セイレーシアン、来る 後編
セイレーシアンに指定された席へと着くユクレステ達は、さらに奥に座る人物の姿に首を傾げた。
「……フォレス様?」
「父さん? なにやってるの?」
「や、やあユーにマツノちゃん……なんだか知らないけど、ミラヤとリューナに簀巻きにされて連れて来られた……一体なにごと?」
そこにいたのはなぜかボロボロで、短パンとTシャツ姿のユクレステの父、フォレスがいた。
なにが起きているのかさっぱり分からないといった様子で机に倒れ込んでいる。
「いや、なんかセレシアがなんかやってるんだけど……父さん、知らない?」
「セレシアちゃん? えっ、来てるの? あっ、そう言えばユー、最近なにかした? なんか不幸の手紙が凄い勢いで来てて怖いんだけど!」
恐らく、手紙の内容はあなたみたいのがお姉さまと云々、とかなのだろう。あー、と呻きながら苦々しい表情をする。
「セレシア、昔っから色んな方面から人気あるからなぁ」
「今はまだこれくらいで済んでるからいいけど、本格的に動いた方が良いかもしれないね。いずれオルバール家に挨拶に行かないとダメかな……」
末娘とは言え、セイレーシアンはオルバール家の末妹。狙っていた貴族連中などいくらでもいる。
フォレスはこの件で色々とやっかみがきそうだと心配そうに呟いた。
ちょうどそんな時だった。
「お待たせしました」
「……ミラヤ?」
抑揚のない平坦な声。十数年聞き続けている声にユクレステが怪訝な表情を浮かべる。疑問の表情を浮かべ、そちらへと視線を向ける。
「こちらの準備が整いましたので、これより始めさせて頂きます」
「ユクレさん、たっぷり楽しんでいって下さいね?」
スクール水着姿のミラヤと、花柄のスカート水着を着たアリィの姿があった。細かい事に、右目の眼帯も花の形をしている。そんな二人が、さらにエプロンを上に着てコップに水を注いで渡して来る。
「アリィも? あ、そう言えば来てたんだっけ?」
「この方もユーの知り合いかい?」
「え? あ、うん。えーっと……」
フォレスは初遭遇らしく、首を傾げている。どう説明したものかと思案していると、それより早くアリィが口を開いた。
「初めまして、お義父さま。私、アリィと申します、ユクレステ様の肉奴隷です」
「えぇ!? ユ、ユー! き、君は一体都会でどんな遊びを覚えて来たんだい!?」
「ち、違うから! こんなのアリィの冗談だから! そうだろ、アリィ!?」
「ええ、まあ。……今のところは」
ボソリとなにやら呟いているが、幸いだれの耳にも届かなかったようだ。一人マツノが疑問の表情を浮かべている。
「にくどれー、って、なんですか?」
「さあ、なんでございましょうね。このミラヤには皆目見当もつきません。ほら、私は清廉かつ純粋ですから」
なにを言っているのかこのメイドは。
ジト、とミラヤを睨みつけ、なんとか父の説得を終えたユクレステが吐息した。
「と、とにかく普通の知り合いなんだね? ははは、ユーは可愛らしい女性と縁があるんだね」
「えっ?」
可愛らしい、と言われたアリィがキョトンとした表情を見せる。
「あ、忘れてた。父さん、この子女の子じゃないから」
「……えっと?」
訳の分からない事を言う息子である。こんな可愛い子が男の子のはずがないじゃないか。
「いやだから、アリィは男の子なんだよ。あ、でもなんか心は女とかなんとか?」
「…………?」
「女性、なんですか? 全然そう見えないです。とっても綺麗です!」
「ふふ、ありがとう、マツノちゃん」
至って気にした様子のない息子に、なにを言ってるんだと冷めた視線を浴びせる。ふむ、と顎に手を添え、アリィはフォレスの側へと近寄った。
「いえ、お義父さま。私、本当に男ですよ? その証拠に……はい」
「……えっ?」
バッとスカートをずり下ろす。そこになにを見たのかはフォレスが影になって他の面々には分からなかったが、ピシリと機能を停止したところを見るとようやく理解したらしい。ユクレステの前に戻ってきたアリィは若干頬を染めて照れたように顔を背けた。
「少し、はしたなかったでしょうか」
「まあ、いきなり水着下ろすのはどうかと」
「次からは気をつけます。……あ、ですがユクレさんならばいつでも剥ぎ取って構いませんから」
「うん、いらない」
冗談なのか本気なのか分からない様子で呟く彼は無視するとして。
「で、これは一体全体なんなんだ? セレシアはいないし、他の子たちも」
「それはもちろん、元気のないお坊っちゃん達を元気づけるために、皆さんでお食事でもと思いまして。ちなみに発案はセイレーシアン様です」
「だからテーブルなんですね!」
マツノは納得しているようだったが、どうにも腑に落ちないでいた。食事くらいならば屋敷で取れば良いのだし、なによりフォレスを無理やり連れて来る必要はない。そもそも、リューナが既にあちらで一人宴会を初めてしまっているのだが、それは良いのだろうか。
「うん? 儂は気にせんで良いぞ。お主らを肴に飲ませてもらうからの」
良いらしい。と言うか、肴?
