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聖霊使いへの道  作者: 雪月葉
セントルイナ大陸編――閑話
99/132

氷の心 前編

 十一月期も後半に差しかかり、そろそろ次の目的が固まって来た頃。ユクレステは未だに頭を悩ませていた。

 秘匿大陸の方は順調に進み、ゼリアリスの現代表、マイリエル・サン・ゼリアリスとの面会を取り付ける事が出来た。数日中にはゼリアリスへと向けて旅立つ事になるだろう。だがその前に片づけなければならない問題が一つある。

「と、言う訳でみんなに助けて欲しいんです……。いや、もうホント一人で考えるの無理」

 憔悴し切った様子で居間のソファに倒れ込むユクレステに、セイレーシアンは呆れたようにため息をついた。

「現れるなりいきなりどうしたの? 顔、凄い事になってるわよ?」

「目の下真っ黒ッスよ?」

「お坊っちゃん、お茶をお淹れしましょうか?」

 シャシャとミラヤも心配した表情をしている。二人に力無く笑みを浮かべ、うー、と呻く。

「コーヒーでお願い。……いやさ、ちょっと考え事してるんだけど、どうにも解決策が浮かばなくて夜も眠れないんだよ」

『考え事ねぇ。秘匿大陸のこと? それならマイリエルちゃんとの話し合いの場は取れたって言ってなかったっけ?』

「あー、そっちは多分大丈夫だと思う。ウォルフが行ったって言う遺跡になにかヒントがあると思うし、その許可も取れそうだし。問題なのは、その……わたくしめの至らなさが原因と言いますか……。あ、ミラヤありがと」

 ミラヤからカップを受け取り、なにも入れずにズズ、と一口。苦さに目が覚めたのか、片目を瞑りながら角砂糖に手を伸ばした。

 どうにも要領を得ないユクレステの言葉に首を傾げながら、ボーっとした眼差しでディーラが言った。

「ご主人が分からないのに僕やユゥミィが分かるとは思えないけど? 特にユゥミィ」

「むっ、なにやら聞き捨てならない事を言っただろう?」

「さあ? 気のせいじゃない?」

 小鳥サイズの魔刻鳥に菓子クズをやっていたユゥミィがジロリと睨みつけるが、そっぽを向いてやり過ごす。お腹がいっぱいになったのか、からあげはパタパタとディーラの肩に掴まり眠り初めた。

「あの……もしかして、アリスティア様のこと、ですか?」

「うぐ……正解。ミュウは本当に賢いよなぁ……俺もその十分の一でもあやかりたいものです」

 茶化している様子はない。本格的に参っているのか、力無くため息を吐き出した。

 言葉にするならば簡単なのだ。アリスティアと仲直りがしたい、そんな子供のような悩み。けれど、彼女の怒りっぷりから鑑みてただ謝っただけで許してくれるのか、確信が持てないでいた。最悪、余計に怒らせて契約解除、ともなれば目も当てられない。

「契約云々はこの際どうでも良いんだよ。ただこのまま関係が切れるのは寂しいし、個人的には仲良くしたいからさ」

『まあねぇ。アリスティア様、色々教えてくれたり力を貸してくれたりしたからこのままってのは、ちょっと寝覚め悪いかも』

 うーん、とアクアマリンの宝石から悩ましげな声が聞こえて来る。

 そんな中、アリィが隣に座るユゥミィへと質問した。

「ねえ、ユゥミィ。アリスティア様って精霊、女の子なの?」

「うん? 精霊だから厳密な雌雄はないはずだが……外見上はなんの変哲もない少女の姿だな」

「加えて言えば、精神の方も、かな? 長い年月生きてるだけあって博識で老成してるけど、割と普通。少なくともザラマンダーよりはよっぽどまともだよ」

 チラリと腕の赤い刺青を眺め、欠伸を噛み殺しながらディーラがそう言った。

 魔界に住む火の主精霊、ザラマンダー。強さこそ全てを地で行く性格で、魔界とこれ以上ないくらいに相性が良い。快楽主義とも呼べる彼女は、傍から見ればその性格は随分とズレたものだ。それと比べれば、アリスティアは比較的まともな性格をしていると言える。

