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聖霊使いへの道  作者: 雪月葉
セントルイナ大陸編――閑話
97/132

ダーゲシュテンの日常 Ⅰ

 ディーラの場合


「はあ? 未確認の魔物がいる?」

 朝、朝食を取っていた所にシュミアがそんな話題を提供してきた。

「そのようです。エスト山の山頂付近に巨大な影が映ったと、街の子供達が話していました」

 エスト山とはダーゲシュテンから近い場所にある標高の低い山のことだ。子供達の遠足コースになっていたりと、この街に住んでいれば赴く事の多い場所である。

 そんな場所に未確認の魔物が出たとなれば、確かに危険だろう。考える中、ユクレステはチラリと一人の女性に視線を向けた。

「……一応聞いておくけどさ、リューナじゃないよな、それ」

「そんなはずがなかろう」

「いやほら、前科があるし」

 リューナと出会ったのがエスト山だったので気になっての質問だ。疑われたのが気に入らなかったのか、ムッとした着物美人の視線から逃れるように目を泳がせる。

「で、巨大って言うのはどれだけ大きかったの?」

「なんでも翼竜ワイバーンよりも大きいそうです。複数人からの証言ですので、間違いないかと」

 セイレーシアンの質問に答え、シュミアはユクレステの前に紅茶を置く。それをズズと飲みながら、声をあげた。

「そんなに大きいならもっと前から噂になってそうだけど……調べてみた方が良いかな?」

「はい。旦那様も気にしてらしたようで……是非お願いしたいのですが」

 シュミアの頼みと言うのも珍しいもので、ユクレステはすぐに頷いてみせる。それに追従するような形でセイレーシアンとシャシャが手を上げた。

「なるほどね。そう言う事なら私も一緒に――」

「シャシャも一緒に――」

「お二方は結構です。この後はお裁縫のお勉強がありますので」

『いやぁあ~!』

 仲良く頭を抱える二人の少女。ここ数日で随分と仲良くなったようだ。

 ユクレステは苦笑しながら、だれを一緒に連れていくかを考えていた。


「良し、ここから相手のテリトリーだ。気合入れていくぞ!」

 歩いて三十分足らずのエスト山に辿り着き、ユクレステは気合を入れて仲間へと振り向く。

「おー」

 若干一名の声しか返って来ない。それもそのはず、今この場にいるのはユクレステを除いてディーラだけなのだ。

 シャシャとセイレーシアンは先述の通りお勉強中。ミュウはミラヤに色々と教えて貰っているらしい。マリンはちょっと里帰りしてくる、と言って海に帰って行ったし、ユゥミィはアリィと一緒になにかを作製中だ。

 暇だったのは、日がな一日屋敷の屋根で日向ぼっこしながら寝ているディーラだけ。

「ご主人?」

「あ、いや。うん、とりあえず一応警戒して行こうか。この辺りだからそんなに大した魔物がいるとは思えないけど、念のためな」

 眠たそうな目のディーラを見ているとこちらの上目蓋と下目蓋がくっ付きそうになる。

 とにかく眠気を振り払うように歩き出した。


 エスト山の登山道はきちんと整備されており、ちょっとしたハイキングコースになっている。魔物もたまに山道に迷い出て来る弱い魔物ばかりで、ちょっと破砕ブラストで脅かしてやれば逃げていくくらいだ。ディーラにとってみれば暇で暇で仕方が無いだろう。