すると突然、ドーンと大きな音が響いた。見ると、アリィがどこから持って来たのか銅鑼を力いっぱい叩いている。
「な、なんだ!?」
「それではこれより、愛情一本、恋のドキドキエプロン大会を始めて行きたいと思います」
ユクレステの疑問など無視し、ミラヤは淡々と説明を開始する。
「まず最初に、審査員の方々を紹介したいと思います。リューナ様推薦、ちっこい魔法使い見習い、マツノ様」
「はぇ!? な、なんですかこれ? し、師匠!?」
パチパチと手を叩くアリィとミラヤ。ついでに温泉の方からはリューナが手を振っている。
「続きまして、シュミア推薦。ずっと家にいて健康的じゃないからと追い出された、旦那様」
「え、そんな理由で追い出されたのかい? ……あれ、さっき僕はなにを見たんだっけ?」
つい数分前の記憶に混乱が見られるフォレス。実は彼をここに送り出したのはシュミアだったらしい。驚愕の事実に、なにをしているのかと呆れてしまう。
そして最後に、当然のようにユクレステの名が告げられる。
「そしてセイレーシアン様推薦、我らが変態魔物キラー、ユクレステお坊っちゃん」
「だからっ、俺は変態じゃない!」
「……ユー、君はアリィちゃんをどう思う?」
「えっ? 別に、素直で可愛い子だと思うけど……それがなにか?」
「……ごめん、ユイン。私たちの息子は少し変に育ってしまったみたいだ……」
「えっ、なになに?」
手を合わせて天に向かって懺悔し始める父の姿に、ユクレステは首を傾けるしかない。
それよりも、審査員とはどういう事なのだろうか。
「ルールは簡単、今から五人の少女が皆さんのために料理を作ります。その料理を一人十点で審査し、一番点数の高い人が優勝となります。ちなみに商品とかそう言うのはありませんので、悪しからず。あ、私の育てた野菜でもいりますか?」
「どうせなら私の魔法使い人形もつけましょうか? 一部の方には人気ありますし」
「ではそれで」
なにか二人の話し合いが適当に始まって適当に終わったようだが、取りあえず趣旨は理解出来た。つまり、元気の無かったユクレステを元気づけるための料理対決なのだろう。
なぜ料理対決なのかは知らないが。
「……これも、私たちのためなんでしょうか?」
「そうなんだと思うけど……なんか、ありがたいよな、こういうの」
「……はい!」
そう言って、笑顔を見せるマツノ。と、その時三人の目の前に皿が運ばれてくる。
「では、まずはトップバッター。同士……いえ、マリンさんです」
「やっほー。マスター、マツノちゃん。これ食べて元気出してね?」
ガラガラと台車に乗って登場するマリン。エプロンを身に着けた彼女の手には一枚の皿が乗っており、それをアリィに手渡した。テーブルの上に置かれた料理。ユクレステ達の事を想い、作り上げた料理。
それは、きっとどんな高級な料理よりもキラキラと輝いている――