 シルフィードの件もあるが、どうにも精霊にまともな性格をしているものがいるのか疑問になってしまう。

 そう言った精霊とは縁もゆかりもないアリィが彼女達の説明を聞き、一つ頷いてこう言った。

「つまりユクレさんは、女の子と仲直りしたいんだけど良い考えが浮かばないから他の女の子たちに助言を求めている訳ね?」

『わお、マスターがまるで最低の女誑しみたい!』

「撤回を! その発言の撤回を求めます! これ以上俺の評判を悪くしないで!」

「はいはい、ユクレの評判なんて今さらでしょうに」

 必死の訴えも素気無く聞き流され、消沈気味にコーヒーを啜る。

 セイレーシアンがアリィの言葉を聞き、でも、と言葉を続けた。

「割とアリィの言う事が正解なのかもしれないわね」

「えっ? 主が女誑しで最低と言う事がか?」

「ユゥ~ミィ~?」

「なんだ、主? 頭に腕を回しそのまま締め上げなぁああー!」

 ゆらりと立ち上がったユクレステがユゥミィの頭にヘッドロックを仕掛ける。それすら気にせず、ポンと手を合わせてミラヤが言った。

「つまり、精霊云々関係なく、お坊っちゃんには女性の扱いがなっていないと、そう言う訳ですか」

「端的に言ってしまえば、そうなるのよね」

「これだけ女を囲って今さら女の扱いどうこう言うのも間違っている気がするけどね」

「アリィ、貴女は男なのを忘れてないかしら?」

 シレっと自分も女の内に入れているアリィにツッコミを入れ、とにかく、とセイレーシアンが場を進める。

「それじゃあ皆。女の子への謝罪の仕方、教えてもらえるかしら?」



 ミラヤの解答。

「そんなもの簡単ですよ、お坊っちゃん。男ならばいついかなる時も正面から体一つで誠意を表せば良いのです。よって、このミラヤ、お坊っちゃんがアリスティア様を押し倒してしまえば万事解決すると判断します」


 シャシャの解答。

「きっとアリスティア様が起こっているのもイライラしてるのが原因ッス。一度イライラを発散させるべく、バトればいーんスよ!」


 ユゥミィの解答。

「物でつれば女なんて簡単簡単、と爺様が婆様にボコボコにされながら言っていたぞ」


 アリィの解答。

「女性って言うのは男の人の心からの言葉が聞きたいものよ。ウソ偽りのない、真っ直ぐな言葉。それを真剣に語れば、その精霊様だってユクレさんの事を分かってくれるんじゃないかしら?」


 四人の解答を耳に入れ、ユクレステは無言でアリィの側まで、彼の手を取った。

「おめでとう、君が女心ナンバーワンだ」

「お待ち下さいお坊っちゃん。それではまるで私達が男性よりも女心が分かっていないみたいではないですか」

「そうッス! なんかアリィちゃんに負けるのだけは納得いかないッス!」

「わ、私はあれだぞ? 爺様の言葉を言っただけであってこれが本気なんかじゃないんだぞ!?」

 選ばれなかった面々がなにやら不満顔だが、ユクレステは一切を無視して立ち上がった。

「そうだよな、あんな情けないことほざきまくってたのだって俺なんだし、今の俺を見せて伝えよう。乗り越えたなんて言えないけど、少しは前に進んでるんだって姿を見せないと、あいつだって安心してくれないよな?」

「ああっ、なんかまとめに入ってるッス! これこのまま強引に締める気でいるッスよ!?」

「流石はお坊っちゃん、私たちを一切無視する気ですね」

「じゃあ俺ちょっとアリスと話して来る! また後でな!」

「あー! 主ちょっと話を聞いて――」

 ユゥミィの言葉を扉を閉めて遮った。ユクレステは急ぎ杖を取りに戻ろうと階段を上ろうとして、

「ああ、ゆー。ちょっと良いかの?」

「リューナ?」

 玄関の入り口を開いて入って来たリューナが引き止めた。どうしたのかと問おうとして、その後ろにいる人物と目が合った。

「あら、もう立ち直っちゃったのぉ? つまんなぁい」

 その人物はエメラルドの髪を揺らし、とてもつまらなそうに頬を膨らませている。

「な、なんでシルフィードがここに!?」

 風の主精霊、シルフィード。それが本日の客人の姿であった。



 シルフィードが急に訪問してきた事により戸惑ってしまったが、良く考えれば様々な情報を持っているのが主精霊というものだ。杖を持ち出し、リューナの家へと移動してそこで話を聞く事にした。

