誰もが人生の主人公である
うっ…わあぁぁぁぁぁ!!
心のなかで叫んで、表面は真顔で黒板の文字を追う。カリカリとノートにシャープペンの這う音が響く。さすが進学校。無駄口及び内職生徒の少なさ。素敵です。授業に集中できるし、外野に苛つかなくていい…はずだよね?視界の端にチラッチラとカラフルな色が舞ってなければな!
オレンジ、オレンジって明るすぎるよね。あんまり好きな色じゃないし、柑橘系の果物でぐらいしか見ることないし。それが人の頭から生えてるわけで、私としては違和感しかないんだけど、他の人には違和感なんて無いようであって、これってどうなの。これからずっとこうなの?そんなの嫌だ。困る。
今日はここまででーという教師の声と同時にシャーペンを仕舞いこんで勢い任せて隣に話しかけた。
「日向くん、ちょっといいでしょうか」
「え?あ、うん。なにー?」
授業終了と同時にがやがやと賑やかになる教室内。10秒と待たずにいきなり話しかけてきたクラスメイトにもにこにこと人懐っこい笑顔で受け応えてくれる彼にど直球ストレートを投げてみる。
「オレンジ色、好きなの?」
「お、オレンジ?え、どうだろ。普通かな。てかなんでオレンジ?」
ふは、と吹き出しながらこちらを見返してくる。もうひと押しだ。
「…日向くん、髪の色地色?明るいよね」
「え、そうかな。普通だと思うけど」
普通じゃねえええええええという万感の思いで表情が苦く歪む。それをどう取ったのか、日向は自身の髪をつんつんと引っ張って視線を上に上げた。
「そんな目立つかなー。染めてるけどさ、アッシュってやつだしこれぐらいの色のやつ結構いるよね」
「そ…そう、なの、かな?」
「そうでしょー。あはは、柳瀬さん、風紀委員とかそういうの入るの?きびしーね!」
「いや、たぶん無理だと思う」
「そうなん?俺何入ろっかなー」
アッシュ?アッシュってオレンジ?いや違うだろう。とりあえず風紀委員は無理だということがわかった。だって担任からしてアウトである。そんなバカな。ルンルン、と効果音がつきそうな程楽しげに教科書を机にしまう日向。それを目で追って、もう一度髪を見る。まごうこと無くオレンジですよね。
なんなのこの現象。もういやだ。絶対私がおかしくなったんだ。それ以外考えられない。もう嫌。やだよおおぉぉぉぉ。机に突っ伏した私に、日向の声が届く。
「柳瀬さんの髪キレーだよねー。それ地毛でしょ?」
「…うん」
当たり前である。君らみたいに奇抜ではないのだ。『普通』だ。
「でも俺ラッキだわ-。高校最初の席替えで美人さんと隣とか。青春してる!って感じじゃない?マンガとかだと俺主人公まちがいなしだねっ」
「……。」
どうしよう、あながち否定出来ない。主人公、うん。おかしくないかもね。みかんみたいだけど、主人公って目立つ髪色でさ、明るい性格で、一匹狼だったり、クラスの人気者だったりするんだっけ?
そこは設定次第だろうけど。ある日突然、トラブルとかに巻き込まれていくんでしょう?それって大抵、こういう高校生活の始まりと同時に、とかそういうのが多いのだろうし。
私じゃねえか。
がばり、と体を起こしてゲーム脳を発動させたまま額を抑えてぐらつく思考を押さえ込んだ。
高校入学と同時に、トラブルに巻き込まれて、日常が変わっていくんでしょ?わー私超主人公ー……ってマジで勘弁して下さい。お願いします。
「そだね、主人公っぽいもんね。キャラ的に」
「キャラ的にって何さ」
あはは、と明るく笑い声を上げる日向に合わせて小さく笑む。
馬鹿なことを考え過ぎだ。ここは現実である。世界誕生5分前説とか、そんなもの信じちゃいない私だ。16年間生きてきた人生を、嫌なことが腐るほどあって、楽しいことはほどほどになこの世界を。そんな妄想全開思考で今更現実逃避してたまるか。
笑顔の裏側で、私は拳を握りしめた。
絶対このおかしな現象に呑まれてなんかやらない。
私の、私だけの人生をこんな訳の分からないモノのために壊してやるつもりなんて、一欠片もない。
「…絶対負けない」
なんか言った?と不思議そうに首を傾げるオレンジに首を振って返した。