「懐かしいなぁ。子供の頃は良くここら辺に遊びに来てたもんだよ」

「一人で? ご主人、友達いなかったの?」

「うっ……ま、まあほら、昔から変な子って言われててな。いや、俺のどこが変なのかさっぱり分からないけど」

「いやいや、割と普通じゃないよね、ご主人って。つまりぼっちだった訳だ」

「ぼっち言うな」

 その割には、中々楽しそうにしているようだ。ユクレステとの会話も弾み、笑みも浮かんでいる。

 と、そこで彼女の視線が上を向いた。

「……」

「ディーラ? どうかしたのか?」

「ああうん、なんか知った魔力を感じたような……気のせいかな?」

 つられるようにディーラの見つめる先に視線を向けてみる。青い空と白い雲が見えるだけで、なんの変化もない。

「魔物か?」

「多分、そうだね。この辺りには似つかわしくない濃密な魔力が流れてる……。ちょっと気をつけた方が良いかも」

「そうか……分かった、注意して先に進もう」

 眠たげな瞳のままにそんな事を口にする。杖を握る手に自然と力を込めて、ユクレステ達は山道をさらに登って行った。


 辿り着いた山頂。普段ならば休憩小屋にベンチが置かれているはずの場所だ。

「これは……」

「巣、かな?」

 今はそこに、木々を使った大きな鳥の巣と思しきものが出来上がっている。大きさだけでもその辺の民家よりも大きそうだ。

「確かにこんな巣に住んでるんならデカイだろうけど……にしても変だな。この辺でこんな大きな魔物なんて見た事ないけど……」

「……」

 考え込むユクレステをしり目に、ディーラは巣をペタペタと触っている。やがてなにかを思い出したのか、声を上げた。

「ご主人、多分なんだけど……ご主人?」

 おぼろげながらここに出現する魔物について思い至ったのか、ユクレステへと振り返る。しかしそこにユクレステはいない。

 キョロキョロと当たりを見回し、最後に上を向く。

「あっ」

 ここよりも上空。そこにユクレステはいた。巨大な鳥の魔物に捕まりながら。

「ディーラー! ヘルプー!」

「ああ、もう。ご主人はなんでそうすぐに面白い状況に陥るかな」

 ぶつくさと文句を言いながらも、口の端を綻ばせてディーラは空へと上昇した。


 鳥の魔物の足に掴まれたユクレステは、若干青い顔をして自分をさらった鳥を睨みつけていた。杖を向けようにも激しく動くために上手く狙いをつけられず、落ちないようにするのに必死だ。

 そもそも、鳥の魔物と聞いていた時点で嫌な予感はしていたのだ。ユクレステは昔からなぜか鳥に嫌われている。それはもう、ヒヨコから鳥型の魔物に至るまで全てに。相性が良くないんだと自分で言い聞かせる程度には嫌われていた。

 こうして捕らえられ、空中でのアクロバット飛行も、嫌がらせの一環なのだろう。現にあの鳥、チラリとこちらを見ては鼻で笑っている。その度に怒りに手が震えてしまう。

「おい! とっとと放せよ! 丸焼きにして食っちまうぞ!? それともフライにされたいか!」

 残念ながら出来る事など罵詈雑言を飛ばす事だけだ。うるさそうにため息を吐き、鳥は面倒臭そうにパッと足を開いた。

「えっ?」

 そうすれば掴まれているユクレステが落ちるのは当然であり、崖から石を投げ落すかのように自由落下を開始する。

「うわぁああー!?」

 頭から落下する中、鳥の全身を視界に入れた。黒と茶色の羽毛の、巨大過ぎる鳥。スラリと細いクチバシに片方の羽を当てて笑っている姿に殺意が芽生える。

 なんとかしようと体勢を整え――そこへ声が掛けられた。

「ご主人、平気?」

 ディーラの眠たげな声と同時に、ガクンと衝撃が走る。

「ディ、ディーラか? ……た、助かった……ありがと」

「どーいたしまして」

 背中から抱きつかれるように持ち上げられていた。ユクレステ一人の体重を軽く持ち上げながら、ディーラは鳥の魔物へと視線を向けている。

「やっぱり。魔刻鳥だ。こっちの世界にもいたんだ」

「ま、魔刻鳥? なんだそれ……あ、いや待てよ。どっかで聞いた事のある名前だな、それ」

「魔界に生息している鳥の魔物。変だね。魔界にしかいないはずなんだけど……」

 その説明にようやく思い出した。以前に読んだ事のある、魔界探検漫遊記に書かれていた名だ。

 再度視線を魔刻鳥へと向け、ユクレステが首を傾げた。

「あんなのこの辺じゃ見た事も聞いた事もなかったぞ? 魔界の魔物ってそんな簡単にこっちに来れるのか?」

「そんなはずないよ。僕だってこっちに来るのにかなり苦労したんだから。……あ」

 この場に来た時の事を思い出していたディーラが、ふと零した小さな一言。それが気になったのか、恐る恐る尋ねる。

「……ディーラさん? 今の、あ、って?」

「や、もしかしてなんだけど……魔刻鳥って自分の体の大きさをある程度変えられるんだよね。で、僕がこっちに来た時確か小鳥が近くにいたよーな?」

 可愛らしく小首を傾げるディーラ。

「えっと、つまり……ディーラについて魔界から来ちゃったって事か?」

「多分」

 あっさりと頷く悪魔の少女に、ユクレステはガックリと項垂れる。結局、自分の仲間が厄介事を呼んでしまっただけのようだ。それならば事態の収拾は彼らが行わなければならないだろう。