「……エ、エメラルド色が目に痛い……」
「不安になるっ……この色は心が不安になりますよ!?」
事実、光っていた。
フォレスが目を覆い、マツノが若干距離を取る。ユクレステはと言うと、ちょうど目の前に置かれたため逃げる事も出来ず脂汗を流して皿を見つめていた。
一匹の魚を丸々一匹焼いただけのシンプルな料理。それだけならば良いのだが、この食材、やたらドギツイ蛍光色を放っているのだ。
「では、料理の説明をお願いします」
若干視線を逸らしながら、ミラヤはマリンへ声をかける。元気良く返事をし、マリンはドンと胸を張った。
「オッケーだよ! まずこの食材はね、ちょっとここから南方のゴディア諸島の深海で捕れた物でね、美しいって評判で地元の人たちからはシンエンノカガヤキヲハナツマギョ、とかって呼ばれてるんだって。綺麗だから捕まえてきちゃった」
「き、綺麗だからって……て言うか、えっ、おまえこれ食えるのか?」
「さあ? でも人間って雑食でしょ? 問題ないって」
「いやこれ、絶対食べたらマズイやつだろ? なんか死んでも光が収まる気配が無いって言うか段々と発光し出してるんですけど?」
「あ、それまだ生きてるんだよ。なんか頭さいたり臓物出しても死ななくてさ。もう面倒だからそのまま焼いたんだけど……しぶといよねぇ?」
ああだからか。なんか目に光がない状態でこちらをジーッと見ている。この恨みはらさで云々言ってきそうだ。
「まあそれだけ新鮮って事だからね。さっ、どーぞ?」
これを食えと、笑顔で言う。鬼か悪魔か、腹黒なのは性格だけにしておけといつも言っているではないか。
当然と言えば当然だが、マツノもフォレスも距離を空けるだけでフォークを持つ事もしない。一縷の望みにかけてミラヤを見る。
「……観念して下さいませ、お坊っちゃん」
無理でした。
「さっ、さっ、マスター早くー。あっ、だったら私が食べさせてあげるね?」
「ちょっ――」
ガラガラと台車が迫って来る。フォークを持ち、切り身に突き刺した。
「い、今こっちを見た……って言うか見てる!?」
これから自分が食われる場面を目を皿のようにして見られている。少し目を外せば、蛍光色のグリーンが突き付けられ、その向こうでマリンが楽しそうに笑顔を向けていた。
「はい、マスター。あーん」
ウキウキとした彼女の様子に、断り辛い雰囲気だ。
「クッ、頂きます……」
結局は魚の丸焼きなだけだ。そんなに可笑しなものではない。腹を裂かれ臓物潰され頭を割られてもちょっと生きていて、蛍光色を放つだけの魚なのだ。食べられないと言う事はない……はずだ。
無理やり覚悟を決め、魚の切り身に齧り付いた。
「グッ、なんだ、これ? なんか、噛み切れな……うぐっ!?」
モグモグと咀嚼していると、なにか急に喉が痛くなった。咄嗟に口を開く。
――美味いかぁ?
