕たちの生きている世界が過去から未来へと続く一本のまっすぐな道なのだとしたら、この『二人の時間』はその道端に神様が用意した、休憩所。そこは、入るのはもちろん、出るのも選ばれた二人でなければならない。

 親子、兄弟姉妹、夫婦、恋人、友人。誰と、一緒になるのかは、その時になってみなければ分からない。全く面識のない相手と、一緒になることも、稀にだがあるらしい。

 僕たちは、だから、この普段とは違う、時間と空間の中で、自分ではない誰かと、文字通り二人っきりになる。それはまさしく『二人の時間』だ。


「ねえ、ユウ」


 ため息の混ざったような声色で美衣が言った。最近伸ばし始めた、と言っていた彼女の髪の毛が一本、机の上に落ちて『への字』をかいているのを、僕は見つけた。


「クラスで流れている、うわさ、知ってる」


「うわさ?」


「うん、私たちの――」


 胸の中を、数匹の小蟻がはい回っているような感じがした。風邪の時に、お腹の上にタオルでぐるぐる巻きにした湯たんぽをのせたように、体中が、熱くなった。胸の真ん中に甘い蜜をかき混ぜて馴染ませる、そんな心地。


「気にすることはないよ」僕は言った。「関係ないよ」僕は重ねて言う。


「そう?」そうだよ。「そうかな?」そうだって。「そう、だよね」……ああ。「他の子たちと比べちゃダメなんだよね」


 僕と、そして美衣の『仲の良さ』が、退屈な中学生たちの間で、揶揄いのネタになることなんて、そんなこと、知っていた。僕たちは幼馴染で、そして、一番の『親友』なんだ。僕たちの間に結ばれた絆は、オオカミが一息に吹いても飛ばされないレンガ製。


 でも、もし、そういう言葉が広がって、そして静かに沁みこめば、世界は、もっと、僕の知っているものよりも、ずっと、素敵なものになるだろうって、そう、思っていた。


「私たち、だって、友達だもんね」


 彼女が、そう言って、僕の大好きなその笑顔で僕の顔を覗き込んだ瞬間、どこか、僕の知らない場所で、ペンギンが一羽、淋しさに鳴いた。




 瞬きの向こう側。白い光が四方へ散った。

 僕の目の前から、美衣が消えた。僕は元通りの時間に、とん、と戻された。街灯には数匹の蛾が群がっている。ひとりぼっちの、帰り道。

 雑音が響いた。喧しい世界の中に立っていた。

 僕は鞄の中から音楽プレイヤーを取り出し、安物のイヤホンを耳にはめた。そうすれば、世界は両耳の中に収まるくらいの小ささに、辛うじて、なるんだ。

 僕は、月を見上げる。

 もし、もしも、僕に、それ、を選択する勇気があるので、あれば。僕と、美衣との間に聳え立つ巨大なレンガの建造物を、打ち壊し、薙ぎ倒し、全く別の名前を持つものへと、作り替えたい。

 僕は、『二人の時間』に飲んだ、あのリンゴジュースの味を、口の中で思い出しながら、夜道を歩いた。

 世界を見下ろす丸い月が、気持ち悪いくらいに、明るかった。




※※※




 中学校の卒業式の日。帰り道。『二人の時間』。

 僕と、美衣と。

「お酒」と言ったら、その通りに出てきた。お酒の種類なんか分からないけれど、想像した通り、お酒っぽい、お酒だった。

 ぺろりと舐めて、目を回す美衣を眺めながら、一気飲みしたら、僕は倒れた。

 真っ白い壁が、くるりくるり、と回りだしたかと思えば、ぐいっ、と近づいたり、ばっ、と離れたり。あああああ、と意味もなく喚いたり、ははははは、と意味もなく笑ってみたり。誰にも迷惑をかけない。僕たちは、そんな中、踊りにもならない踊りを躍った。

 美衣がぺこりとスカートの裾を持つ。僕も合わせてお辞儀をして彼女の手を取る。

 千鳥足の体。合うはずのない酩酊のタップ。

 ペンギンの音が鳴るまでの儚い夢。

 僕たちはいつまでも手を取り合っていた。

 そんな風にして、僕たちは高校生になった。

 時計の針は、『二人の時間』以外では狂う様子もなく、くるくる、と回る。

 それがとても残酷なことだと、僕たちはとっくに知っていた。




※※※




「アイスティー」と美衣が言うと、元からそこにあったかのような自然さで、テーブルの上に冷えたグラスが現れる。「それとアイスコーヒー、ガムシロ抜きのミルク入り」美衣が僕の目を覗く。「で、いいんだよね?」


