とある高校生の恋愛事情4
お昼ごはんを瞬速で腹に収め、食後に優しくないスピードで廊下を駆け抜けて自席へと戻った私は、一息ついて右隣の彼女の様子を横目で窺った。そこには暗雲が立ち籠めていて、果ての見えないぐらいにどんよりと淀んだ空気を背負った華浦ちゃんが。
これは早めにケリを付けないとだなぁ。胸の内でつぶやくと同時に、示し合わせたみたいに響くチャイムに顔を前を向けて、教卓前の中央列に並ぶ白髪の彼を見つめた。
昼食後の眠たい古文の授業を終えて、ぼんやりとした様子で立ち上がる華浦ちゃんを何気なく見送った。廊下に出た瞬間、見知らぬ女子生徒が縋りつくように彼女の腕を引いた。真面目でおとなしそうな印象のその女子生徒は、必死にと言った様相でぼんやりとした華浦ちゃんの腕を掴んで、なにやら声を張っている。
うわぁ……これ以上、状況をややこしくする要素はいらないよ!
私は勢い良く椅子を引いて足早にそちらへ向かった。
「だから、冶田くんにその、迷惑かけるのはやめて欲しいの…!彼、困ってるわ。さっきだって、図書室で心ここにあらずって感じで…。あなたが、よく彼と一緒にいる子だって知ってる。だからお願い。もう、彼に」
耳に飛び込んできた言葉の端々に、女子特有の粘着質で遠慮のない感情が滲んでいる気がして眉をひそめた。ネクタイをちらりと確認して、一応敬語で取り繕ったけれど、私の口から飛び出した言葉には敬いなんてこれっぽっちもなかったと思う。
「なんで、そんな酷いこと言えるんですか?っていうか、先輩何方か存じませんが、邪魔です」
教室のスライドドアを掴んだまま、華浦ちゃんの頭の上から会話に割り込んだ。手に力がこもって鉄製の扉の冷たさが手に伝わる。我ながら相当に剣呑な音を含んだその声に、女子生徒はびくりと身を引いて私を見上げてくる。
……これさ、私が悪役っぽい構図じゃない?でも首を突っ込んだ以上、ここで引くわけにはいかない。しばらく小柄で華奢なその先輩から目線を逸らさずにいると、彼女は胸の前でぎゅっと手を組んで、口を開いた。
「あ、あなたは何なんですか?私は、彼女とお話をしていて」
「お話っていうのは少なくとも、一方的に言い募ることではないですよね」
「なっ……!私は冶田くんのことが心配で、だからっ」
おとなしそうなその外見に似合いの、か弱気な姿に苛立ちも徐々に奪われていく。クールダウンした頭で考えたことはただひとつ。
三角関係とか、なんなの。どこの少女漫画なの。
こんな光景に自分が入り込んでいるっていう強烈な違和感。もわもわと浮かび上がったそれに眉根を寄せた。つまり、この先輩女子は冶田くんが好きで?仲良しの華浦ちゃんが気に食わなくて?華浦ちゃんと冶田くんは喧嘩中で。ああもう!なんて面倒な状況!
そもそも、冶田くんはどこだ?
振り向いて教室内をざっと見渡す。廊下付近の席の生徒は何人かこちらの様子をうかがっているようだったけど、教室内は授業後の短い休み時間でざわついたままだ。廊下を行き交う人からの注目っていうのは、もう、そりゃあ、通り過ぎざまに足を止めて目を丸くされるぐらいには、集まっている。
注目されるのは、嫌いだ。
どんな形でも誰かの意識に登り、その形を偽造されて、偽物の私がひとり歩きするから。
だから、でも。
こんな時に利用できないなら、それこそ意味なんてないじゃない。
教室の中、一際目を引く白髪の彼が見つからないはずがないのだ。
「はったくーーーーーーーん!!!お客さぁーーーーーーん!!」
私は、叫んだ。
や、叫んだって言うとちょっと語弊があるけれど、それはもう教室中の目線をすべてかっさらうぐらいには声を張り上げた。目線の先の彼がぎょっと目を開いてこちらを見ている。視界の端では華浦ちゃんと見知らぬ女子生徒もぎょっと私を見つめている。ううう、この責め苦。
こいこい、と真顔で手招く私を驚いた顔で見つめるのはいいけれど、その視線をこの騒動の中心に移さないっていうのはどういうことだ。しかも立ち上がる気配もない。
教室内、冶田くん目掛けて一直線に足を進めた私は、椅子に座りこんだまま、低い目線で私を見上げる彼の腕を掴んでそのまま引っ張りあげた。てか腕ほっそ!折らないように、気をつけよう。そんな場違いな配慮をしつつも遠慮なく廊下まで彼をしょっ引く。抵抗らしい抵抗はされなくて、されるがまま付いてきた彼に一瞥をくれて女の子2人を見下ろした。
「外野で騒いでるうちは、収集つかないから。本人に聞きましょう」
容赦ねぇ…とかえーなにあれ、とか修羅場かよ…とかつぶやくのは勝手だけどな、外野共。ひたり、とその声の出処一つ一つを睨めつけて私は悠然と腕を組んで扉にもたれた。もう、私は空気になる。
騒動の中心から逸れて私に集まっていた視線が、動く様子のない態度に関心を削がれたのか3角関係まっしぐらの3人に移っていった。
沈黙。
沈黙。
「……ええと、戸上先輩。僕になにかご用でしょうか」
一番に口を開いたのは、状況を最も疑問に思っていたであろう冶田くんだった。
その言葉に先輩女子 (戸上先輩?)はカッと頬を朱色に染めてじり、と後ずさった。
「な、なんでもないの。ちょっと、あの、彼女とお話してみたくて、あの。それだけだから!」
言葉尻を震えさせて、唐突に踵を返して走り去っていった先輩女子を唖然と見送る幼馴染組。
逃げたか。
そこで揉め事が終わったと思ったのか、集まっていた視線がチラホラと散っていく。
私は後ろ手に、教室のドアを閉めた。「あぁ……」とか残念そうな声が幾つか教室の中から聞こえてきたから、この行動は正解だったと思う。閉めた扉に背を預けて私は顎をつい、と上に向けた。
「ごめんなさい、は?」
二人は顔を見合わせて、声を合わせて私に向けてごめんなさい、と言った。私は舌打ちをした。
「違う。もう1回」
幼馴染組はもう1度顔を見合わせて、きょとんとした顔のまま声を合わせて互いにごめんなさい、といって頭を下げた。
はい、大団円。