「くふふぅ、リューナちゃんの淹れるお茶って美味しいから好きよぉ?」

「ほう、お主もようやく茶の味が分かるようになったかや?」

 仲が良さそうに笑い合う二人の女性に、一瞬だけ見とれるもすぐに意識を戻してシルフィードに視線を向ける。

「それで? 今日はなんの用だよ、シルフィード。言っておくけど、俺忙しいんだけど?」

「それはアリスちゃんとの仲直りのためぇ?」

「分かってるじゃん。そうだよ、だから早いとこあいつを呼び出して……」

 言葉の途中、遮るように手を上げてから言葉を出した。

「今日はそのアリスちゃんの事でゆっちゃんにお話することがあって来たのよ。だからほらぁ、そんなに邪険にしないでほしいわぁ」

 クスクスといつもの人をバカにしたような笑みを見せる。それなりに長い付き合いであるため、このくらいではそこまで苛立いらだつ事はない。それでも鬱陶しいと思わなくはないが。

「いや、シルフィードは邪険に扱うくらいがちょうど良いじゃろう? 自分の性格をよっく見直してみぃ」

「あら、それもそうねぇ。くふふ、一本取られちゃったぁ」

 前言撤回。やはりこの無意味なやり取りは少々頭に来る。

 ユクレステの考えを見通したようにシルフィードは笑いながら言った。

「あのね、今アリスちゃん凄く不機嫌なのよぉ。だからこんな所でアリスちゃん呼び出したら、本当に街一つ氷漬けにしちゃうかもしれないわぁ。くふふ、一応契約主だし、警告してあげる。感謝してねぇ?」

 サラリと言ってのけたが、こちらからすれば笑えない話だ。アリスティアの力ならば当然のように出来るだろうし、少しは感謝すべきなのかもと思案する。

「それはまあ、素直に感謝するけどさ……それだけを言うためにわざわざ来たのか?」

「まさか。もちろん、本題は別よぉ。ちょっとアリスちゃんの事でお願いしたい事があるのよぉ」

 コロコロと笑いながらの言葉に、疑問する。

「アリスの?」

「そうなのよぉ。ほら、あの子、今機嫌悪いって言ったじゃない? それがちょっと度を越えているのよねぇ。まあ、いつも不機嫌そうな顔はしてるんだけど。まさか顔出しに行って有無を言わずに氷漬けにされるとは思わなかったわぁ」

 それは先日のことだった。アリスティアの様子を見に行った際に彼女の神殿へと足を踏み入れたのだが、警告もなく一瞬で凍らされたのだ。その後無造作に崖から放られた。精霊でなかったら死んでたわぁ、と笑っているが、ただの人間であるユクレステがそれを喰らえば割と致命傷である。一度氷漬けにされはしたが、あの時は試練と言う事で一応死なない程度には調整されていたはずだ。

「そこまで精霊を怒らせるとはのぅ。……ゆー、お主本当になにをやったのじゃ?」

「うぇ!? い、いや確かにヘタレ発言はしたけど……」

「んー、あの子が起こってる理由、別にゆっちゃんの事だけじゃないと思うからそんなに気にしないで良いと思うわよぉ?」

 珍しくフォローするようにシルフィードがポツリと呟いた。

「え、でも俺が情けない事言ったから怒ったんじゃないのか?」

「それが三割、残りは……あの子自身が原因なのよ」

「アリスが原因? どういう事だ?」

 ユクレステの問いに、難しい顔をして一しきり唸る。言って良いのか考えているようだ。

 アリスティアが原因であるならば、彼女について深く話さなければならない。それを彼女の許し無しに話したとすれば、怒りの矛先がシルフィードに来てしまう可能性が出て来る。主精霊であるため死ぬようなことはないのだが、もうあんな寒いのは勘弁願いたいのだ。

