浮気性の高校教師
隣に人が座った。
先程の男性がトイレから帰って来たのだろうと、ゆきは横目で隣の人物をみる。
「やぁ、ゆき」
隣に座った人は、ゆきが付き合ったことのあの高校教師だった。
「なんでいるんですか・・・」
噂をしたら、だ。ゆきが先程考えていた人物の一人が現れた。
「ゆきと話したくて」
「 そんな冗談は言わなくていいですよ。この前の銀行といい、なんでいるんですか?」
「実は、あっちに就職をしてね。今日は、職員旅行で東京に向かってるんだ。それより、ゆき。いきなり、連絡がつかなくなって悲しかったよ」
「そうなんですか」
ゆきが素っ気なく言ったら、高校教師は苦笑した。大人の余裕というのを、ゆきに見せつける。しかし、ゆきは知っていた。
この男が子供のような一面をかかえているということを。
この男は見た目と中身が異なる。
黒のショートカットで前髪は下ろさずに後ろにワックスで撫でつけている。高い鼻に、薄い唇、シルバーのフレームの眼鏡の中にある目は、二重だが細長い。常に流し目をしているような瞳だ。身長は高くて、中肉中背。クールな、品行方正そうな見た目。
しかし、中身は全然違う。
情熱的で、優しい。そして、性生活は乱れてまくっている。
ゆきは別れるきっかけとなった出来事を思い出す。
元々、男性不信気味のゆきは高校もあまり男子とか変わらないようにしてきていた。
必要最低限の会話しかしなかったのだ。
男子と関わって良い思いをしたことのないゆきは当然の行為だった。
高校1年の時に担任だったのが、彼だ。
面談の時に彼はゆきに聞いた。
「君は何で、男子と距離をとってるんだ?」
優しく、そして気遣いながら言う彼にゆきはトラウマの事を話した。
「それでも、トラウマを克服して、わたしは男子と関わったほうがいいんでしょうか?」
そういうゆきに彼は一緒に悩んでくれた。
その時の結論は、今は無理せずにゆっくり関わっていけば良い、というもの。
ゆきは教師にそう助言されて、ホッとした。
彼はそれからというもの、ゆきを気にかけてくれた。そんな優しい大人の彼に、ゆきは信頼するようになった。
男子生徒には見せることはない笑顔も彼には見せたし、二人きりになった時はたわいない会話をするようになった。
もうすぐ2年生に進級する3月のこと。
教材を運ぶのを手伝って二人きりになった際に彼から言われた。
「君が好きなんだ。付き合ってくれ」
いきなりのことで戸惑うゆきに慌てたように彼はまくしたてる。
「いや、今すぐの返事じゃなくていいんだ!ただ、君はこのまま、ずっと男性が嫌いで一人でいるわけでもいかないだろう?社会人になったら嫌でも関わらないといけなくなる。そうしたら、困るだろうし、私も君が好きになってしまった。試しに付き合ってみて、男性とそばにいることで克服してみたらどうだ?それから好きになってもらえたら、私も嬉しいし・・・」
必死に言う彼が可愛くて笑うゆき。
ゆきは承諾して、付き合うこととなった。
二人の恋人生活は、それはそれはほのぼのとしたものだった。
大切にしてくれていたのも、ゆきは感じていた。
しかし、高校3年生になって、崩れ始める。
友達に彼と付き合っていることを内緒にしているゆきは、友達からある話を聞く。
彼が女と歩いていた、と。もちろん、ゆきのことではない。
それだけなら、まだしも様々な噂を聞くようになる。
女の教師と歩いていた、モデルのような美女とホテルに入った、等と。
数え切れない目撃情報を入手する。
しかし、実際みたわけじゃないから・・・と不安は抱えつつゆきは普段通り、ほのぼのとした恋人生活を彼としていた。彼に問いつめるような真似はしたくなかった。
そして少し時が経ち、ゆきの大学受験が終わった。