「しゃーない。なんとかあいつを大人しくさせるぞ。……なんかひどく怒ってらっしゃるけど」

「あー、ご主人を助けたのがそんなに気に食わなかったのかな? 嫌われてるね、ご主人」

「鳥にはなんでか嫌われるんだよ、俺」

 話をしていると突然甲高い鳴き声を上げて突撃して来る魔刻鳥。げっ、と思わず呻くユクレステとは反対に、ディーラは落ち着いた様子で言う。

「あ、来た。ご主人、ちょっと掴まってて」

「掴まるって……どこに?」

「どこでも良いよ。両手が使いたいから」

「えー、じゃあここで」

 どこでも良いと言われても困るのだが。

 少し悩みながらも腰の辺りに抱きついた。ミラヤチョイスの上等な布の手触りに頬を押し付ける。

 両手が自由になったディーラは魔力を集中させて魔法陣を作り出した。

紅蓮腕ぐれんかいな……」

 ポツリと呟き、その間にも近づく魔刻鳥に狙いを定める。

「────!」

「落ちろ」

 ゴガン、と巨腕を振り下ろし、魔刻鳥を真下へ叩きつけた。

「ん、ぶい」

「うわぁ、瞬殺」

「そこまで強い魔物でもないからね」

 自分の巣に頭から突っ込み、ピクピクと痙攣けいれんしている。どうやら死んではいないようだ。

 さてこれからどうするか。悩むユクレステと、抱きつかれてご満悦の様子のディーラが魔刻鳥を見下ろしていた。


 それから二日後。ダーゲシュテンの屋敷には元気に飛び回る小鳥の姿があった。黒と茶の羽毛に、細長いクチバシ。キリッとした表情も今ではほんわかとした緩いものになっており、体はなぜか丸っこい。見ようによってはボールに羽が生えたようなものだ。

 その鳥がディーラに付いて回っており、日向ぼっこをしている彼女の周りをクルクルと飛んでいる。

「それで結局、あの鳥はなにをしているのじゃ?」

「いや、魔界の習性らしいぞ。自分より強者には逆らわない、っての。あいつも被害者みたいなものだからさ、あんまり物騒な目には合わせたくないし、ディーラの言う事聞くんならちょうど良いかなって」

 その様子を庭先から見ていたユクレステとリューナ。

 特に悪さをした訳でもないのに処分はしたくないと思っていたところ、自分から体を小さくしてディーラに跪いたのが魔刻鳥だ。それならうちで面倒見てやるかと連れて帰った訳である。

 彼女の(メスだったらしい)話を聞いた所、知らない間にこの世界に来ていて、周りは凄まじい雷のせいで身動きが取れず、雷が止んでからふらふらとさ迷っていると人間の軍勢に出くわし追い立てられ、特に強い金髪の少女に一蹴されて泣きながらここまで逃げて来たらしい。ようやく落ち着いて巣を作っていたらユクレステ達に襲撃され、現在に至るそうだ。

 百人分の焼き鳥にでもしてやろうかと考えていたユクレステでも、流石にその話を聞いては同情してしまった。

 なぜかディーラの命令には聞くし、やって来たその日にリューナ達の力を叩き込んだのでこの場で暴れるような事はもうしないだろう。

 難点があるとすれば、それは一つ。

「ピー!」

「あっ」

 ベチャ、とユクレステの頭に白いフンが落ちて来た。ブラウンの髪にベットリと張り付く。

「……てめぇ!」

「ピーヒョロロ!」

 まるでバカにしているように鳴くとすぐに飛んで行った。

 なぜかユクレステにだけは絶対に懐かないのだ。力云々は恐らく関係なく、ただ単純に嫌っているだけだとディーラは言う。

 ハンカチで頭を拭うが、やたらと粘着力が強く上手く取れない。これは水で洗った方が良いだろう。

「と言う訳で悪い、ちょっと洗面所行って来る」

「ん、行っておいで。そうじゃ。ゆー、あの子の名前はなんと言うんじゃったか?」

 屋敷へと戻って行くユクレステにそう尋ね、間髪入れずに言葉が返って来た。

「カラアゲ」

 なんと言うか。

「私怨ありまくりじゃな」

 そんな訳で、魔刻鳥のカラアゲがペットになりました。



 ユゥミィの場合


 ダーゲシュテンの街、自由市場。王都ルイーナよりはずっと規模は小さいが、小さな店先に自分で拵えた商品を並べた自由市が今日も開催されていた。午前中は魔法学校の子供達に勉強を教えていたユクレステだったが、昼からは暇になってしまい、せっかくだからと自由市を見に来たのだ。

