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Memory Fragment  作者: 猫奈
記憶喰らう獣
5/8

嵐の予感

「だーかーら! なんでオーダーも取れないんだよ!!」

「うっせぇな!! ちゃんと言われたモン紙に書いて持ってきただろ!? オイ!!」

俺の怒声に対して目の前の少女の怒声が更に重なった。しかし、俺は引く気が一切ない。何故なら俺は間違ったことは何一つとして言ってないし、間違っているのは全部こいつ……シリル・ミューだからだ。

俺はシリルがピラピラさせているオーダー票をふんだくると、問いかける。さて、論破タイムだ。

「よし。じゃあ質問するぞ、シリル。ティリア|(お客役)が注文した物はなんだ?」

「ふへへ……シリルを舐めてもらっちゃあ困るぜ、男。あの可愛い子が注文したのは新鮮貝のミックスグラタン。野兎肉を使ったパスタに、モルガナイトっていう酒だろ!? オイ!」

ドヤ顔でぺたんこの胸を張る。シリル。随分得意げだが一つも合ってない。

「バアァァァァカ! 最初に言っただろ!? お前はオーダー取れてないの! つまり全部間違ってるの! あとこの酒場に野兎の肉を使ったパスタはねぇよ!!」

「えー! ゲスな男が嘘に決まってるぜ! オイ!」

「ちなみに、ティリア(お客様)。本来のご注文は?」

客席に座って客役を演じるティリアに声をかけると、淡々とした声で本当のオーダーを口にしていく。

「ミックスグラタンじゃなくてピザですねあと貝関係ないです。肉のピザです。さっき兄様が言ったように野兎肉のパスタはありません。正解はヘルシーダイエットパスタです。最後のお酒は、モルドンナイトってお酒です」

「ありがとう、ティリア。手伝いに戻ってくれていいぞ。で、お前。俺に何かいうことは?」

ティリアに例を言うと、こくんと頷いて手伝いに戻っていった。

そして、生意気な新人はあっかんべーをすると、偉そうに腕を組んだ。

「べー!! 誰が野蛮な男なんかに謝ってやるもんか! お前の教え方が悪いんだろ! オイ!」

「アメリアさん。こいつクビでいいですか?」

「お前がそう言いたくなるのはここ10分程のやり取りでよぉーく分かったが、もうちょっと頑張ってみてくんね?」

アメリアさんは心底同情したような表情をしながら皿を磨いている。が、まだシリルから解放してくれる気はなさそうだ。

こいつ……シリル・ミューは今日から当店で働くことになった新人さん。

現在は開店前のこの時間を使って、研修を行っているのだが……。

この通り! 全く! 全然! 使えないのだ!!!!

研修の時点で何言ってんだって思うだろ?

しかし! こいつが飲食店のスタッフに向いていないことは俺が保障しよう。ちなみに今までの研修結果はこんな↓感じだ。

オーダー:↑参照

料理運ぶ:皿だけ持たせてやってみたところ研修だけで3枚の皿が消えたので断念。

会計:どうやら簡単な計算もできない模様。問題外。

掃除:逆に汚す。意味なし。

調理:言わなくてもわかるよね?

「はぁ~~~。先が思いやられる……。アメリアさんどうしてこいつ採用したんですか? 失礼ですがスタッフは選ばないと……せっかく今までアメリアさんが育ててきたこの店のメンツが丸つぶれですよ」

「いや……なんか働きたいって言ってきたから」

「適当だな!!」

おっと、いけないいけない驚きのあまり思わず恩人のアメリアさんに失礼な言葉遣いに。

「だってこいつがいちいち向いてるとか見極めんの難しいから取り敢えず雇ってみるかってカンジで……」

「従業員を"取り敢えず"で雇わないでください!!」

「はいはい。っと、そろそろ時間だな。ユクル。ティリア。上がっていいぞ」

「こいつどうするんですか!?」

「指差すんじゃねーぞ!! オイ!!!」

シリルを指差しながら聞くとアメリアさんは心底困ったような顔をする。研修の様子を一応アメリアさんも見ていたから何をさせるのも不安なのだろう。

「あー……うん。とりあえず………………………………………………………立ってて」

ま さ か の 労 働 内 容!!

「立つ……? それだけでいいんすか? 店長さん……」

さすがのこのバカでもちょっと不安な様子だ。そりゃ飲食店の仕事で"立つ"はねーだろ立つは。ていうかこいつこんなんで給料出るの?

「ああ……まぁ、今日は初日だし、あたしを見て、仕事を覚えろ!」

「は、はいであります!!」

「いやぁ、多分無理だと思いますよ?」

何をやらせても絶望的だったし。

「なんだと! これだから男は嫌なんだ! オイ!」

「俺の名前はユクルだ。ユクル・イグナイト。んでもってあっちが妹のティリア」

「てめーの名前なんて聞いてねーぞ! オイ! しかしおめーの妹さんは可愛いな……全く似てない」

まぁ、確かに似てないけどな。

「まぁまぁ。もしかしたらこいつ。飲み込みはすげぇ早いかもしれねーじゃねぇか。まだ初日だしな? あんまカリカリすんなって」

「店長さん……。やはり女性はやさしーな! オイ!」

アメリアさんの助け舟にキラキラした目になるシリル。なんかこいつ……俺っていうよりも男を嫌ってる感じがするな。酒場の客は大体男ばかりだぞ? 大丈夫か?

「兄様。モタモタしないでください。朝食食べましょうよ?」

腹を空かせたティリアが俺を睨んでくる。睨んでも可愛いな、と思いつつエプロンを脱いで店の奥に引っ込んだ。

朝食を食ったら今日も、記憶探しだ!