そんな声が自分の喉から漏れた。
バッと皿の上の魚に目を向ける。すると、先ほどまでピクピク動いていた魚は力尽きたのか、動かなくなっていた。ただ、その口元が少し歪んでいるような……。
そこまで確認し、ユクレステはすぐに席を立った。
「おや、これは……エチケットシーンですね。しばらくお待ち下さい」
「ありゃ? マスターどうしたんだろ?」
遠くからの嘔吐音が止み、ゲッソリと頬をこけさせたユクレステが茂みから現れる。心配そうに、フォレスは尋ねた。
「だ、大丈夫かいユー? 一体どうしたんだい?」
「……父さん、それだれも食べてないよな?」
「あ、ああ。流石にあんな様子を見れば……って、ユー?」
無言で皿を持ち、杖を持ち出す。
「こ、の――」
皿をフリスビーのように投げ、ピタリと杖をそちらへと向ける。
「雷撃砲――!」
そして皿ごと消滅させた。それに驚いた面々と、不満そうなマリンの声が響いた。
「あー! なにするのさマスター! せっかく作ったのにあいたぁ!?」
「バ、バカ野郎!? おまえ俺を死霊にでもする気か!?」
「へっ?」
ドギツイ蛍光色の魚。名をアビスフィッシュと言い、魔物の一種である。力はほぼ皆無で、生きている内には害はない。ただ、アビスフィッシュを一度胃に収めてしまうと体を乗っ取られてしまうのだ。先ほどは一瞬アビスフィッシュとしての言葉が出てしまい、それに気付いてすぐに胃の中の物を全て吐き出したためどうにかなったが、もし全部胃に収めてしまっていたら今頃はユクレステ自身がアビスフィッシュとなっていた。
「なるほどのう、あのバカみたいに明るい色も自然界で自分を食べさせるためのものだったようじゃな。普通、知恵ある物はあんな不味そうな見た目の魚は食わんだろうがのう」
「ほら、何事もチャレンジャー、が私の持ち味だし?」
「それを他人で試すな!?」
温泉でリューナと一緒にグラスを傾けているマリン。このまま不戦敗にしても良いのだが、取りあえず判定に移る。
「五点、0点、0点。合計は五点ですね。お二方は食べていないので当然として、ユクレさんはなぜ五点を? 結構な危機だったと思うのですが?」
「アビスフィッシュはなぁ……味は良いんだよ、味は」
それもまた自分を食べさせようとするための構造なのだろうか。味としては高級魚も霞んでしまう程に旨味が詰まっているのだ。ただの丸焼きでも満点を出せるのだが、やはり副作用が酷過ぎるための半減である。
「そ、そうなんですか……」
「でもやっぱり食べたくはないなぁ」
まったくもってその通りである。
さらに一歩引いた二人の審査員をよそに、ミラヤが次の人物の名を告げた。
「それでは次は、魔界からのアイアンシェフ、ディーラ様です」
「ん、ども」
こちらもやはり水着姿の上にエプロンを装着中だ。どうやらこれが今回のコスチュームらしい。料理対決だから、と言う理由なのだろう。少々安易な気もするが、一先ずは置いておこう。視線を彼女が運んで来た鍋へと向く。
「赤い、です……」
「け、結構辛そうかな」
「あ、でも良い匂い」
置かれた鍋にはグツグツと赤いスープとぶつ切りの肉や野菜が入っていた。刺激的な香りのする鍋は、一見すると真っ赤でとても辛そうだ。
「魔界特製溶岩火鍋、結構いけるよ?」
「名前は凄い感じですね、ディーラ様。それでは、どうぞご試食を」
器によそって各々の前へと渡された。
「マツノちゃん、辛いのとかって平気かい?」
「あ、はい! 唐辛子の丸焼きとか、好きです」
「へ、へえ、そうなんだ……」
タラリと一筋の汗を流すフォレス。そう言えばこの父は辛いのが嫌いだったなと思い出す。進行に支障がでるので特になにも言わずにおくが。
目の前では横を向きながらもチラチラとこちらを盗み見るディーラの姿があった。
「それじゃあ、頂きます」
器を持って赤いスープを一啜り。一瞬、舌を突く辛さが感じられるが、すぐに口の中にスープの旨味が広がった。もう一口を飲み込み、先ほど空になった胃袋に染み渡る。
「美味い! これ美味いよディーラ!」
