とある高校生の恋愛事情1
その日の私は、幾分かスッキリとした気分で登校した。今までモヤモヤとはっきりとした形を成さずに漂っていたモノの正体が多少なりとも掴めたことで、今までの足元の不確かさ、みたいなものが無くなっていた。
要するに今まで起こったあれもこれも、イベントなんていうふざけたものだったんだろう。腑に落ちない感はあるけれど、そういうものなのだと分かってしまえば得体のしれない決まり事に巻き込まれている感覚も納得できなくも…ない……ような?あれ?やっぱりスッキリしてないわ。
ま、まぁ、不安要素が減ったということは悪いことではないはずだ。誰に向けるでもなく一人うんうんと頷きながら通学路を歩いていると、聞き慣れた明るい声が耳に入ってきた。
「華浦、お前本当に面倒くさい。弁当まで人に面倒見させるのやめてくれる?」
「ふわーぁ。智くん朝からお世話焼きさーん……」
「聞けよ。…っとにもう。どこの世界に忘れた弁当を幼なじみに届けさせる奴がいるんだか」
ここにいるじゃん。相変わらずテンプレな2人組である。面倒見のいい幼なじみ(男)に放おっておけない系幼なじみ(女)だ。普通、逆な気もするけど。いや、このパターンも有りなのか。そうすると、あれか。ただの幼なじみだと思っていた相手に、ドキッとさせられるあれこれがあっていつのまにか異性として意識していく……とかいう展開か。うーわーありがちー。私を巻き込まずにやってくださいね。
後ろから聞こえてきたやりとりに少し歩く速度を落として、軽く後ろを振り返る。珍しくくしゃりと寝ぐせづいた髪のままの項垂れた小柄な女子生徒と真っ白い髪にきっちりと制服を着込んだ男子生徒が、そのポーカーフェイスを少し崩して面倒臭げに並んで歩いている。
「冶田くん、朝からお疲れ様。おーい華浦ちゃん、起きてるー?」
近づくのを待って2人に声をかけると、項垂れていた頭が勢い良く上を向いてきょろきょろと周囲を見渡して、私に視線が向いた途端、眠たげな目がぱぁっと輝いた。
「夕ちゃんっ!おはようーっ」
「お早うございます、柳瀬さん」
「うん、おはよう華浦ちゃん、冶田くん」
にこにこと笑顔を見せる華浦ちゃんに対し、いつもの無表情に慇懃な敬語の冶田くん。幼なじみにだけ向ける崩れた口調。表情。彼の特別になるにはどうしたらいいの?ってか。じゃあライバルは華浦ちゃんかぁ。勝てないわー。瞬殺(物理)される。
「んー?夕ちゃんどしたの?なんか楽しそうだよ」
どうでもいいことを考えていたら彼女のハイポテンシャルがツボに入ってしまったらしい。ニヤつく口元を咄嗟に手で隠したものの、その動体視力からは逃れられなかった。下から不思議そうに覗き込まれる。まじぱねぇす。
「ん、2人共朝から仲いいな、って思って。微笑ましいなって思ってさ」
「「ええ……」」
「……少なくとも、僕の場合は望んでこの立場に立たされているわけじゃありませんので」
「ひっどーい!わたしだって一人で大丈夫だっていうのに智くんが勝手について来るんじゃん!」
「華浦、それ本気で言ってるの」
冶田くんの声が呆れ混じりのものから、鋭さを含んだそれに変わって私は思わず1歩引いてしまった。だめ。華浦ちゃん。そのまま衝動に任せて余計なことを口にしちゃ、
「当たり前っ!私のすることに一々突っかかってくるのは智くんでしょ!?もーいい加減やめてよ」
「……そう、ならわかった」
通学途中の生徒が行き交う往来で、華浦ちゃんは思い切り地雷を踏んだ。それに一瞬剣呑な色を瞳に載せた冶田くんは目を細めて幼なじみの彼女を見やって、言い捨てたまま足早に歩き去ってしまった。
「なに、あれ!いっつもいっつも文句ばっかり言ってさー。そんなに嫌ならいな…っむぐ」
「華浦ちゃん、落ち着いて。とりあえず歩こう?遅刻すると面倒だから。ね?」
あーあーあー。なんだこれ。また始まったぜ。華浦ちゃんは直情型だけどここまで考えなしに言葉を発する子じゃないはずだし、冶田くんだってこんなわがままじみた言葉、長年幼なじみをしていれば聞き流すことだって出来ただろう。なのに。
まだまだ言い募りたそうな華浦ちゃんの口を手で抑えて、その流れを苦々しく思いながらも先を促して一緒に学校へ向かう。うーうーと唸りながら不満げに頬を膨らませていた彼女に眉を下げて笑いかけるとしゅんとうなだれてからこくん、と頷いてくれた。
「うー……。夕ちゃーん、ごめんね。あんな事言うつもりなかったんだよ。なんか、口に出したら止まらなくなっちゃってぇ。智くんも怒っちゃったよ。夕ちゃんも、嫌な子だって思った、よね……?」
「ううん。朝でたまたまタイミングが悪かっただけでしょ?寝起きって頭鈍いしさ。大丈夫大丈夫」
うるうると瞳を滲ませる小動物系女子を放おっておけようか。否である。染められていないきれいな黒髪をポンポンと撫ぜてなんとか宥めて、行こう、と先を促して一緒に学校に向かう。
ありふれた日常にまで影響力を及ぼすとか、超迷惑。絶対、思い通りの展開なんかにさせてやらねー!とすっかりしょぼくれてしまった大切な友達の隣を歩きながら私は決意を新たにした。