 ん、と返事する僕の前にも飲み物が置かれる。


 僕たちはまずそれを一気に飲み干す。ストローを咥えて、頬をへこませる。ずずず、と飲み物に混じって空気がストローの中を通り始めるくらいの頃合いで、美衣は話し始めた。


「そう言えばさ」美衣はストローを噛む。「いつからユウはジュースじゃなくてコーヒーを飲むようになったんだっけ?」


「お前こそ、あんなに美味しい美味しい言ってたリンゴジュース、いつ卒業したんだよ」


「うーん、覚えてない。いつから一人で夜中トイレにいけるようになったのか覚えてないのと同じ?」


「僕も同じだ」コーヒーは、ミルクを入れたところで、苦い。「いつまで美衣がおねしょしてたのかは覚えてるけど」


 ぶくぶく、とストローに息を吹き込んで、美衣はアイスティーの表面に泡を浮かべた。綺麗な琥珀色の飲み物の底から、丸い泡が次々と現れては消えてく。僕は、それをただ黙って見続けた。


「ユウは眠いの?」


 美衣は僕の目を覗いた。


「眠くないよ、何で?」


「だってコーヒーは眠い人間が飲むものでしょ」からん、からん、と氷をかき混ぜながら美衣は僕の口にするアイスコーヒーを泥水でも見るかのような目で見た。「寝ぼけた人でないと、コーヒーなんて苦くて黒くて美味しくないものとても口には出来ないよ」


「腐った葉っぱの汁を飲んでるくせにそういうこと言うんだ?」僕は、苦みを口の中に含ませた。「コーヒーなんか飲んでも眠気覚ましにはならないさ」


「じゃあ、なんでそんな苦いの飲むの? 馬鹿なの?」


「口直し」


「何の?」


「思ってもいないことを言ってしまった後の、あの気持ち悪い口触りの」


 美衣は、一瞬だけ、何かを考えたようなそぶりを見せてから、小さく「馬鹿みたいだね」と言って、それから、あはは、と口を開けて笑った。彼女の耳には小さなイヤリング。同じ高校に合格した時に、僕が、彼女にあげた物。


「まあ、白状すれば、カッコつけだよ」


「カッコつけ?」


 彼女が、ちょこん、と首を横に傾けた。


「いつまでもリンゴジュースじゃあ、カッコつかないだろ。だから他の奴と出かけた時には缶コーヒーとか飲むようになって、それでだよ」


 僕の言葉に美衣は不思議そうな顔をした。


「誰に対してカッコつけるの? だってここには私しかいないよ」


 昼寝をしたら夜寝れなくなるんだよ。というような具合で彼女は言った。僕は黙って、今まで一度だって美味しいと思ったことのないコーヒーの汁を啜った。

 美衣が髪を掻き上げた。その瞬間、広がる匂いの眩さに頭が痛くなる。


「ねえ、最近ね、時々思うんだ」美衣は目を伏せた。「大人になるのって怖いな、って」


「何を突然」


 僕は笑った。そう突然だった。


 僕たちは高校生で、子供でもなければ、けれども大人だなんて全然言えない曖昧な場所でゆらゆらしている存在なわけだ。子供と大人の都合のいい部分だけをちょっとずつ齧っていても文句は言われないのに。


「冬になってさ、長袖のシャツに腕を通すでしょ」美衣は、とん、と言った。「その時の気分とさ、一つ歳を取った時の気分とがさ、ぴったり重なっちゃったんだよね。ああ、私もいつの間にかこんなに生きてきたんだな、って」


「十六年とちょっとしか生きてないくせに、何言ってんだよ」


「十六年とちょっとしか生きてないから、こんなこと言ってんの」美衣は何杯目かのアイスティーにミルクを溶かしながら、僕の目の奥を覗いていた。「ほら、セミが一か月しか地上にいないのに偉そうにミンミン鳴くのと一緒」


