騎士団長
あれから、3日の時が流れた。
破壊された街の復興にはまだ大きな進展はないが、俺の傷は日々癒えつつある。そんなある日、今日も今日とて朝食前の朝の労働の時間。
「そこに居られると邪魔なんだよ、コラ!」
「いでっ!!」
椅子と椅子の間の狭い空間。そこを通ろうとした新人スタッフ……シリル・ミューに蹴られる。
「おいてめぇ! お前が今やるべきなのは暴力じゃなくて労働!! 労働なの!! ていうか俺怪我人だから!!」
「それくらい百も承知だぜクソ男!! あとその怪我は自分からあの化物に挑んでいったならただの自業自得じゃん! バーカ!!」
幸い……アメリアさんのお店には大した被害もなく、あれからも通常経営している。あとそれから幸い|(と言ってもいいのだろうか?)シリルの方も噛まれたりはしなかったらしい。これでこいつがもうちょっと使いもんになっていい奴ならば本当に良かったと思う。本 当 に。
「ユクル。シリル。うるせーぞ! ティリアを見習え」
「す、すみません……」
「すみません……オイ」
アメリアさんに叱咤されてティリアの方に目を向けるとティリアは真面目に黙々とテーブル拭きに没頭していた。
「……たく。こいつのせいで店長さんに怒られやがったです。オイ……」
「アメリアさん。ぶっちゃけこいつ使えるんですか?」
俺はシリルの頭を鷲掴みにして聞く。するとシリルは「離せぇーー!! ぶち殺すぞクソ男ーーーー!!」と声を上げた。
そんなシリル(バカ)はスルーしてアメリアさんの方に目を向けると、アメリアさんは呆れたようにため息を吐いた。
「はぁ……ユクルもストレートに聞くなぁ……」
「ホントだよ! デリカシーなさすぎだろ! こらだから男は! オイ!」
「お前には聞いてない。で、アメリアさん。実の所どうなんです? こいつ」
「あ、うん…………………う、裏方かなぁ|(目そらし)」
どうやら威勢は良いがシリルの実力はついてこないらしい。アメリアさんは明後日の方向を向きながら言った。
「裏方って……こいつに料理やらせるつもりですか? 店炎上しますよ!」
「うるせーーーーーーーーーー!!」
「お前がな!」
ジタバタと暴れるシリルに突っ込むが、うるさい。マジでうるさい。このまま騒がれてまたアメリアさんに怒られるのも嫌なので頭を離してやると俺をキッと睨む。
「おいコラてめぇ!! いつか同じことしてやる!! オイ!!」
「やってみろよ?」
「兄様……大人気ない……」
ドヤ顔でシリルを見下しているといつの間にかティリアが俺をジト目で睨んでいた。どうやらテーブル拭きが終わったようで、いつの間にか俺とシリルのやりとりを眺めていたようだ。
「いや違うんだティリア……悪いのはシリルで……」
「シリル知りませーん!」
「はぁ……確かに家と店は炎上させたくないよなぁ……」
シリルが来たことで、騒がしさが5倍くらいになった。前までは静かに労働してたのが嘘みたいだ。
「あら。まだ開店前なのにすごい賑わいですね」
「「「「え?」」」」
扉が開いたかと思ったら、長身の鎧を纏った女性と、厳つい顔をした、これまた鎧を纏った年齢50代であろうおっさんが居た。
思わず、店内に居た4名で素っ頓狂な声をあげてしまうが、女性の方をニコニコとした笑みを絶やさないのに反して男の方はずっとイライラしたように足でトントントンと床を踏み鳴らしているのだ。
「おっと。お初お目にかかります。私は、治安維持騎士団団長のジャスティナ・コールフィールドです。そしてこちらが副団長のアナスタージウス・ブロービル。アナと呼んであげてくださいね♪」
「おいこらこのクソアマ!! 俺がいつそんなバカみたいな愛称で呼ぶことを許した!?」
「え、ついさっきですけど。も と だ ん ち ょ う サ マ?」
何やら喧嘩(?)を始めてしまう2人に痺れを切らしたのか、アメリアさんがドスを利かせた声を出す。
「で、こんな辺境の地までわざわざ騎士団のトップ1、2サマが何をしにやってきんだ?」
すると、ジャスティナと名乗った騎士団長は、アメリアさんに向き直ると、一礼する。
「失礼しました。彼は私に団長の座を奪われてしまった身でしてね……何かと私に突っかかってくるのですよ」
「いや俺は何をしてないし言ってないだろ」
「それですね、店長さん。本日私どもが今日ここにやってきた理由は、彼にあるのですよ」
かしゃり、と鎧を鳴らして……ジャスティナさんは俺を指差した。
「……俺?」
店内には異様な空気がまとわりついていた。
普段は客が座る席に、俺とジャスティナさんが向き合って座っている所に、ティリアが水を持ってきてくれる。
「どうぞ……」
「ありがとう、ティリア」
「ありがとうございます。可愛い店員さんですね」
「ええ、可愛いですよね。俺の自慢の妹なんですよ」
ちょっと場を明るくするために冗談めいた口調で言ってみると、ティリアが顔をぼんっ! と赤くした。
「ちょ……兄様。な、にゃにを……言っているのですか……」
水を持ってきたお盆で顔を隠してあわあわするような大変可愛らしい。最近は難しい年頃の様子だが、こういう所は、やはりまだまだ妹だな、と思う。
「なるほど。確かに可愛いですね」