「ホントです! 辛さもちょうど良くてとっても美味しいです!」
「……そ、良かった」
ユクレステとマツノに褒められ、照れたのか顔を伏せた。
「魔界の食材がなかったからこっちの世界の食材で代用したんだ。本当はファイアドラゴンの肉とか鬼神マンドラゴラの根っ子とか、色々あるんだけど……いつか本物を食べさせてあげる」
「えっ、あー……うん、楽しみにしてる」
この鍋でも十分なのだが、本場の物とは少し違うらしい。若干恐ろしい名前の食材が使われているようだが、果たして人間が食べても大丈夫なのだろうか。
思考しながらも箸は止まらず、結局数分掛からずにユクレステとマツノの胃に収まった。
「ちなみに、この火鍋。魔界では元気の出る食べ物として重宝されているようです」
「……別にその情報言わなくてもよかったのに」
ふいと顔を逸らしながらディーラが言った。
彼女の気持ちに気付き、ユクレステ達に笑みが浮かぶ。……若干一名を除いて。
「か、からひ……」
「父さん……」
「それでは判定に移りましょう。皆さま、どうぞ」
余程辛かったのか、舌を突き出して水につけているフォレス。彼を無視して、淡々とミラヤが進行する。
「十点、九点、三点。合計、二十二点。おめでとうございます、現在一位となります」
「まだ二人目だし、一人目があれだし」
「あっはっは、あれってだれの事かなディーラちゃん?」
内訳としては、ユクレステ十点のマツノ九点、そしてフォレスが三点である。フォレスの理由としては、辛すぎると言う事なのだろう。大してマツノはと言うと、
「えっと、もう少し辛かった方が美味しいかなー、と」
そんなことを言う彼女を、フォレスは違う生き物を見る目で見ていた。
「美味しかったよ、ありがと、ディーラ。ご馳走さま」
「……ん」
とは言え、ディーラにとって二人の評価はそれほど気にするものではないらしい。ユクレステからの満点でご機嫌そうだ。
「では次に、癒し系怪力少女、ミュウちゃんです」
「え、えと……よろしくお願いします」
ディーラが終わり、今度はミュウの番である。家事は苦手だと明言しているミュウの料理と言う事で、若干の不安はある。しかし、彼女も日々進化しているのだ。今回の料理対決に関してもミラヤの指導を受けたらしく、やる気は十分だ。
そんな彼女が取り出したのは、小さなマドレーヌだった。
「へぇ、今度は一転して甘い物か。良かったぁ……あ、美味しい」
小さいため一口で食べられてしまったが、フォレスにとってはそれでも先ほどの辛さを忘れさせてくれるらしい。幸せそうな顔をしていた。
ミュウの作ったマドレーヌは、少々形が崩れている事を除けば十分に褒められる出来だった。マツノも美味しそうに口を動かし、ユクレステもそれに続く。
「ど、どう、でしょうか……?」
ジッと上目遣いで心配そうに聞いて来る彼女の姿に、ユクレステは当然のように頷いた。
「美味しいよ。ミュウ、料理上達したんだな」
「あ……はいっ!」
褒められ、ミュウは嬉しそうに微笑んだ。
「当然ですよお坊っちゃん。このミラヤが懇切丁寧に手取り足とりミュウちゃんに教えているのですから。しかしそれでもこの上達はミュウちゃんのガンバリがなければ……」
「はいはい、それでは判定いってみよー」
叔母バカ全開のミラヤを遮り、ユクレステは勝手に判定タイムに持ちこんだ。
「十点、七点、八点。合計二十五点、なななんと現在一位のディーラ選手を追い越し一位です」
「ほ、ホントですか……?」
アリィの発表に信じられないと驚くミュウ。
「では審査員の皆さまにお話を伺ってみましょう。まずはお義父……フォレス様」
「うん、甘くて美味しかったよ」
「はい、残念な旦那様の評価はさておいて、次にマツノ様」
「ちょっ、ミラヤヒドイ!」
「味は良かったです。ミラヤさんの作るお菓子と同じ味でしたし。後は形をもう少し整えるともっとよかったと思います」
フォレスの言葉は軽く流され、真っ当な意見にミュウが真面目な表情で頷いた。そして、その視線がユクレステへと向く。
「ミュウがこんなに美味しいお菓子を作れるって思うとちょっと涙が……」