「おっ?」

 そこで見かけたのは、木箱を並べた簡素な店に所狭しと置かれたぬいぐるみの山だった。

「いらっしゃい、ダーリン。ダーリンには特別価格で私をお売り致しますわ」

「……特別価格って?」

「もちろん……あなたのは、ぁ、と」

「ごめん今持ち合せてないや」

 屋台の主であろう少女――いや少年、アリィ。彼をいつものように軽くあしらいながら、店の隅で会話を続ける。

「こっちでもやってたんだ、ぬいぐるみ屋」

「ええ、ちょうど自由市が開催されるってミラヤさんから聞かされたから。アリィのぬいぐるみ店、ダーゲシュテン支店を開いてみたの。売れ行きは上々よ」

 チラリと見れば、様々な魔物のぬいぐるみが並んでいる。その内の半分がブラウンの髪の魔法使いのぬいぐるみのようだが、果たしてこれの売れ行きはどうなのだろうか。流石に面と向かって聞くのははばかられた。

 ふと、さらにその横へ視線を向ければ、木で作られた精巧なアクセサリーが並べられている。

「これは……」

 アリィが作るものとは違う意匠のそれに惹かれ、そっと手を取った。どこか温もりがあり、見知った風のそれは、確かミュウも持っていたはずだ。製作者は確か……。

「アリィ、追加の品を持って来たぞ。……でも本当にこんなに売れるのか?」

「ええ、もちろんよ。もう結構の数が売れてるのだから、自信を持ちなさい」

 店の裏側から現れた褐色の肌と若草色の髪を持った少女が小さな箱に入った品を店先に置いた。中には小さな木のアクセサリーが入っており、少女は不安そうに顔を上げる。

「……え」

「あ、そっか。これユゥミィが作ってるんだ」

 納得したように頷くユクレステと、体を硬直させるダークエルフの少女、ユゥミィ。それからパクパクと口を開閉し、助けを求めるようにアリィへと視線を向けた。

「別に恥ずかしがるような事でもないでしょうに」

 ふぅ、とため息を吐き、手をユゥミィへと向けてニコリと微笑んだ。

「あ、あ、主? ち、違うのだ! 私は、その……」

「マイダーリン、ちょっと彼女を借りてるわ。彼女の芸術の腕、そのままにしておくには惜しいから」

「アリィ!?」

 なぜか慌てふためくユゥミィの姿に、ユクレステは首を傾げていた。


 海の見えるレストランで優雅で素敵なランチを、とアリィに頼まれ、この辺りでも有名な店での昼食となった。有名、とは言ってもしょせんは一地方の店なため、彼の望むような雰囲気には遠く及ばないだろう。それでも満足したのか、ニコニコとして笑みでパエリアを口に運んでいた。

「中々美味しいわね、ここのパエリア。魚介も新鮮だし、デートには良いわ」

「デートではない! そもそも二人っきりでもないだろう!」

「あら、ユゥミィいたの? せっかくのデートなのだから気を使って欲しかったのだけど……」

「だからデートじゃない!」

 ドン、とテーブルを叩きながらバゲットに齧りつくユゥミィ。仲が良いのか悪いのか分からない二人を眺めながら、ユクレステは質問する。

「それで結局、ユゥミィが最近アリィとつるんでるのは今日の日のためだったのか? あのアクセサリーを作るため?」

 先ほどまでユクレステも彼女達の店の手伝いをしていた。ぬいぐるみもアクセサリーも、中々の売れ行きだった。

 ……魔法使い人形も半分以上が売れていて、嬉しいようなそうでないような、微妙な気持ちである。

「あら、ユクレさんってば嫉妬しているのかしら? 大丈夫、私の心はあなただけのものだから」

「んな!? そ、そうなのか主! ……ん? いや、アリィは男のはずだから……あれ?」

「はいはい、ありがとうございました。で、ユゥミィ、落ち着け。頭から煙出てるぞ?」

「もう、ダーリンってばイケずね」

 素気無く返されたのが不満なのか、アリィは頬を膨らませてそっぽを向く。ユゥミィの額にお冷を押し当てた。

「あれはちょっと違うわ。確かにユゥミィを自由市に誘ったのは私だけど、本当はまた別の事を頼みたくてね? だってユゥミィ、芸術家としての才能があるんだもの。それを埋めておくには惜しいのよ」

