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non color  作者: ととり
色と出会いと
15/22

公共の場は大切に

数学など、この世から滅びてしまうがいい!!!








私は思うのです。足し算、引き算。掛け算、割り算。それぐらいでいいじゃないと。

計算式の証明を、二次関数を、因数分解を。必要になる状況など、訪れやしない。努力はした。黒板を埋める謎の記号を、役割不明な数字の羅列を、どれだけ真剣に眺めてみたところで、理解出来やしなかったけれど。






所轄、進学校である。





うららかな日差しが心地よい今日この頃。幾分緩んだ頭のネジを締めることを怠っていたとして、だれがそれに気がつくだろう、咎め立てるだろう。つまり。





入学から早2週間。浮き立つ新入生たちの足が心もとなくも地面に着き出す月末時分。それは唐突に襲ってきた。









主要科目の学力確認テスト。黒板に踊るその簡素かつ重厚な文字に私の軟な精神はたやすく崩れ落ちた。


















ははは、と乾いた笑いを口に乗せて5枚のそれを見やった。




うすっぺらい。薄っぺらいものだ。私の価値はこんなもので決まってしまうのか。世知辛い、いきなりこんな辛酸をなめさせられるなんてっ……!ちなみに国語の成績はすこぶる良い。




5科目の成績と、クラス内、学内順位が記された成績表が手の中におとなしく伏せられている。恐ろしい。こんな紙切れ一枚が、今なにより恐ろしい。




「おっしゃ!思ったり良かったー。もーいきなりテストとかビビったけど逆に入試から時間立ってなくてよかったのかも」




「へぇー、え、すごいっ!日向くんて見た目そんななのに頭いいんだねっ!」



「見た目そんななのに!?」



「うわぁ……英語とか、こんな点数とったこと無いよー」



「えー?ってか、え、江南ちゃんやばっ!新聞とか読みそうにないのに、見た目詐欺じゃない?社会何この順位!」




「新聞読むよ!消費税増税に伴う社会保障対策とかすごく興味あるもん!」





「……あ、え?う、うん。そうなの…?」




「今後の政策次第では医療方面の負担も増えていきかねないしさー。難しいところだよね!」



「そ、そうだねー!はははっ……」






机の上に伸びた私の上を介して、華浦ちゃんと日向くんがキャッキャしているなぁと思っていたけれど、どちらも他人に気軽に見せられるような成績らしい。なんて羨ましい。ちょっと彼女の方は言ってることが途中からおかしな方向へシフトチェンジしている気がするけれど、私はもう学んだよ。華浦ちゃんに関しては、深く追求しちゃ、だめ。絶対。






とりあえず今後の制度改革について話題が進んでいく前にと、私はのろのろと体を椅子の背もたれまで引き上げた。




「お、柳瀬さん起きた」



「夕ちゃーん!見てみて、日向くんの成績表!英語96点だって!人は見た目によらないよねっ」



「さっきから江南ちゃんがさらっとひどい」



「……ん。」




つい、と戸惑いなく渡された2枚のそれを端から眺めてみる。




日向 晴登  総合順位   学年  228/980 位


江南 華浦  総合順位   学年  120/980 位




「……。」





無言でそっとそれを華浦ちゃんの机に戻して、私は握りしめて原型を失った自分の成績表を思い切り良く表へ返した。 





柳瀬 夕  総合順位   学年  382/980 位    

             

             数学  907/980 位








数学 クラス 40/40 位











「お見せできませんよ……」





ちらりと確認したそれを抱え込んで丸くなる私。



「え、柳瀬さん絶対頭いいでしょー」



「夕ちゃんに苦手なことなんてないよっ!」






胸に憎悪がよぎった。こいつら、何を言ってやがる。出会って1月未満で何が分かるっていうのさ。

ちらっと腕の隙間から見上げた2人の顔が明るくて澄み切っていたので、更に消耗してしまってしゅわしゅわと溶けていくかと思った。否、溶けていきたかった。






しっかりとしまい込んだその用紙には、私の秘密が隠されている。

























馬鹿で悪かったな!!!すいませんでしたねっ!!!










そんな鬱憤を晴らすべく、陸上部という絶好のストレス発散場所へ全速力で駈けていたのが、いけなかったのだ。




「柳瀬、さん?」




神経質そうでねちっこい声が、咎めるように、かすかな嫌悪を含んで向けられたものだから。急ブレーキを掛けて今まさに通りすぎようとしていた扉から出てきた中年男の前で立ち止まった。





うっはぁ、ついてない。





自分の運の無さを呪いつつ、はい、と返事を返すとそのおっさ……おっと、数学教師の中年野郎は、ハ◯ーポッ◯ーも真っ青な丸メガネをくいくいといじりながら(そのセンスどうなの)小脇に抱えていた底の浅い段ボール箱を無言で押し付けてきた。




「え、なんですかこれ」



「僕忙しいからね。体力が有り余っているようだから君、これを教材準備室に仕舞ってきて。これ、鍵だから。職員室に返しておいて」




「えぇ!?私これから部活なん」「僕、忙しいから」





人の言葉を途中で遮って、眉間に陰湿そうな皺を刻んだまま再び扉の中に消えたおっさんを唖然と見送ってしまったのだった。

























おねがいしますぐらい、言えやあああああああ!!!!!




教材準備室は、普通科1年生のクラスが並ぶ本館ではなく、図書室や美術室、技術室等の入った東館の4階にある。らしい。え?そんなこと新入生の私が分かるわけないよね。職員室まで行ってわざわざ校舎案内図をもらってきたんだよ!超二度手間!



