例えばこんな「イフ」
戦隊物とかだとさ、赤が情熱レッドで青が知的クールでオレンジ?オレンジ色っていないな。黄色?が特に特徴ない感じのキャラで桃色がヒロインでしょ。後はー……緑が、なんだろう。まぁいるじゃん。白がヒロイン、ってパターンもあるのか。まぁそんな感じで
「色分けされてるぐらいなんだから、それ相応の特徴あるキャラクターなわけでしょ。それでキャラを立たせたりさ。マンガとかでもありがちじゃん?ヒーローが大抵派手な色の髪でさ、ヒロインはピンクとか。でもそれで違和感なく成り立ってるんだから、それは『そういうもの』っていう認識なんだよね」
情熱の!レッド!とか叫んで拳を突き上げる妹を、俺は胡乱な目で見やった。
どうしたことか、高校に入学したその日から俺の2つ年下の妹の様子がおかしい。まさか、容姿の事でまたなにか言われでもしたか、と思えばそうではないようで「普通だ」とか「おかしい」だとかもどかしげな様子で眉を寄せてぶつぶつと唱えていたかと思えば、これである。いきなり戦隊物の話などされて戸惑わない奴はいないだろう。
「お前さ、どうしたの。なんかハマった漫画でもあんの?」
「漫画、漫画かぁ。こう、都合の良さといい、嵌められている感といい、巻き込まれていく具合はまさにそれっぽいんだけど。………うわぁぁぁあああそんなことあってたまるか!ない!ないよね!?」
「お、おう」
入学式の日、部活もなく早々に帰宅した俺の部屋に響く殴打音。それがどうにも不気味で、明らかに隣の部屋、妹の夕の部屋の方から聞こえてきたもんだから、動揺を抑えこんでうるせぇ!と隣室に怒鳴り込んだわけだが、そこには床に這いつくばって床を殴り続ける妹、というホラーな光景が広がっていた。
本当に、どうしたもんだかなー…。
常にはない妹の落ち着かない様子にこめかみを揉む。
入学式も終わって、通常の登校日初日。部活を終えて帰って来た俺の腹に勢いよく飛び込んできた妹は、人の部屋まで上がりこみ、着替えの際も目をそらさず、こうして落ち着いてテーブル脇に座るまで微動だにせず、一声も発さずにこちらの動向を見守って、俺が座るなり怒涛の勢いで話しだした。
妹は本来、そんな奇っ怪な性格をしているわけじゃない。俺だって、そんな光景が日常茶飯事なら(怖え想像だな)こんなビビる必要もないわけだ。なにか、あったんだろうな。それは想像つく。
一番に頭に浮かんだことといえば、夕の、いや我が家の気色の違う色彩をもつ容姿のことだが、それもこれももう慣れたものだ。小学生の頃はそのせいで色々と、あったりもした。けれど中学に上がり隠すことを覚えた夕は、見栄えの良い容姿に群がる人間の対処法をあっさりと身につけてしまった。
自身を偽ること。必要以上に目立たない方法。そんなものは本来の無邪気で奔放な気質を酷くねじ曲げてしまった気がするけれど、それが悪いことだとはどうしても言えない。それは俺が兄妹として、境遇としては一番身近であったからだし、近くでその葛藤を見てきたからだ。
今の夕は、周囲の流れに逆らわず、かといって自分から目立つ場所には決して近づかない。人に対しても『怒る』といったことを長く続けられない、温厚というには違うし……何事に対しても向ける熱量が少ない、柳の木のような性質だと思う。
そうだった、少なくともつい数日前までは。
「兄さんだったらさ、もしも、だけど。自分が漫画みたいな展開に巻き込まれてる、って思ったらどうする?」
「は?」
「い、いや、もしもの話ね。例えばー……イケメンに囲まれる、はおかしいか。それホモ…じゃない、えーと。例えば、ある日突然、美少女が次から次から群がってくるんだよ。廊下の角を曲がればぶつかり、「あなた、今日から私のパートナーよっ」とか言う女王様美少女がつきまとい、お色気教師が誘惑してきて、近所に幼なじみ美少女が引っ越してきたりするの。どう?」
どう?とか言われても。
「ウケる」
「そんな真顔でウケるとか言われても困る」
「なにそれ、夕お前そういう作家でも目指してんの?お、応援するわ。頑張れよ」
「 違 う 」
いきなり妙な妄想を語りだす妹がおかしくて、悪友に「そのニヒルな笑い。孕まされるやめて!」などと酷い言われようの笑みでエールを送ってみればいやに気合のこもった眼差しで睨めつけられた。本当に、どうした。
腕を伸ばして、自分と似通った色素の薄いサラサラとした髪を撫ぜる。また、なんか一人で抱え込んでんのか。そんで、一人で泣こうとしてんのか。バカだな。
険しい眼差しが揺らいで、ぶすっとむくれた表情で顔をうつむかせた妹に少し考えて、言葉を返す。
「美少女だかなんだか知らねぇけど。そんなん、どうでもいいな。うざかったらそう言うし、巻き込まれそうだってんなら蹴り倒すし、それでも引かね-なら無視。俺の知ったことじゃない」
「少なくとも、巻き込まれようが何だろうが結局、自分の意志はあるわけだろ?決めるのは他の誰でもない、俺だ。そんなもん、知ったことじゃねーよ」
「……周りがどうであろうと、自分は自分だから、それでいいってこと?」
手を載せた頭の下の表情が伺うようにそぅっと見上げてくる。それに口角を上げて答えてやる。
「そう、例えば俺が漫画みたいな話の中にいようと、居なかろうと。そんなもん、関係ないってこと」
お前は、お前の思うようにしたらいい。そういうこと。
どんな目で見られたって、どんな言葉で傷つけられたって。他人がどうであったとして。
「選ぶのも、決めるのもお前なんだから周りばっか気にしてても仕方ねぇってこと」
わかった?と言ってポンポンと頭を軽く叩く。小さな頃からの癖になってしまった秘技、妹宥めだ。
夕はしばらく頭に自分の手を載せて乱れた髪を直したかと思うと、ぼそりと小さくなにやらつぶやいた。
「兄さんみたいな天然たらしが居ないだけまだましなのか…」
「は、なんて?」
「なんでもないっす」
確実になでぽだよ、とか意味の分からない事を言うその顔には、人の腹に頭から突っ込んで、見上げてきた時の悲壮さみたいなものが抜けていたから、俺は嬉しくなってもう一度妹の頭をグシャグシャと撫ぜ回した。