記憶の欠片
朝一番にアメリアさんの店を飛び出して向かう場所は、決まって大通りだ。まだ朝早いというのに、そこには多数の露店が既に商売を始めていた。
手押し車での移動式販売所から、シートや台の上に商品を並べていたりと……売っている物が違うと売り方にもかなり違いが出てくる。特に手押し車なんか故郷の村では見たことのない物で、始めて見た時なんかは声を上げて「あれはなんだっ!?」と指を差し、完璧なる不審者になってしまい、あやうく騎士団を呼ばれる所だったけど……俺は今日も元気に生きております。はい。
「さーて……いつもの記憶屋は……っと」
「あ、兄様……あそこ!」
俺がキョロキョロと視線を巡らせるが、どうやら見つけるのは妹の方が早かったようだ。ティリアが指差した方に顔を向けると、目的の人物がそこにいた。
ティリアと頷き合うと、真っ直ぐにその人物の元に向かっていく。すると、向こうもこちらに気づいたようで、陽気に「よう」なんて言って片手を上げてくる。
「ちーす、記憶屋。今日も商品見せてもらっていいか?」
「毎度冷やかしばかりで……申し訳ないです」
俺が気軽に、ティリアが申し訳なさそうに声をかけると、記憶屋―本名不明―は、人懐っこい笑みを浮かべると、重たそうに背負っていた布をよいしょ、と下ろした。
「常連兄妹~、そんな申し訳なさそうにしないでいーよ? いくら記憶が娯楽って言ったって、安いモンじゃないからね。コレ」
言って小柄な記憶屋が布をほどくと、そこには無数の四角形の物体がゴロゴロと転がっていた。
そう―これこそが……人の記憶をコピーし、物体化した物。
名称は"メモリーフラグメント"だけどだいたい略してフラグメントって呼んでる。これは比較的簡単な儀式|(記憶の取り出し方は何故かあまり知られていない。フラグメントはやたらと転がっているのに)で、人の記憶をこの箱にコピーしたもので、穴から箱の中を覗けば、コピーされた記憶を見ることが出来る。しかし、消費型で1回使ったら消失してしまうのである。
基本的に本人の承諾があれば記憶はコピーできて、簡単にフラグメントは作れてしまうらしい。それは今や一つの娯楽と化していて、自分が体験できなさそうなことをお手軽に他人の記憶で補充したりするのが主な楽しみ方だ。
ちなみに死者の記憶なんかは遺族の承諾があり、死後3日以内ならコピー可能だ。そういう場合は遺族達が思い出としてフラグメントにするそうな……。
そしてこのフラグメント。今や売り買いが出来るから驚きだ。
しかし、今記憶屋が言っていたようにフラグメント1個のお値段は少々お高めなので、売られている数の割には、買う人はそこまでいないんだとか……需要と供給成り立ってないな……。
まぁ、説明はここまでにして……俺とティリアが朝からこんなちっこい記憶屋を訪ねているかというと……俺とティリアは探し物をしている。
それは、記憶。
フラグメントとは本来、記憶を"コピー"をするものであって、"取り出す"物じゃない。だから、たとえフラグメントを作成しても……本人から記憶が消えないが、イレギュラーが起きた。
妹……ティリア・イグナリオには生まれた時から11年の記憶が奪われた。去年のことだ。なので現在ティリアは12歳だが、12歳のティリアには、僅か1年の記憶しかない。
だから、こうして俺達兄妹は旅に出た。この世界にきっとどこかにあるはずのティリアのフラグメントを探して……。
フラグメントは使用消費型だから……使用されていればもう終わりだ。だけど、じっとなんてしていられなかった。気づけばこのクソでかい都市に来ていた。なにせここは世界で一番記憶の取引がされている場所だ。記憶を探すならここしかない。そうして親切なお姉さん|(無論、アメリアさんのことだ)の元で居候し、毎日記憶探しをするという日々。
思い出話はここまでにするとして……俺とティリアは記憶屋が並べた商品に目を通す|(と言っても中身を見る訳にもいかないので表面を眺めるだけだが)。
どうやら自分の記憶は本能で認識できるようで……ぶっちゃけ俺がここにいる意味なかった。
ティリアは一つ一つのフラグメントを顔の至近距離まで近づける。フードを深く被っているせいで、視界がかなり遮られているのだ。だからフラグメントを見るのにも時間がかかる。
ちなみにこのフード着用を提案したのは俺で、一度記憶を奪われているのだから、再発防止というか……もし記憶奪いがティリアを狙ってのことだったらとの考えてのことだった。本人はあまりお気に召してないようだが。
そうこうしている内に、マイシスターの品定めが終わったようだ。
「うーん……」
「やっぱり~今日も無かったカンジ?」
「ごめんなさい……」
申し訳なさそうに頭を下げるティリア。
この幼い記憶屋は俺らが都市に来てから贔屓にしている店だ。店主がこの見た目なので、他の店を冷やかすよりも幾分か気が楽という理由で選んだのだが……こいつ、こんなナリをしておいて結構優秀な記憶屋だ。だいたいここ、巨大都市に来るときは品揃えが変わっているし|(新しい記憶を手に入れるのは結構大変らしい)、なによりこいつは、なんだか信頼できる感じがした。
「ティーちゃんが謝ることじゃないでしょ~。じゃ、また新しいフラグメント仕入れたら近く来るね~」
布を素早く包み直し、またもよいしょと背負うと例の人懐っこい笑みで手を振る。
「ああ。毎度悪いな」
「またお願いします」
「あーい。またよろしくねぇ~」
ほんわかした様子で記憶屋が去る。その後もいくつかの記憶屋の露店などを覗いてみたが、成果はゼロだった。