やっとのことたどり着いたその部屋の扉を前に、乱暴に鍵をねじ込んでガチャガチャと回す。



「……ん?」






開かない。




いや、開いて、いた?







もう一度ぐるりと回すとカチリと音が鳴る。なんで、開いてるんだろう。まぁ、いっか。さっさとしまって部活行こう。もうやだ。





ぐずぐずと考え事をしながら周囲に気を払わずに、扉を開けて、何気なく室内に目をやって。重なる2つの影。すらりとした頭身の、黄色い髪をした男子生徒が、ウェーブがかったロングの、やたらとスカートの短い女子生徒と。






私は、冷静に手近な机に箱を置いて入ってきた扉をそっと閉めた。鍵も、閉めた。






ふぅ。仕事終わり。私は、なんにも、見ていない。背を扉につけて一息ついた。











どん!と背中が激しく揺れた。






『おい!!鍵閉めんなし!出れねぇじゃん!』





一生出てこなくてよし。





やれやれと何度も揺れる扉から背を離して、本館への階段へ向かおうとしたら目の前に壁がありました。






壁っていうか







「……兄さん?」








少しだけ着崩した制服は、毎日見慣れたもので。きょとんと瞬けば、見慣れた顔の主である兄も不思議そうに目を少し見開いて、首を傾けた。






「夕?なんでお前がここにいんの?」





『開けろってば。こんの…っ!ふざけんな!あーけーろー!』





背後の扉がガンガンと再びうるさく鳴り始めたので、私は顔をしかめてそれを振り返り指を指してみせた。




「数学のハ◯ーポッ◯ーにパシられて、荷物置きに来たんだよ」




「あー……」




納得したような、呆れたような声でぽりぽりと頭を掻いた兄さんは、災難だったな、といって私の頭に手を載せてくしゃくしゃといつもの様に撫ぜてくる。それが心地よくて目を細めた。



「んで、あれは?」



「ん?」




あれ、といって頭に乗せた手と反対の方で扉を指さしてみせる。私は満面の笑みで兄を見上げた。




「仕舞っておいた」



「……人間はしまっちゃダメだろ」



「でも、中にいる人はお取り込み中だったみたいだし」



「まぁ、だろうな」






だろうな?






その言葉を訝しんで首を傾げる私から手をのけて、兄さんはつかつかと扉の前まで歩み寄って、こん、と1回それを叩いた。





「一馬、お前このまま一晩頭冷やしとく?」




『あぁ?お前、陽か!?もーまじでありえねーって!女連れ込んでたらいきなり知らねぇ女子が入ってきてさぁ。鍵閉めるとか、普通ありえなくね!?頭おかしいぜあれまじで』




「そっか。お前、遠慮せずそこで寝ていけよ。な?」




『はあああああ!?ちょ、無理無理無理。てかなんで怒ってんの?』




「まぁまぁ。たまには学校で一晩過ごすのも、乙なもんだろ」




『陽こえーよ!なんでそんなマジきれてんの?俺なんかした?ごめんって!』






扉の向こうと表面上は笑顔で会話を交わす兄だが、目元が完全に笑っていない。このままじゃあ、いつまでたっても部活に行けそうにない。兄さんは静かに怒るし、結構執念深いのだ。正直、公然わいせつ物は仕舞って置きたかったけれど、時間も惜しくて、私は嫌々、鍵を差し込んだ。




「開いっ……たー!」



「ちっ」






ばーん!と勢い良く扉を開けて出てきた黄色い髪の男子生徒に向けて、兄さんが小さく舌打ちをして悠然と腕を組んで私の前に立った。





「もう、陽君酷すぎ!友達に意地悪するとか大人気ねーよ?」



「うっぜー」






超絶笑顔で吐き捨てる兄の顔が目に浮かぶ。開いたままの扉から、黄色男の脇を抜けて女子生徒が俯いたまま走り去っていった。




「…大概にしろよ、一馬」




「えーあっちから寄ってくるんだし?俺に言われても。……てか、後ろにいる子誰?」




ひょい、と身軽に覗きこまれて、ばっちりと目が合った。




「……あー!!!さっきの扉締めていったヤツ!」






この男。さっきから聞いていれば、一体何様なの。もやりと燻る感情を押し殺して、兄の背中に身を縮めるようにして、そいつを上目遣いに見上げてやる。あざといとか、言う事なかれ。処世術である。こんな面倒そうな男に絡まれる要素は減らしておきたいのだ。




「柳瀬 夕です。あの……陽が、兄がお世話になってます」



「むしろ俺が迷惑被ってる方だけどな」





兄が、をことさら強調して言い放つ。



すっぽりと猫をかぶる妹の様子にも慣れたものである。流し目をくれて、ぽんぽんと軽く頭を撫ぜられた。そんな兄の様子が珍しいのか、私と兄の間を黄色いのの視線が行ったり来たりとせわしなく往復している。





「ええっとー…。俺はね、陽の友達で、兵藤ひょうどう 一馬かずまっていうの」




「そうなんですね。じゃあ、私は部活があるので失礼しますね。兄さん、はいこれ」




「は?鍵……。あーはいはい。わかった、返しておいてやるよ」




「ありがと」




なるだけ清楚に、兄と親しげに見えるように、そっと微笑んで私はそこから背を向けた。



















ああ、嫌なものを見た。











誰にも見えないよう背けた顔は、きっと嫌悪で歪んでいる。そういう、対象として見られることがどうしても気持ち悪くなってしまったのは、もう大分前からのことだ。その可能性の芽を、真っ先に潰しておきたいほどに、耐え難い。









はやくはやくと急く足のままに、私はグラウンドまで足早に廊下を通り抜けた。

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