お昼は息抜きのためにあるのです
ハムサンドうまーい。
私は人間の3大欲求を満たすために、先程までのお昼ご飯戦争を脳内デリートした。
この厚めにカットされたハムと、作ってからそう時間が立っていないためかシャキシャキとした歯ざわりのレタスが絶妙のコンビネーション。至高です。
歩くバーサーカーこと華浦ちゃん(って呼んでいいってさ)からもらったパンでやっとの休憩タイムですよ。
校舎1階の正面玄関に面したラウンジスペースからは、中庭に出られるようになってる。こちら側はテニスコートに面していて、鉄柵で隔てられた横道には桜やら銀杏やらその季節ごとに彩りを変える木々が立ち並んでいるのだ。その吹き抜けスペースが休憩にはぴったり。ベンチも設置されていて、他にも昼食を取る生徒がチラホラといた。
「美味しー!さすが私立校の購買部は違うね、夕ちゃんっ」
「そうだねぇ」
「…華浦は食べられれば何でも美味しいんだろ」
「なっ、そんなことないもーん!こう、自分でもぎ取ってきた獲物を食べるのは格別なんだからね!」
君、狩猟民族か何か?そんな疑問も口に出せば藪蛇な気がしてひたすらまったりとパンをかじる。
にしても、濃いよなぁ。ハムサンドがではなく、私の高校生活が。こんなものなのかなぁ。高校生ってこう、日常的にサバイバル的な感じなのだろうか。さすがにこればっかりは経験がないから何が正解とも判断しがたい。
少なくとも、何の意味もない変化なんて無いんだろうけどさ。
食べ終えたパンの包み紙をくしゃりと握りつぶしてカフェオレで糖分補給。何気なく見上げた空は、うだうだ悩む私なんか知らん顔してただゆるやかに雲を運んでいた。
「授業始めっぞー。席つけよー」
チャイムの音とほぼ同時に教室に入ってきた緑先生(仮)は教卓の前にたって声を張り上げた。
はーい、なんていい子な返事でおしゃべりに励んでいた子たちもみんな自分の席に戻る。うん、進学校素敵です。ちなみに私はチャイム前にすでに着席してますけどね。昼ごはん食べた後からキャピキャピできる女子力は私にはない。
「そんじゃ、とりあえず行事予定とか授業進行とかはひと通り聞いたな。次、委員会とクラス委員決めするから。まずクラス委員からな。立候補いないかー?」
いないだろ。心のなかで突っ込んで、私はもう完全に傍観モードである。そもそも、このまだ構築されてきっていない人間関係をまとめるなんて一番めんどくさい役割を誰が好き好んで引き受けるもんか。
大抵こういうのは、見た感じ自分と似たような系統で固まったグループの中から目立つグループが、その中でも仕切りたがり、目立ちたがりな人が仕方ないな~やってあげてもいいけど?ってな感じで出てくるのだ。そして、そこに行き着くまでが長い。なんて言ったってまだクラス内ヒエラルキーが確立していない。あるいは、教師が成績と素行の良さそうな生徒に声をかけるか、
「相川どうだ?出席番号1番、記念になるぞー」
そこ、いきますか。
確かにあか、じゃない相川くんからは温和な優等生オーラが駄々漏れだけれども。そんなの軽々しく引き受けないだろー… 「はい、いいですよ」 わーお、引き受けちゃうの。さっすが出席番号一番。
にっこりと嫋やかな笑みでムチャぶりを受け入れる辺り、生粋の優等生だな、相川くん。
「はーいじゃあ司会はクラス委員長に交代。頼むぞー」
「はい、わかりました」
すたすたと何の躊躇もなく教卓前に向かう相川くんには一切の気負いがない。やり慣れてるんだろうなー場数踏んでるんだろうな-なんて他人事でぼんやりそれを見やる私。
「それでは、クラス委員長をさせてもらいます。相川 優生です。よろしくお願いします。早速ですが、一人では進行と板書に手間取るので副委員長を決めたいと思います。立候補、居ませんか?」
…いないだろー。このヒエラルキーが(以下略)だ。
さぁ、どうなるかな-と教室を端から見渡していく。ひそひそ、と小さな囁きと小さな笑い声が時折上がる以外はしーん、である。お前やれよ-、はぁ?そういうお前がやれよ、推薦してやるからさーみたいな遣り取りがあちらこちらで見える。
左隣の華浦ちゃんは、どうやら体育委員会を狙っているらしい。マイナーだ。きっと立候補者も少ないだろう。白いの、っと冶田くんはうるさいのは苦手なので、美化か図書辺りですね。と言っていたし。右隣はー。ちらり、と目線を向けると両手で頭をホールドして俯いているオレンジが。
どうした?と顔を向けるとそれに気がついたのか、ん?といった表情で目線を上げた後、にっ、といたずらっぽく笑ってA4のプリントを突き出して見せてくる。ホームルームで配られた委員会一覧の用紙だ。
こ、れ。
口元だけパクパクと動かしてとんとん、とそのプリントの一箇所を指さして見せてくる。そこには。
『風紀委員会』
ぶは、と思い切り吹き出してしまったのは不可抗力です。
不可抗力です、よ?
「柳瀬さん」
男子生徒にしては柔らかい、けれども低いテノールの聞きなれない声で名前を呼ばれて条件反射で声の出処に目を向けて、静止。教卓前で、赤い悪魔が微笑んだ気がした。
「出席番号40番 柳瀬 夕さん。副委員長、記念にいかがですか?」
なんで、ゆ行とよ行がいないんだよぉぉぉぉぉおおおお!!!!
心のなかで叫んだところで、誰にも届きやしないのだ。