「氷だけに、もうこぉりごり、なんちゃって」

「は?」

 今なにか聞こえたような気がしたが。

「こほん。えぇと、まあゆっちゃんアリスちゃんに好かれてるしぃ、特別に教えてあげるわねぇ?」

「はぁ」

 先の一言を無かったことにして、シルフィードは咳払いを一つして語り出した。


「まず大前提として、精霊が長寿だって言うのは知っているでしょう?」

 シルフィードの問いにコクリと頷く。

 人間とは比べるべくもないが、他の魔物よりも格段に長い年月を生きるのが精霊と言う種だ。特に主精霊などは本当に途方もない時間を過ごしている。目の前にいるシルフィードもその一人であり、年齢に換算すれば一体いくつになるのか想像も出来ない。

「主精霊ともなれば五千~一万が一般的かのう。大樹の精霊、ユグディアなどは創世の時代より大地に根を張っているとの噂もある」

「あの子はまた特別よぉ。……で、まあアリスちゃんはその中でも特別若い主精霊なの。最年少は間違いなくオームちゃんだろうけど、その次くらいには若い子よぉ?」

 雷の主精霊、オームは主精霊として生まれたのが僅か数カ月前だ。まだ一歳にもなっていないと言える。

 それに対し、氷の主精霊、アリスティアはと言えば……。

「三百年。それがアリスちゃんがこの世界に生まれてからの年数なの」

 つまり、アリスティアは三百歳と言う事だ。人間から見れば長いかもしれないが、千年単位で生きる主精霊からすればそれは確かに若いと言えるだろう。

「ふぅん、じゃああの外見が素の姿なのか? 戦う時は大人の姿になってたけど」

「うーん、その辺りは精霊にとって曖昧だからねぇ? 外見なんて簡単に変えられるし。ほら」

 そう言って指先を上に上げ、風を呼ぶ。一瞬の後には、美女の姿が五歳前後の幼女のそれへと変わっていた。

「うぉ、縮んだ!?」

「くふふ、こんな感じにねぇ? だから小さいか大きいかは精霊にとってあんまり関係ないんだけど、でもあえて言うなら最初に顕現した姿を普段の姿にするかしらね?」

 可愛らしく首を傾げて移動するシルフィードの言葉に頷く。

「ふーん……って、こっち来るなよ」

「あらぁ、良いじゃない。だって貴方、ロリコンなんでしょう? ねっ、お兄ぃちゃん?」

「違う! また変な噂が立つからやめて下さい本当に!」

 膝に座って来た幼女に吠えながら、リューナへパスする。

「もう、乱暴ねぇ」

「うっさい、性悪精霊。……で、アリスが若いってのは分かったけど、それがあいつが怒るのとなんの関係があるんだよ?」

 ズレて来た話題を修正し、シルフィードへと視線を向けた。

「そうねぇ。ここでちょっと話題を変えるわねぇ? 主精霊って言うのはどうやって生まれるか知ってるかしらぁ?」

「詳しくは知らないけど、自然に発生したり魔物が精霊になったりするってのは習った。色々と疑問はあるけどな」

 本当に自然発生するのかという疑問。魔物ではないはずの、機械人形が精霊化している事例もある。学園で習った事が正解ではないと考えながら、彼女の答えを待った。

「そうねぇ、一般的に人間に伝わっている答えでは正解なんでしょうけど、実際は全然違うわぁ。まず前者の場合、精霊ならば自然発生する可能性はあるけれど、主精霊が自然に生まれるには特定の条件が必要なの」

「条件?」

 首を傾げる動作にくふふ、と笑みを見せる。

「そうよぉ。その条件と言うのが――信仰。これは人であれ魔物であれ、とにかく精霊信仰を行っている地域において主精霊は生まれ易いわぁ。とは言っても、確率からすれば極々少ないのだけれど。ちなみに私はそっちの精霊」

 自分を指差し、ニッコリと笑う。シルフィードの話を聞き、確かにシンイスト地方ではシルフィードを信仰している人は多かった。もしかしたら、クリストの氷の主精霊(アリスティア)も同じなのだろうか。

「そっちは少し違うのよねぇ。順序が逆だから」

「逆?」

「そ、逆。それよりもさっきの後者の方。これはオームちゃんの事ね。神殿を生み出し、そこで自身の肉体を高位のものへと置き換える。それが精霊への転生。その中でもさらに力のある者が主精霊へと至れるわぁ。別にこれ、魔物じゃなくても良いのよ。魔が満ちた存在であれば、精霊になれる可能性はあるのよねぇ」