「ご、ご主人さま……」
走馬灯のように過去の事が頭を過ぎる。最初は敵対視されて攻撃され、仲間にした当初はいつもビクビクと下を向いていたミュウ。そんな子が、今では真っ直ぐに目を見てお菓子を差し出す。
何と言うか、子の成長を見守る親の心境とはこういう事を言うのだろうか。
「……ミュウ」
「は、はい!」
ビクリと肩を揺らす少女。けれど、瞳は真っ直ぐにユクレステへと向いている。それが嬉しくて、笑って彼女に言葉を届けた。
「本当に美味しかったよ。……ありがとう」
「……はい!」
綺麗な笑みを見せ、ミュウは強く頷くのだった。
「続いて森の芸術家ダークエルフ、ユゥミィさんです」
「ふははー! 見てくれ主! 私のさくひ――あぁっ!?」
こちらはやたらテンションの高いユゥミィがなにかを持って走って来る。そして足を取られ、前のめりに倒れた。いつも通りと言えばいつも通りの光景に、ため息しか漏れない。幸い、持っていたバスケットはディーラが空中でキャッチしたため問題はなかったようだ。
「ユゥミィ、ちょっとは落ち着きなよ。クリストの二の舞を踏むつもり?」
「うぅ……すまない……」
「ま、まあまあ。それで、ユゥミィはなにを作ったんだ?」
ディーラに注意され肩を落とすユゥミィ。ユクレステが先を促す様にバスケットを指差すと、すぐに元気を取り戻したユゥミィが自身満々に中の物を引っ張り出した。
「じゃーん! どうだ! これは自信作だぞ!?」
出て来たのは、リンゴ。だが、ただのリンゴではない。
「おぉ!? 凄いねこれは!」
「わぁ、綺麗……」
ドラゴン。いや、実際にそこにドラゴンがいる訳ではないが、鱗の光沢と言い今にも動き出しそうな表情と言い、まさに一匹のドラゴンがそこにいた。もちろん本物ではなく、リンゴをいくつも重ね合わせて作られた一つの像。赤い鱗を身に纏った、五十分の一スケールのドラゴン像だった。
料理と言うよりは、むしろ芸術の領域だ。
「こ、これは……えぇと、ユゥミィ様。ご説明を」
「ああ! 私は料理が作れないからな!」
「料理対決なのに!?」
ユゥミィは胸を張ってドーンとこの企画にまったく合わないような事を言ってのけた。思わずツッコミを入れたユクレステの言葉に苦笑しながら、さらに続ける。
「いや、だって……私の料理なんてきっと不味いぞ? そんなの食べたくはないだろう?」
「い、いっそ清々しい……」
「だからほら、私の得意分野にしたんだ。ちなみに制作時間は一時間だ」
やはりこちらの腕はかなりのもののようだ。同じような趣味を持つアリィがリンゴのドラゴンを興味津津に見入っている。
「あ、それとこれもだ!」
そう言ってもう一つバスケットから取り出し、ユクレステとマツノの間においた。
「これ……」
「あ、そっくり……」
出て来たのはリンゴを使って作られたもう一つの像。そこにはどこかお調子者で、憎めない少年の姿があった。
「……私はバカだから、あんまり難しい事は考えられないけど……皆には笑っていて欲しいんだ。主もマツノも、頭良いから余計に色々考えて大変なんだと思う。でも、私はもっと笑って、ユリトの事を思い出してあげれば良いんじゃないかって思うんだ」
どこまでも真っ直ぐな彼女の言葉に、ユクレステもマツノもなにか感じるところがあるのか、ゆっくりと瞑目する。そして、瞳を開いた時、その眼差しは少しだけ潤んでいた。
「はは、ありがと。なんか、凄いな、ユゥミィは」
「はい……ありがとうございます、ユゥミィさん」
「ん? 良く分からないが、とにかく食べると良い。ほら、このユリト首のところがオススメだ。あっ」
「あっ」
「あっ」
ズイとリンゴユリトを差し出すユゥミィ、勢い余って首がへし折れてしまった。
折れた首を反射的に取ろうとユクレステとマツノが身を乗り出し、テーブルが揺れる。ドラゴンが倒れ、それを支えようとフォレスが手を伸ばし、迫っていたユゥミィの手から残りのユリト像を叩き落としてしまう。地面に落ちるユリト像、その上にドラゴン像が落ち――グシャリと。