第一希望である高校からも近い大学と、第二希望である地方の大学、二つとも合格していた。
その報告をするために、彼がいつもいる理科室に行く。
扉の前に立ったら、話し声が聞こえた。
「ほら、ご褒美だ。お尻を突き出しなさい」
彼の声だ。
まさか、と思いつつ、扉を少し開けて覗くゆき。
交わろうとしている彼と女の姿を見た。
衝撃的すぎて、その場を去ろうとした際に扉を軽く蹴って物音を出してしまった。
扉のほうをみた彼と目が合った。
ゆきは逃げた。
そして家について泣きながら考えた。
きっと私も浮気相手の一人なんだろう、と。浮気もなにも、彼とゆきとは手を繋いだり、軽くキスしたり、ぐらいしかしなかったが。
ゆきはそこまで考えて、やはり男とは相性が悪い、という結論に至った。
関係はないが、今まで関わった事件の犯人も全員男だった。これは、ただの逆恨みのような気もするが。
早速、縁を切ろうと、携帯を解約した。
友達と常に一緒に行動して、徹底的に彼を避けた。担任は別の教師だったので、話すことなく過ごすことができた。
そして、地方の大学に入学して、入学祝いに親に新しい携帯を買ってもらった。
それにしても、こんな偶然があるものなのか。
「ゆきとずっと話したくて・・・」
ゆきが考えていたら、高校教師がそう切り出した。
「本当に、そういうの、結構なんで」
ゆきが冷たく言うと、高校教師は焦り出す。
「いや、本当なんだ!私は付き合っていた誰よりもゆきのことを大事にしていたと思うし、今までで一番長く付き合えた大好きな女の子なんだ」
「そうなんですか。けど、あなたにはご褒美をもらうためにお尻を突き出しちゃうような女の子がお似合いだと思うので、私に関わらないでください」
「あんな女には興味なんてない!私は、ゆきが・・・」
「興味ない相手とあんな親密な事ができるんですね。私には理解できないです。価値観がきっと違うんですね。ということは、私とあなたとは合わないってことです」
「そんなことない!合わない相手と2年も付き合うことなんてできないよ。私は辛い時、ゆきとの優しい幸せだった生活を時々思い出すんだ。それだけで癒される。しかし、ゆきがそばにいないのが今度はつらくて・・・」
「私はあなたと・・・男の人と付き合ったことを後悔して反省するために時々思い出します。思い出すとつらいです。今は時々厄介なことに巻き込まれるけど幸せです」
「そんな・・・私と過ごした日々は幸せじゃなかったのか・・・?」
子供みたいにすがるような目で見てくるので、ゆきは苦笑した。
「幸せでしたよ。あなたは優しくて・・・温かくて・・・大切にされてるって勘違いしたくらいに」
「ゆき・・・私は本当に君が・・・」
「お!いたいた!なんでこんなところにいるんだよ。トイレから中々帰ってこなくて皆心配してるぞ」
ゆきと高校教師の会話に第三者の男の声が割って入った。
高校教師に話かけてきた。
「ああ、すみません。前の学校の生徒にあったものですから・・・」
同僚らしき人物に、高校教師は説明をする。
「先生。久しぶりにお会い出来て嬉しかったです。では」
ゆきは愛想笑いで高校教師にそう別れを切り出した。同僚がいる手前、そう切り出したら居座ることは難しいのを知っていての発言だ。
「ああ・・・またな」
名残惜しそうに去った高校教師にホッと息をついたゆきだった。
本を読む気分ではないため、ゆきは窓の景色を眺めることにした。
お節介な同僚の背中に舌打ちをする。久々にゆきと話すことができたのに邪魔されて、内心苛立っていた。
ゆきは付き合っていた時のように、彼を幸せにしてくれる笑顔は見せてはくれなかった。
しかし、話だけでも出来たのが彼には嬉しくて、ぽっかり空いていた穴が少しだけふさがったような気持ちになる。
