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non color  作者: ととり
色と出会いと
10/22

ただすらに、高く翔べ

重心を軸足かけて体を地面に引きつける。そこに集めた重力と自重を全て上へ上へと。ぐっと背中を反らして地面を力強く蹴った。この瞬間が好き。自分の境界線が一番曖昧になって、地面を歩くでもなく、空を飛ぶでもなく、ただひたすら高いところ目指して跳ぶ。






ここが最低ラインだ、と引かれたバーを飛び越えて背中からドサリと落下した。そのまま視界いっぱいに空が広がる。目を閉じた。マットに染みこんだ埃っぽい乾いた砂の匂い。春先のまだどこか冷たさを残す風が額にうっすらと浮かんだ汗を撫ぜて吹き去っていった。




「柳瀬165㎝、おっけー」





マネージャーに記録を読み上げられて、よいせ、と寝転がっていたマットから硬いグラウンドの地面に足をつける。





「ありがとうございましたっ」





軽く頭を下げて、順番待ちの部員の邪魔にならないよう横によけて息をついた。

陸上、走り高跳び。通称ハイジャン である。私は今、仮入部期間中の陸上部の練習に参加していた。







仮入部期間は3週間。期間内にいくつもの部活を覗くもよし、興味が有るものは体験入部するもよし、脇目もふらず目的の部活に初日から入部届を持ち込むもよし。







運動部・文化部合わせて50近い部活動・同好会が存在するこの学校では現在、新入部員獲得運動も激しく盛り上がりを見せている。





校舎内の連絡板はほぼ勧誘のチラシで埋め尽くされているし、休み時間に2,3年生の見知らぬ先輩方が教室に突撃して勧誘演説を披露していくことだってざらなのだ。最初こそ驚いていた私達も今では「こういうものなんだな」と生暖かい目でそれを日々見守ることを覚えた。








運動部強豪校が数多く存在するわが校であるから、スポーツ特待生も多い。そういう彼らは真っ先に入部届を出して本格的な練習に参加しているらしい。あるいは、特待生なんて肩書がなくても始めからそれを目的に入学した生徒も少なからずいるんだろう。






私はごく平凡な一般入試組だ。ただ漠然と、運動部にしようかなとは思っているけれど実のところまだ決めきれないでいた。バドミントン部、弓道部、バスケ部。あるいは文化部なら軽音部、吹奏楽、写真部……どれもピンと来ない。ひと通り回ってみて、辿り着いたのが今現在いるここである。







陸上部は毎年ブロック大会上位に食い込み、インターハイ出場まで漕ぎ着けた種目もある程の中々の強豪校らしい。今ひとつその凄さがわからないのは偏に私の陸上経験が浅さからだ。







経験者か初心者かと問われたなら、経験者になるのだと思う。多分。中学でも砂埃舞うグラウンドでただすらに高さを求めていた。中学も最終学年になってからのことで、経験は1年未満だけど。大会も出たこと無いけど。だから胸を張って経験者です、とも言えないし、そこまでこの競技への執着もない。ただ楽しいな、って思うだけ。それだけの底の浅い気持ちしか持っていない。





そんな中途半端な自分が選んでもいいものなのかって、迷う。失敗を繰り返さないか。また好きなものを失う結果にならないか。遠くない過去の記憶が足を重くしていた。














グラウンドから離れたコンクリートの地面にしゃがみこんでドリンクをあおる。快晴の下、走って跳んで投げて声を張り上げて。みんなキラキラしてる。日陰にいるせいか、まだ過去から離れられないでいるせいか。目の前の光景が酷く遠い。

それが眩しくて、私は目を眇めた。




「凄いのね、フォームがとても綺麗だった」


「へ?」




唐突に、さらりとなぜる風みたいな涼やかな声が耳を掠めて、間の抜けた声がでた。その出所を辿って振り返って思わず目を見張った。








あ、綺麗。透ける水色だ。遥か頭上の、空と同じ色。






当然だけど、初めは風に揺れるその髪に目を奪われて、暫くして儚げに笑んだ彼女に声を掛けられたんだって理解した。長めのボブカットが清楚で細いメタルフレームの奥の瞳が真っ直ぐに私を見つめている。




「えっと…?」




「あぁ、いきなりごめんなさい。貴方の跳躍姿勢が凄く印象的だったから、つい声をかけたくなってしまって。私は、小澄(こすみ) 香撫(かなで)。陸上部の1年マネージャー予定、かな 」





「なんだ、同級生かぁ。先輩に声かけられたかと思ってちょっと驚いた。えーと、柳瀬 夕です。陸部はー……まだ入るか未定だけど」




「そう、なの?あれだけ跳べるのに」





不思議そうに小首を傾げる小澄さんに、苦笑を返した。




「あれだけ、っていうか、大体あれぐらいで限界。高校生ならもっと跳べる人もたくさんいるんだろうしね」





「そうかしら。柳瀬さんの背面、まだ余裕があるように見えたけれど。もう10センチぐらいは楽にこなせそう」




「いや、無理。それはさすがに買い被り過ぎ」



「そうかしら」



「そうだよ」



「そうだとしても、きっとすぐに跳べるようになる」



「……だと、いいねぇ」



「なるわ、絶対」






確信と自信に満ちたその声音が、儚くて涼しげな風貌の彼女には全く似合っていなくて情熱的なその言葉がやけに強く響いた。





「跳べるかな」



「必ず、跳べるわ。だって」






羽根が生えて見えたのよ、貴方が跳んだとき。そう簡単に折れたりなんかしない。そう言って小澄さんはイメージ通りの控え目な笑みを顔に乗せた。







羽根。










は、羽根が










「くっ…」



「ど、どうしたの?」







耐えろ、自分。ここは笑いどころじゃない。

「羽根とかwww天使きたこれww」とか決して、決して口に出しちゃいけない。






震える腹筋。歪む口角。肩が小刻みに揺れるのを三角座りになって腕に顔を埋めて必死に隠した。





「大丈夫?具合わるいの?」






慌てて私の肩に手を添えて、もう片方でそろそれと背中をさすってくれる小澄さん。それに腕をヒラヒラと振って、精一杯真面目な声で「平気」と紡いだ。





ビックウェーブな発作をなんとかやり過ごして顔を起こす。心配そうに見つめてくる彼女にもう一度平気、と言ってグラウンドに目を向けた。






そこは相変わらずキラキラしているけれど、手が届かない場所じゃあない。だって私には走れる足があるし、折れない羽も生えてるらしいし。




ならば、また跳んでもいいかもしれない。なんて思ってしまった。




ただひたすらに、高く高く、飛ぶためだけに私の青春を捧げてやろうじゃないか。







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