「うわぁ……割と笑えない……」
「ユゥミィ、最悪だね」
「ち、違うんだ! わざとじゃない!」
見るも無残になったユリト像に、マリンとディーラさえも顔を青くして責めるような眼差しを向けている。
その光景になにかを思い出したのか、ユクレステの目には涙が溜まって行く。
「……お、俺って最低……」
「あ、主!? ち、違うんだ! わざとじゃなくて……」
「ユリトさん……」
「ま、マツノ? 目に光が――しっかりしてくれぇええー!」
それから立ち直るのに十数分の時間を要したのだった。
「では、気を取り直して採点の方へ行きましょうか。では皆さんどうぞ」
アリィに促され、次々にユゥミィの点数を上げて行く。結果。
「……はい、十点、三点、七点。合計二十点です。審査員の方、よろしくお願いします」
「まあ、食べてはいないし。でも芸術品としては結構良い出来だったからね。その分と言う事で」
「……ユリトさんのは良く出来てました。それだけです」
「うぅ……わざとじゃないんだよぅ」
膨れっ面のマツノに必死に頭を下げるユゥミィの姿は少々可哀そうではある。コホンと咳払いを一つして、ユクレステは彼女へ優しく告げた。
「……ちょっと前の事思い出しちゃってさ。あの時もユゥミィのドジでやり直す羽目になったんだっけ?」
「うぐっ……」
クリストの街での祭りの話だ。あの時もユゥミィは期待を裏切らない大ポカをして、結果全員総出で彼女をサポートした。その時、皆の裏で力を貸してくれたのはユリトエスだった。食事の準備も、小さな事はほぼ全て彼がやってくれた。その時の事を思い出して、なぜだか胸に温かなものが宿ったのだ。
あの時の事が思い出され、気付けばユクレステは満点を上げていた。
「……ありがとう、ユゥミィ」
「……? 良く分からないが、主が元気になるのならば当然だ!」
眩しい仲間の笑顔に、ユクレステもつられて笑みを浮かべていた。
「さて、それでは大取りを飾るのはこの人。ユクレステの嫁筆頭、クーツンデレデレ騎士、セイレーシアン様」
「なに、そのクーツンデレデレなんちゃらって。まあ、大体だれが言ったのかは予想出来るけど」
ギロリとマリンの方を睨みつけるセイレーシアン。だが睨まれている本人は至って気にせず、にへらと笑って火鍋をつつきながら酒を飲んでいる。
なにを言っても無駄だと判断したセイレーシアンは、すぐに視線を逸らして鍋をテーブルへと置いた。
「おや? セレシアちゃんもお鍋か。一体なんだろうね?」
「セレシアは料理上手だもんな、ちょっと楽しみ」
「そうなんですか?」
審査員の期待も高まる中、鍋の蓋を開ける。そこにあったのは、
「えっ?」
なんの変哲もない、野菜と肉の入った鍋だった。
見覚えのあるユクレステが疑問に首を傾げていると、自分の前に皿が運ばれて来る。
「セレシア、これ……」
「はい。塩を振って食べてね」
質問の言葉を遮られ、ユクレステは言われた通りにして食べる。想像通りの味は、決して美味しいとは思えない。それでもユクレステにはすんなりと食べられた。
「う、ううん……これは、何と言うか……」
「こ、個性的な味、ですね。お兄ちゃんの料理を思い出しちゃいます」
フォレス達には不評なようだ。
「どうかしら、美味しかった?」
首を傾げ尋ねて来るセイレーシアンに、なんと言って良いか分からない。だが、それも当然と言うように言葉を続ける。
「不味かったでしょうね、私も味見したけど、ホント素っ気ないと言うか味気ない料理だもの」
「だったら、なぜこれを作ったんだい?」
フォレスの言葉に、セイレーシアンは少し黙ってから口を開いた。
「……フォレス様、私にとって、この味は初めて食べた絆の味でした」
「絆の、味?」
「昔、学生時代に私はユクレとアランとで実地研修として雪国での旅を経験しました。冬場だった事もあって体力はすぐに底をつき、旅慣れない私たちは洞穴で縮こまるしか出来ません。そんな時に、ユクレが作ってくれたのがこの料理です」
