尋常なる戦いです
えー、只今混乱の渦を目の当たりにしております。混沌です、混沌。
飛び交うパン。お弁当。スープ類(?)そして飛び交う怒号と人波。ええと、ライブ会場か何かかな?
「えっと、とりあえず帰ろうか」
「おばさぁぁぁぁああん!!!わたしメロンパンとクリームパンとチョココロネとクロワッサン買いますぅぅぅぅぅ!!」
あ、これ無理だわ。無理ゲー。この光景を購買前で目の当たりにした瞬間、踵を返そうと振り返った私の目がとらえたのは、ついさっき教室で知り合った彼女、江南さんでした。小柄なその体がどこからそのパワーを捻出しているのか全く不明な大声とともに人垣の向こうに消えていきました。ちょ、必勝法!?
私はその勇姿を忘れることはないでしょう。瞳の中には彼女が圧倒的に身長の高い男子生徒を背後から蹴倒すその瞬間が焼き付いています。やだ、こわい。
「柳瀬さん、そこのベンチで待ちましょう。多分僕らの分もあいつが掻っ攫ってくると思います」
「そ、そうなの?そんな余力を割く隙があるようには見えないけど」
「バーサーカーみたいなものなので」
「(狂戦士なの……?)そ、そうか」
恐れおののく私を尻目に真っ白な彼、冶田くんは冷静に購買脇の自販機近くに設置されたベンチを指さした。引き返そうにも江南さんを置いていくわけにも行かないし、かといってあの乱戦地帯に飛び込む気力もない。すたすたと先にベンチに向かう冶田の言うとおり、そこで待たせてもらうことにした。そして彼は彼でその手にはコーヒー牛乳。い、いつの間に・・・。ちゅーと状況に構わず水分補給に勤しむ冶田君。これは、チャンスだろうか。うん、チャンスだ。
「冶田くんてさ、髪染めてるの?」
「……それは、僕がわざわざ黒く染めなおしている、と思われているということですか」
「いや、あ、そうだよね。きれいなくろかみだもんね」
「生まれてこの方、わざわざ元から黒いものを染めようと思ったことはありません」
「デスヨネー」
不思議そうに首を傾げられた瞬間から嫌な予感はしたんだ。不審な顔をされなかっただけマシだけども。もういい加減現状を受け入れろって、頭の冷静な部分はいつもため息をついてる。いやいや、そこでこの超現象を完結させてしまったら私は原因も何もわからないままこの視覚の暴力に耐えなきゃいけないんだぜ?そんなの許せるか?無理だ。
だから、一縷の望みに縋るつもりでこうして張本人に突撃してるわけで。…それも徒労に終わっているけれど。少なくとも、これが私限定のものなんだって、認めざる得ないようでは、あるのよ。分かってる。別に実害はないし、そこまで気にすることでも無いのかもしれない。いや、気は散るけどね。あ、あと風紀委員にはなれないな。服装検査が壊滅的結果になる。
そんなことをつらつらと、目の前で繰り広げられる乱闘を見つめながら考える。
ていうかさ。
高校の購買部って、これが普通なの?通常からしてこの状態なの?こんなの絶対おかしいよ。バーサク状態の江南さんは前方の障害物という名の生徒を軒並みなぎ倒していったけど、そんなの一般生徒には無理な話である。体育会系男子限定の購買部とか…?そういうのじゃなくて?
「あのさ、購買っていつもこんなかんじなのかな。一般生…じゃなくて、女の子とかさ、このバト…ええと人混みの中で買い物するの辛いと思うんだけど」
「いえ、そうでもないみたいですよ。と言っても僕も初めて来ますけど。今日は、あれじゃないですか」
あれ、といって冶田が指さした先には、A3サイズの紙の張り紙が見えた。
『限定黒豚ロースサンドハーブ添無農薬野菜で挟んだ美味を一度ご賞味を! 限定10個』
「ネタ?ネタなの?」
「ご利益があるとか何とか…。」
まぁ、わざわざそんなもの売る意味が分かりませんよね、といって冶田くんはよーく見なければわからないほどかすかな笑みを、笑みらしきものを浮かべて飲み終えたらしいコーヒー牛乳をカラカラと左右に振って立ち上がった。その背中を何気なく目で追って、
私はそのまま、彼の横っ腹にエルボーをかました。
突発的に暴力を振るいたくなった訳じゃなく、勢いよく突っ込んでくるモノが見えたからですよ!
そいつは冶田くんが立っていたそのままの位置にスタン、と軽やかに着地してみせた。鮮やかな色が目の前でさらさらと揺れて、突然のことに呆気にとられた、と言いたいところだったけれども出てきたのはまたか…。という苦い諦め。プラスアルファ、なにしてんだこいつ、というふつふつと湧く怒り。
「あっ、ぶな!!!」
「おおおおお?なになに、そんなところに居たら危ないよ!周りはよく見てなきゃ」
それはこっちのセリフだよ!と怒鳴りそうになったところを、ぐっと飲み込む。相手は明らかに上級生だ。ネクタイが赤。3年生である。……気のせいでなければ、この人垣の上から飛び出してきてバク宙決めて着地したように見えたんですが。
「今、人を潰すところだったんですよ!」
「え?ごめんね!こんだけ人いると見えねーからさ。てかあんたらもこんなところで喋ってたら巻き込まれるって。あー1年生か。これから気をつけなね。じゃあ俺行くから~」
「え、ちょ」
そう言って黄色い髪をした先輩は、明らかにサンドイッチとしては大きなサイズのパンをひらひらと振ってバチン!とウィンクを一つ残して走り去っていった。た、台風か。
呆然とそれを見送る視界の端で白いものがゆらり、と地面から起き上がる。は、そうでした!突き飛ばして放置したままだった彼にオロオロと走り寄る。怪我、してないよね!?
「ご、ごめん冶田君。おもいっきり突き飛ばしたよね。痛い所ある?」
「…いえ、なぜエルボーだったのかは疑問ですが、あの高さから踏まれるよりは軽傷だったと思いますから。大丈夫です」
「そっか、よかったー」
ほっと息をついたところに、小柄な少女が走り寄って来る。見間違いでなければ両手にビニール袋をぶら下げてそれを誇らしげに掲げて見せている。満面の笑みである。
「ほら、帰って来たでしょう」
「あれー冶田君どうしたの、なんか制服白くなってるけど。あ!見てみて戦利品!チョココロネでしょーハムサンドでしょーたまごサンドもあるからね!」
ニコニコと袋の中身を漁る江南さんと、パタパタと制服についたホコリを払っている冶田くん。す、すいませんでした。
いや、とにかく高校生のお昼休みは大変です。
……そしてこれは本当に、現実的な高校生の日常風景なのでしょうか。