しかし奥に引っ込んだ俺らの背中にバカの呟きが聞こえる。

「え?? 朝食?? 食い逃げ??」

「おい能無し! さっきも言ったけどな、俺らはここで居候してんだよ! だからここで飯食うの当然なの!? 物覚えも悪いのか!?」

「う、うるせー!! ちゃんと覚えてたっての! オイ!!」

「はぁ……この店。これから大丈夫かな」

「潰れるのだけは勘弁してほしいですね」

「ええ! 妹さんの方までひどいッス! オイ!」

シリルがティリアの冷たい一言にショックを受ける。クソ。どうしてこうも扱われ方が違うんだか……。

「不吉なこと言うなティリア」

「すみませーん」

アメリアさんにたしなめられ、俺とティリアは食卓についた。

「「いただきます」」


☆☆☆


今日も大通りは大変な賑わいだった。まだ朝だというのに、店の数の多いこと多いこと。そして買い物客も決して少なくなく……やはりいつでもここは賑わっている。

まぁ、朝は野菜やら魚が新鮮だったりするからな。早起きしてきたくなる気持ちも分かる。

「わっ」

後ろを歩くティリアが声を上げるので振り向くと、フードが取れてしまっていた。俺は数歩下がり、それを直してやる。

「またかよ。妹よ」

「う、うるさいですね……」

嗚呼……今朝変なの(シリル)と会話したせいで疲労していたが……妹との何気ない会話に落ち着く癒される。

「ニヤニヤしててキモイです。騎士団呼びますよ?」

「やめてえええええぇぇぇぇぇ!!」

俺犯罪者になっちゃう!!

と、いつもどおりのやり取りをしていると、風が吹く。

ひゅんひゅんという大声を上げながら荒れ狂う強風達はまるで今朝の店の様子のようだった。

「最近風が強いな。ティリア……何度も言ってるけど」

「わかってます。フードには気をつけます」

まぁ、分かってるよなティリアは。テ ィ リ ア は !!

世の中何度も言っても分からん奴っているんだなぁ……アメリアさん。大丈夫だろうか。

俺が店の心配をしている。背後から「おーい!」と聞きなれた声がかけられる。

「え? 記憶屋?」

「??」

振り向くと、そこに居たのは俺達がいつも贔屓にしている記憶屋の店主だった。幼い容姿に重そうな布を背負ってとってとってと走ってくる。手をぶんぶん振ってないでちゃんと荷物持てよって言いたくなる。

「珍しくな。2日連続で遭うなんて。大体1日で新しい記憶を探しにいくのに」

「確かに……」

「いやぁ……常連兄妹の言うとおり、ちょっと中央の方行ってみようと思ったんだよね。そしたら、面白い情報仕入れたから、聞かせてあげたくって」

「「面白い情報??」」

俺とティリアが同時に聞き返すと、ティリアは速攻で顔を逸らし「私……何も言ってませんから!」なんて言い訳をした。可愛い。

「ティーちゃんは可愛いなぁ。あ、でさぁその情報っていうのがさ今度中央でフラグメントの大規模な市場をやるみたいなんだよね」

「な、なんだって!?」

中央というのは勿論、この巨大年の中心部のことだ。騎士団の屯所があったり、国王が居たりするお城があるのもその中央だ。ちなみに俺達が現在滞在しているこの辺は比較的外れの方にある。しかし中央都市外から来た俺らにとっては、ここも十分に賑わっているんだけどな。でも、中央はここの日じゃないんだとか。

その中央で……大規模な市場!? しかもフラグメントの!? これは聞き捨てならないな。

「中央かぁ……いつか行ってみたいと思ってたんだけどな」

「広いから探すのも大変だと思うけどね~。でも、何らかの手がかりが掴めるかもよ?」

「そっか……。そうだよな。いつまでもここにいるわけにはいかなしな」

「兄様……中央に行くの?」

するとティリアが何故か不安げな様子で俺の服を摘んでくる。フードからちらりと覗いたその瞳は、揺れていた。

「なんだよ。お前は嫌なのか?」

「いえ、そういうわけで……わああぁぁぁ!」

「うおおおおおおおっ!?」

「およよよよっ!?」

ティリアが言葉の途中で悲鳴を上げる。何事かと聞く前に理解した。

竜巻並みの……強風が吹き荒れているのだ。

「身を屈めろ! 飛ばされないようにするんだ!」

俺は体重の軽いティリアを抱きかかえつつ、姿勢を低くした。記憶屋も頷いて、背中に背負っていたフラグメント入りの布を、ぎゅっと大事そうに抱えると俺と同じように丸まった。


ビュゥゥオオオオオオオォォォォォォォォォォォォ!!!


吹き荒れる。

風なんかじゃない。嵐だ。竜巻だ。

その中で、俺は薄めを開くと……一閃の光を見た。

やがてその光は、全てを覆い尽くす。

そして――衝撃。

風の次は揺れだった。大地の揺れ……地震だった。知識としては知ってはいたが、体験するのは始めてだった。

「きゃあああ!!」

俺の腕の中でティリアが悲鳴を上げる。強風と揺れの中、その頭を撫でてやる。

そしてやっと風と揺れが収まったと思ったその時……。


「グルル……」


獣の唸り声が聞こえた。

心なしか焦げ臭い匂いもする。恐る恐る目を開くと、そこは……。


全長30メートルもあろう、白銀の獣が、街を見下ろしていた。




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