 アリィの言葉にユクレステも頷いた。クリストの街でも見たが、彼女は芸術家としての才能がある。その道に進めば、いずれは大成するだろう。……同時に芸人資質なのが足を引っ張っているのかもしれないが。

「ん? 主、今変なことを考えなかったか?」

「気のせいだろう」

 軽くいなし、疑問する。

「じゃあ他に頼んだ事ってなんなんだ?」

「あら、聞きたい?」

「え、まあ……」

「なら、この後少し時間良いかしら? 面白いものを見せてあげるわ」

 その瞬間、アリィの瞳がキラリと光ったような気がした。余計なことを言ってしまったかもしれない。スパゲティを啜る手を止め、嫌な予感に顔をしかめるのだった。


「さあ、ここよ」

 案内されたのはダーゲシュテンの屋敷でアリィが使用している一室だった。物置としての部屋を急遽使えるようにしたため、少し手狭な部屋だ。

「これが最近私が作るのにハマっているものよ」

「えっ……なんかどこかで見たような顔なんですが」

 その部屋の机の上にある物を指差しながら、得意気に笑っている。ユゥミィはどこか赤い顔をしており、恥ずかしそうだ。

 そこにあったのは、ユクレステの姿形をした彫像のようなものだった。不敵な笑みを貼り付け、杖を振り上げているポーズのそれ。ローブや服などの衣装も本物と変わらない。

「フィギュアって言ってね、まあ彫像のようなものね。それをもっとフランクにしたもの。で、で、驚くのはここからよ! なんとこのフィギュア、フル可動なの!」

 腕を曲げたり指を曲げたりしているアリィの姿に、アンティークドールに夢中になる少女の姿を見た。この少年のような少女も、根本的にはその辺の女の子と変わりはないのだろう。人形に夢中になっている姿がまさにそれだ。その人形がユクレステの姿をしているのが若干の不安材料ではあるが。

 キャッキャッ、とはしゃぐ彼の姿に苦笑し、ユゥミィへと視線を向ける。

「これ、ユゥミィも手伝っていたんだろ? 凄いじゃんか。良く出来てると思うぞ」

「あぅ……嫌だとは言わないのか?」

「嫌? なにが?」

 恥ずかしそうに顔を伏せるユゥミィに、ユクレステは首を傾げた。

 赤い顔をさらに赤くして、消え入りそうな声で囁いた。

「だって、主を勝手にモデルにしてるんだぞ? や、やっぱり勝手にされたら嫌じゃないのか?」

 彼女の囁きに、あー、と頷く。確かにそれも一理あるだろう。が、しかしだ。

「良いんじゃないか、別に」

「えっ?」

「ユゥミィが自分から好きなモノに触れるんだ、ちょっとばかし恥ずかしくはあるけど、作ってるのがおまえならそこまで嫌じゃないしな」

 この場合の好きなモノと言うのはもちろん、フィギュア作りの事だ。けれど、ユゥミィは別のものだと受け取ってしまった。

 すなわち、好きな人、と。

「なな、なにを言ってるんだ主! わわ、私は別に好きとかそういうのは……よ、良く分からないし、それに嫌じゃないなんて……そう言うのは色々前提にだな……!」

「はいはい、ユゥミィ人の部屋で勝手に暴走しないでちょうだい。あんまり暴れると私のフル可動ユクレさんが倒れちゃうじゃない。もし壊したら徹夜で直させるわよ?」

「お、おう? すまない。……あ」 

 ジト目でユゥミィを睨むアリィの眼光に射竦められビクリと動きを止める。その際に近くに会った木箱に腕を引っ掛けてしまった。

 あ、とその様子を眺めていたユクレステの真上から、ぬいぐるみの入った木箱が崩れ落ちる。

「ギャー!?」

「あ、主ぃー!?」

 固い物が頭を強打し、薄れゆく意識の中でユゥミィの悲鳴とアリィの声を聞いた。

「……あら、これってもしかして、チャンス?」

 次に目を覚ました時がちょっとだけ恐くなるような言葉だった。

次回も日常回になりそうです。

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