彼はその容姿から、異性との交際は来るもの拒まず去る者追わず、だった。
来る女は色目を使ってくる。どんな真面目で大人しそうな女でも、彼が甘い言葉をささやけば容易く身を許した。女子高生も、だ。
しかし、ある女子生徒が気になった。彼女はいつも今にも消えてしまいそうな儚げな優しい雰囲気を纏っていた。そこに存在していたらいるのか分からないかもしれないが、いなかったら気づく。そんな不思議な存在感の彼女。普通の女子生徒と違い、広い視野ももっていて、そんなはずはないが様々な経験をしてきているような、落ちついた女子生徒だった。
彼女はどうやら男子生徒が苦手らしい、と観察していた彼は早々と気づいた。
面談で指摘をしたら、なるほど、中々のトラウマがあったようだった。
そこから、気にかけてあげるようになると、徐々に女子生徒が懐いてきている手応えを感じていた。しかし、色目をつかってくることはなく、彼も変に気をつかうことなく自然体で彼女と接することができた。
彼女は、彼の助言のとおりに、ゆっくりとささやかに男子生徒への苦手意識を克服しようとしていた。
それはいいことだ。
しかし、だ。自分しか気付いていなかった彼女の魅力を青臭いガキ共に知られたら、ガキ共の餌食になってしまうんではないか?男慣れしていない彼女は、食べられてしまうんではないか?そんな考えを彼は持つようになった。
彼女に彼は人生初めての告白をして、付き合うことになった。
彼女は愛の言葉を決して口には出さないが、愛を少しずつ育むような、そんな実感ができるような幸せな恋人生活を送ることができた。しかし、彼にはある問題があった。
性欲を抑えることが出来ないのである。
彼女との恋人生活はピュアすぎて、そういうのは高校を卒業したら、教えようと考えていた。
しかし、それまで彼はどうやって処理したらいいか。
彼女と会う前は言い寄ってくる女達と会って性欲を発散させることにした。
その日もだ。
彼女は合格したことを嬉しそうに高校教師に報告してくるだろう。自分にしか見せない優しくて可愛くて綺麗な笑顔で。その顔をみてしまったら、よからぬ思いになってしまうのは分かっている。
彼女と会う前に、理科室で言い寄ってきた女教師で発散することにした。
それを彼女に運悪く、見られてしまったのだ。
彼女を追いかけようとしたが、下半身は裸だった為に、パンツとスーツをきていたら見逃した。
電話してもメールしても、連絡が取れない。
そして、学校で探しても中々会えない。彼女は持ち前の存在感で、雲隠れしているようであった。
卒業式にはどうしても話したかったが、彼女は友人達に囲まれていて、話しかける隙がなかった。そして、彼女は学校から去った。
それからというもの、排他的になってしまった。機嫌を窺う女達の顔をみては、イラついて暴力を振るいたくなる。
やばい兆候であると自分で感じ、彼は彼女が入学した大学を彼女の3年の担任に聞き出した。
彼女の大学の周辺の高校に就職した。
そうして、偶然にも彼女を発見して、声をかける機会を伺いつつ後をついていったら、銀行強盗立てこもり事件に巻き込まれた。
無事に救出されて、警察による取り調べを受けたあとに、ゆきが警察署から出てきて声をかけた。
そしたら、彼の他に3人の男にゆきは声をかけられて、逃げた。
それからというもの、近くにいるはずなのに彼女と会うことはなかったが、こうやってまた再会できた。
変な男につかまる前になんとしてでも自分のモノにしなければならない。
もう彼は浮気はしない。
何故なら、ゆきが高校を卒業したからだ。
性行為について真っ白なゆきを、一から教えてやるのが自分だ、と彼は思っている。
彼はーー高校教師は、ゆきの儚げな雰囲気を思い出して、舌をペロリと舐めて笑った。