「喩えが、夏にいったり冬にいったりだ」


「あ、ほんとだ」


 彼女は、ふふ、と咳をするように笑った。

 セミの抜け殻を踏むのは気持ちいい。セーターを着る時には静電気がうるさい。そんなこんなで僕はきっと夏の方が好き。

 だから僕には、美衣の言ってることは分からない。そんなふり。

『二人の時間』は夢みたいなものだ。二人が同時にひとつながりの夢を見る。

 僕たちは、ここでは寝ぼけているようなものなんだ。必要以上にカフェインを摂取する。それはとっても合理的な考えに思えた。


「ねえ、ユウ」


「何?」


「呼んでみただけ」


 美衣は時々、悲しそうな声と嬉しそうな顔を一つに混ぜる。綺麗な色を全部選んでぐじゃぐじゃに混ぜてみると、それは汚く濁った色になる。そういうもの。


「私ね、好きなものはいっぱいあるの。私の生活の周りに、私の好きなものはたくさんあるの。溶けかけのチョコレートとか、固まりきる前のプリンとか。でもさ、それってさ、私の知っているものの中から選んだ相対的ないくつかの『私のお気に入り(My Favourite Things)』に過ぎないわけでさ。バラの花びらの上に残った雨の雫や子猫のヒゲ、そういうものの一つ一つをいくつ好きになったところで、私が寿命で死んじゃうおおよそ何十年後かのその時に、私にとっての最高の好きを、絶対的な好きを、見つけられる保証が何にもないの。それが時々悲しくなるの。きっとそれが、ある秋の朝、半袖の服を棚の奥にしまって袖の長い厚い布の服を引っ張り出してくる、あの時の気持ちの、正体なんだと思う。世界の有限性、みたいなものの、その先っぽを、どっからか引っ張ってきて、そして見ない振りしながら凝視しているの。青いドレスに白いリボン、頭と眉に真っ白な雪をかぶりながら、ね」


 十六年も生きていれば、好き、という言葉の重みと質が、人によってそれぞれ全く違うって知った振りするのが普通だとみんなが知ってるはずだった。僕は馬鹿でも阿呆でもないはずなので、知った振りして、好き、については何も語らない。けど、僕は「好き」について子供のような表情で語る、そんな美衣のことが、好き、だった。


「分かるよ」


「ほんと?」


「ああ、本当だ」僕は鼻の奥をつんとさせた。「でも、僕にはそんなにたくさんの『好き』はないよ」


「可哀想だよ、それは」


「可哀想かな、僕は?」


「うん、私と同じくらい、ね」美衣は世界の中心に立ってタップを刻んだ。「歩こう」


「どこへ」


「時間の端まで」


 美衣は僕の手を引いて歩き始めた。

 どこまでも続く白。世界は広い。時間は僕たちの観測できない方向への距離なわけで、だからこの『二人の時間』も、果てしない。


 快楽の深さは合理性に反比例するものだから。震え文字の恋文がきっと定型化した文句よりも愛の言葉を伝える力を持つように。つまりは不合理であればあるほどその悦楽は増すのであって。だから僕たちは歩く。そうだから歩くんだ。


 白は白だから白なんだよ。犬が犬だから犬なのと同じ、なあんて、哲学じみたトートロジー未満のジョークもキミの口からならば、それは楽しいメロディ。


「好きなものが見つからない世界とさ、好きなものがつかみきれない世界はさ、どっちもどっちでどっちも不幸? そんな感じだよ、ね」


 それは虹の足元には金の入ったツボが埋まっていることを信じられる君と、それを信じる君のことだけを信じる僕とまるで同じだと思った。すると、途端に明日を楽しみに待つことが出来るような気がして、僕も彼女の隣でタップを刻んだ。


 それは世界の中心から少し外れた、そんな場所。


「歌おうか」


「何を?」


「オバQ音頭」美衣は笑った。「好きなんだ、私」


 キュッキュキュのキュ。キュッキュキュのキュ。の『オバQ音頭』。


「だってさ、凄くない? 『空は晴れたしホイオバQ、なやみはないしホイオバQ』だよ。『なやみ』なんて『なくなれ』とかさ、『なやみ』を『忘れろ』とかじゃなくってさ、『なやみはない』なんて言える、そんな素敵な歌さ、他にないよね、ね。私、だから、そんな傲慢なオバQが大好きなのさ」


 いつの間にか、美衣との距離が限りなくゼロに近づいていた。


「なやみがないなんて、でも、ちょっとさびしいかもね」


 唇の先に優しい痛み。それは初恋の器に嫉妬を零した時の痛みに似ていた。


「何……を?」


「口直し」美衣が笑った。「言いたいことを言った後の、あの甘ったるい口触りの、ね」


 ストローの先と同じように、僕の唇をも甘く噛んだ美衣。

 僕たちの歩んだわずかな距離を振り返って、そしてその永遠を感じてみて。僕は、これが、ずっと続けばいいのに、なんてことを言いながら、口の中にわずかな苦みだけを覚えた。


※※※


「雨」

 彼女が言うと、『二人の時間』に雨が降る。

「傘」

 彼女が言うと、『二人の時間』に傘が開いた。

「相合傘」

 彼女が言うと、『二人の時間』が近づいた。

「してみたかったんだ」

 彼女が言うと、『二人の時間』に笑顔が咲いた。

 雨は止まない。

 僕たちが望むまで、ここでは雨が降り続ける。いつまでも。

 それは幸せなことか、不幸せなことか。

 欲しいものは、ここでは、何だって手に入る。有り余るほど。飽きる程。

 そしてそれは「もう、いらない」とわざわざ口にしなければ止まない。

 欲しいも、欲しくないも、声に出さなければ伝わらない。

 そういう『時間』が、時々、ぽん、と降って来る。

 僕たちの世界は、そういう世界。

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