約束
その巨大な四肢を余すことなく使った突進は、一瞬にして街を平地へと変えやがった。
「くっ……!」
避ける……というよりはもはや転ぶといった動作でなんとか躱す。だが、致命的なダメージは喰らってないどいえど、小さなダメージは着実に蓄積されていった。
騎士の増援はまだこなかった。この獣が俺を標的にしている以上……他の人間に居る所に逃げる訳にはいかない。つまり……獣が攻撃し、俺が防御するという一歩的な攻防戦を騎士の増援が来るまで続ければならない。
「それはちと……骨が折れそうだな」
比喩でも揶揄でもなんでもない。本当にこのまま続ければ骨の1本や2本は折れてしまうだろう。いや、骨が折れるだけならまだしも……命を落とす可能性だって、決して低くはないのだ。
実際、今までも何度か危ない場面があった。しかしその紙一重でのかわし技が次失敗しても何らおかしくはないのだ。
「でも、死ぬわけにはいかないんだよなぁ!!」
記憶屋と約束した。ティリアを一人にしないと。
ティリアと約束した。生きて帰ると。
「生きて……帰る!!」
自分に言い聞かせるように叫ぶ。
そして、振り下ろされる爪を左へ飛んで交わした。ちょっとは受身がサマになってきたと思う。が、それがいつまでも持つか……。
俺は今一度思考をクリアにする。
(このままじゃジリ貧だ。当然だけどな)
何か……何か現状を打開出来る物……せめてちょっとだけでもダメージを与えられるものはないか……。だが、騎士団の剣さえも通さなかったあの獣にどうやって傷をつけるんだ? ナイフさえ持っていない俺が。
「今持っているものは……っと」
俺は獣の様子を見ながら疾走しつつ、所持品を確認した。
少量の金くらいしかない……いや、それ以外にもある。だが……。
「これはさすがに、使い物にはならないよなぁ……」
見つけたのは……懐に仕舞っていたフラグメントだ。これは購入した物ではなく、親父の物である。親父は村で近くの森などで狩りをしていた。俺達家族は、その獲物を売った金や獲物自体を調理した物で生活したいた。そんな親父のささやかな趣味……それが、フラグメント集めだ。
俺はよくフラグメントが飾ってある親父の部屋に入り浸っていた。なんとなく……フラグメントの外装の淡い輝きが好きだったのだ。たまに親父に内緒でフラグメントを手にとってみたりもした。
「フラグメント……フラグメントかぁ……」
そして今俺が持っているフラグメントは3つある。これは、村を出て行く時に、親父のコレクションをちょっと拝借したものだ。いつか村に帰ったら謝らなきゃな……。
「武器には……投げれば目くらましにはなるか? ……ん?」
俺はふと……あることを思い出した。思わず立ち止まってしまう。すると獣がこれは好奇とばかりに雄叫びを上げる。そして……俺に食らいつこうと、その口を開けた。
俺が思い出したのは幼い日の記憶。俺はあの日、一人でいつものように親父の部屋にこっそり入り込んで、フラグメントを眺めていた。
その中で特に綺麗な物があって……俺は思わず手を伸ばした。でも……俺はそのフラグメントを飾ってある棚から落としてしまったんだ。
次の瞬間……フラグメントが爆発した。
ならば、落として爆発するのなら……投げれば、目くらまし程度にはなるんじゃないか!?
「親父には悪いが……使わせてもらうぞ。親父」
俺は3つあるうちのフラグメントを一個手にすると、真っ直ぐに獣を見据えた。
獣は大きく口を開けて……俺に迫ってきていた。
俺は右足を後ろへ。フラグメントを持つ右手を振りかぶる。
「俺はうまくねぇぞ……。これでも食ってろ! 化物ッ!!」
腰を捻り、足と手に力を込めて……フラグメントを獣の口へ投げ込んだ。すると……次の瞬間。
ドンッ!!!!
フラグメントが獣の口内で、爆発を起こしたのだ。
「グオォォォォォォォォォォォォォン!!!」
「効いてる……!?」
騎士団の攻撃すら効かなかったのにか……!?
目くらまし程度に放ったフラグメントの爆撃が……まさかここまで効果があるとは意外だった。
動きを止めて項垂れる獣に、俺は2つめと3つめのフラグメントを立て続けに投げ込む。
「グルアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」
一際大きな嘶きを上げる獣。しかし、倒れない。
「もう……フラグメントがない」
体力も限界を超えている。いよいよ万策尽きたか? と思った次の瞬間。
「え……?」
獣が光の粒子となり、瞬く間に消えてしまったのだ。
ぺたん。とその場に座り込んでしまう。
すると、遠くから少女の声が聞こえる。
「に……さまー!」
とてとてと、駆けてくる。野暮ったいコートを着た少女。ティリアだ。
彼女の後ろから慌てた様子で記憶屋も走ってくる。
「ティリア!? それに記憶屋も……逃げてろって言ったじゃないか」
すると、記憶屋がちょっと怒った様子で言う。
「逃げてたよ? でも、あの白いのが消えたら、ティーちゃんが「兄様ー!」って言って急に走り出すんだもん。びっくりだよ~!」
「え……ティリアが?」
ティリアが走った勢いのまま座り込んだ俺に抱きついてくる。
「うおっ!」
「兄様……なんで、こんな無茶を……。無事で良かった」
「あーあ。怪我してるじゃーん。それに、あんまりティーちゃんに心配かけちゃダメだよ?」
「あ、ああ……」
俺は抱きついてきたティリアの頭の上に手を乗せる。
「ごめんな。心配かけて……」
「本当です! ……ぐずっ。兄様は……心配かけすぎです! 馬鹿ぁ!!」
「おい……泣くなって!!」
「あー! 泣かしたー!!」
「うるさいぞ! 記憶屋!」
「なんだよう! こっちだって心配したんだぞー!!」
「うわあぁぁぁぁん! 兄様ー!!」
「ああ、もう! 俺は生きてるんだから、泣くなって」
なにはともあれ、俺はどうにか生き残ることができた。
騎士団の増援が来たのは、それから10分程してからのことだった。