さらにジャスティナさんの追撃が入ると「あう……」と言って、店の奥の引っ込んでしまった。
(これは……ティリアの意外な弱点発見だな。今度何か困った時には真正面から"可愛い"って言ってみよう)
ティリアを見送ったジャスティナさんは水を一口煽ると、「さて」と話を切り出した。
ちなみにアメリアさんは一応キッチンからもこちらから視線を外さなかった。シリル? あいつはどこ行ったっけ……しかしこういった場では邪魔にしかならないだろうからどうでもいいや。
そしてさっきから何かとキレてた副団長の方のおっさんは目の前のジャスティナさんに「あ、アナはもうここまでで結構です。邪魔ですから帰ってください」と言われてまた激怒していた。
「ふざけんじゃねぇ!! わざわざ中央からこんな外れまで来といて帰れだと!?」
とのこと……。なんというか……おっさんにも色々あるらしい。
ちなみにさすがに帰るのはめんどいらしいので現在は店の外で待機中だ。ぶっちゃけおっさんいらないよね……。
「それでは、ユクル・イグナリオくん。君は3日前。突如現れた謎の獣を討伐しましたよね?」
真剣な瞳は、まさに騎士そのものだ。ここからは本当に真剣な話らしい。
「討伐……っていうのは語弊がありますね。最後、あいつは確かに消えましたが……倒れてはいませんでした」
「ほう……つまり、まだ奴は死んでないと?」
「おそらくは……だから、また現れても全然おかしくない」
ジャスティナさんは「なるほど」と呟くと腕を組む。
俺は彼女の様子を伺いつつも水で口内を潤すと、今度は俺から口を開いた。
「あの……あいつは一体何ですか? どうやってあんないきなり現れて……何が目的であんなことを……」
するとジャスティナさんは眉をひそめて首を横に振る。
「すみませんが。知っていることは、あなたの方が多いと思いますよ」
「どういうこと……ですか?」
俺が身を乗り出して、絞り出すようにして聞くと、彼女もまた……言いにくそうに言った。
「今回のことは……騎士団でも知っている情報がごく限られているんです。あの悲劇から3日が経過しましたが、得られた情報はほんの僅かです。騎士団の剣もまともに通らないときたものですからお手上げです。ですから、あの獣と対等に戦えた少年が居たという情報を得たので、こうして来た所存です」
「そうですか……でも、俺も知ってることなんて……」
「では、どうやってあの獣にダメージを与えることができたのですか?」
俺は答える前に指をジャスティナさんの顔の前に立てた。
「一つ……良いですか」
「なんでしょう」
「俺が知っていること……したことは全て話します。ですから、騎士団が知っていることも……できれば俺に話して欲しいんです」
ジャスティナさんは頷くと、軽く微笑んだ。
「当然です。こういう時ほど、情報は共有すべきだと思いますから」
「ありがとうございます。じゃあ……俺はあの日……」
俺は、3日前にしたことを事細かに、覚えている限りでジャスティナさんに話した。
彼女は決して余計な口を挟まず、しかし相槌をしっかり打っていて……とても聞き上手だと思った。
そしてキッチンの方からのアメリアさんの視線もまた強く感じる。
そういえば……心配させない為にもアメリアさんには話してなかったっけ。でもやっぱ話しておくべきだったのかな。
それからほどなくして、俺の話が終わる。
「ありがとうございました。しかし……不思議なことがあるものですね……フラグメントが爆発……ですか」
「嘘は言ってません」
「分かっていますよ。こうしてあなたが話してくれた以上……信じないでどうするのですか。では、今日のユクルくんの話は上に持っていかせてもらいます」
「はい……」
「心配しなくとも、話をするのはごく一握りのお偉いさんばかりで、厳しい守秘義務を課すので、君が危険に晒されることはないと考えていただいて大丈夫です」
「分かりました」
フラグメントは、記憶。
そして、商売道具であり、娯楽。
それが人の手により爆発しただなんて今あの獣が現れたこの世界にはあまり知られない方が良い情報だろう。普通に扱う上では爆発なんてしない代物だしな。
「では、次はこちらお話させていただきます」
ジャスティナさんはテーブルに両肘を突くと、組んだ手の上にその美しい顔を乗せると顔を強ばらせる。
「ユクルくん。分かっていると思いますが……」
「はい。このことは誰にも話しません」
「理解が早くて助かります。では――今回現れた獣……それは我ら騎士団はプレデターと呼んでいます。その理由はですね、プレデターは食うからです」
「人、ですよね……」
「いいえ」
俺は固まった。まさか、その答えが否定されるとは思っていなかったからだ。
「え? でもプレデターは……人に噛み付いていましたよ?」
「はい。プレデターは出現後次々と人々に噛み付いていきました。そして……噛まれた人達には皆一様に、共通点があったのです」
「共通点…………?」
「プレデターに噛まれた人は、記憶の一部を無くしています」
「――――」
俺は、言葉がでなかった。
まさか……ティリア以外にも、記憶を失ってしまう人が現れてしまうだなんて……。
「奴は人ではなく……。おそらく、人々の記憶を糧にしていると思います」