 魔が満ちた、つまり魔力を持つ者という意味だろう。それならば確かに人間にも精霊となれる可能性はありそうだが、実際に精霊に変化したと言う話は聞いた事がない。そう言った話が伝わっていないのか、それともそこまで至れるような者が存在しないのか。

 思考の途中でそれらを切り捨て、話の続きに耳を傾けた。

「で、ここからが本番。本来、主精霊の誕生の仕方は先の二つが主なんだけど、もう一つだけ例外があるのよぉ。ゆっちゃん、それがなにか分かるぅ?」

 突然に話を振られ、若干混乱する。だがすぐに思考を割き、シルフィードの問題を考え始めた。

「ふむ、もしやそれは、氷の主精霊が生まれた時期に起因するのかの?」

「あら、リューナちゃんほもう分かったのぉ? 流石浮浪龍ねぇ」

浮浪ふろうではない、流浪るろうじゃ。浮浪龍では一気に格が下がった気分になるのじゃが」

 二人が言い争っているが、気になったのはリューナの言葉だ。アリスティアの生まれた時期。今より三百年前だったか。その頃と言えば、ユクレステが一番興味を示している次期ではないか。

「もしかして、聖霊使いが関係しているのか?」

 むしろそれは確信だ。主精霊が生まれ、その時期に聖霊使いがいる。となれば、答えは自然と限られる。

「正解よぉ」

 シルフィードの答えは、もちろんイエス。

「さらに補足するならば、聖霊使いだけではなく聖霊も関わっているのよねぇ。あの頃にはもう聖霊と契約していたし」

 聖霊、ディエ・アース。この世界と同じ名を冠する神の名だ。聖霊使いはその聖霊と契約し、伝説にまでなった。しかし聖霊についての情報はなにも伝わっていない。どこにいるのか、どのように契約するのか。それが分からないため、ユクレステには目通りすら叶わないのだ。

 だが今はそれよりもアリスティアについてだ。シルフィードがお伽噺を披露するように、静かな声を響かせる。

「昔々、リーンセラ国は万年の氷河に覆われた不毛な土地でした。そのため資源を得ようと様々な場所に兵を向かわせ、セントルイナ大陸で争いが絶えません。そこへ現れたのが、今日こんにちで聖霊使いと呼ばれる人物でした。聖霊使いは圧倒的な力で以て戦争を鎮め、聖霊と共にリーンセラの氷河を溶かしました。溶けた氷は大地を潤し、一転して肥沃の土地となったのでした。めでたしめでたし」

「聖霊使いの行った偉業の一つか。有名な話だよな」

 一気に語り終え、今度はニッコリと言う。

「この時にやったのが、主精霊を生み出し氷河をコントロールするって言う方法なのよぉ。一度生み出してしまえば後はその土地に住む者達に精霊信仰を伝え、精霊を維持する。それによって、永遠に氷河に埋もれた土地は甦ったという訳ね。これがさっき逆だって言った理由」

「ふむ、と言うと、氷の主精霊はその時に生まれたという訳か」

「ええ、そうよぉ。だからあの子は若く、幼い。精霊としての仕事を重視する堅物ちゃんになった訳ね。まあ、生まれが生まれだから仕方ないのだけど。ザラマンダーは力こそ全てって言う気質が魔界の子達に受けて移住しちゃって、余計に活性化しちゃったような感じだからねぇ。困った子よね」

 やれやれと首を振る幼女シルフィード。どうやら彼女もザラマンダーには苦労させられていたのだろう。おまえが言うな、ではあるのだが。

「そんな生まれのアリスちゃんがゆっちゃんに対しては特別な感情を抱いているって言うのはね。忘れられないんでしょうね、あの子を生みだした者達の事が」

「……そうか。聖霊使いを夢見るゆーの姿を、どこかで重ねてしまったと言うわけじゃな?」

「…………」

 リューナの言葉に、少しだけ納得した。秘匿大陸を目指すと言ったユクレステに対するあの寂しげな瞳にはそんな理由があったのだと。

「あの子が今抱えているのは、貴方への若干の苛立ちと、たくさんの自己嫌悪なんでしょうねぇ」

 そうして呟いたシルフィードの瞳には、子を見守るような優しさが浮かんでいた。

少し長くなったので分けます。

後編は夜に更新予定です。

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