干し肉と乾燥野菜を茹でただけの、料理とも言えない食べ物。それでも温かく、セイレーシアンとアランヤードは夢中になって食べ始めた。ユクレステはその様子を優しく眺めながら、必死に励ましてくれた。
「あの時は情けなかったです。私もアランも、実力ではユクレより上でしたし、きっと守るのは私たちなんだってずっと思っていました。でも、現実は違った。ただ力があるだけの私たちとは違って、ユクレには生き抜くための根性も知識もある。ただの力ばかりの私たちなんて……と自己嫌悪にさえ陥りました。そんな私たちに向かって、ユクレが言ったんです」
――別に知らない事は恥ずかしい事じゃないさ。今から知って、実践すれば良いだけの話なんだから。出来る事、出来ない事を分けあって、精一杯一緒に強くなるのが友達……仲間だろ? 俺にはおまえ達がいてくれる。おまえ達には俺がいる、だからこうやって一緒に鍋を囲んでるんだ。
「そう言ってもらって、すごく嬉しかった。ただの干し肉と乾燥野菜のお鍋が美味しく思えるくらい、私たちは貴方の言葉に救われたの」
視線をユクレステへと向け、ふわりと笑って言う。
「今は少し離れてしまったけど、私はまだまだ貴方の仲間のつもり。それに、今のユクレには新しい仲間が一緒にいる。そうでしょう?」
チラリと後ろを盗み見て、セイレーシアンは一歩横に退いた。そこには、ミュウにマリン、ディーラやユゥミィ、リューナがいる。
「マツノちゃん、貴女もそう。一人じゃない、だから立ち直れる。それを、忘れないで」
「セイレーシアンさん……」
「ユクレ、さっき言ったわよね? 貴方と、ユリトエス王子の違い」
「……ああ、もう分かってるよ」
ここまでお膳立てされればだれにだって分かる。たった一人で突き進んだユリトエスと、だれかの手を借りなければここまで来れなかった、ユクレステ。
似てるようで全く違う二人。その違いは、共にいる人の存在。
「ユリトは、ずっと一人だったんだ……だれかに頼りたくても、周りは敵だらけで、唯一の味方だって思えたマイリエル様だったいつ操られるか分からない。だから、決して弱みは見せないで、ただ一人戦い続けた……凄いよ、やっぱり」
笑顔の裏で血を吐きながら、死ぬ覚悟でやり遂げたユリトエス。尊敬する、凄いと思う。自分一人ではああはなれないと、心の底からそう思う。
けれど、
「……出発点が違ったんだ。一人じゃ何も出来ない俺と、一人でなんでも出来ると思い続けなければならなかったユリト。些細な違いは、決定的な違いは一つ」
ゆっくりと仲間の事を見つめ、潤む瞳で言葉を吐き出す。
「……みんな、俺はこれから秘匿大陸を目指す。なにがなんでも、あいつを超えるためにも。だから、これからも俺を支えてくれるか? 強くなるために力を貸してくれるか?」
ユクレステ言葉に、皆が優しく笑んだ。そして、力強く言った。
『もちろん!』
全員の声が曇り空を吹き飛ばす。温かな太陽の光が降り注ぎ、その場を染め上げた。
その言葉が嬉しくて、ユクレステは少し顔を伏せながら言う。
「――みんなが、いてくれるんだ」
だれに行った訳ではない。あえて言うのならば、それはきっと自分自身。この先を進むために必要なものを忘れていた、自分に対する戒めの言葉。
皿に乗った残りを一気に流し込み、光の戻った瞳でセイレーシアンに向けて言葉を発する。
「美味かったよ、セレシア。文句無しに満点だ。それに、みんなもありがとう」
「はいっ! 美味しかったです、みなさん!」
マツノと声を揃え、料理対決は一応の締め括りを迎えた。
その後は、セイレーシアン、ミラヤの本気の料理の数々が皆に振る舞われた。美味しい料理に舌鼓を打ち、酒にほろ酔い気分になる。宴会の合間には温泉などに浸かり、今までの疲れなど抜けていった。
片腕をアリィに掴まれ、もう片方をリューナが掴んでいる。セイレーシアンが雛にエサを与える親鳥のようにユクレステの世話をし、ミュウも彼女の手伝いを行っている。ユゥミィは酔っぱらいながらもマツノになにかを作っていた。
そんな彼らを眺めながら、マリンとディーラはボーっとした表情を浮かべていた。
「……結局さ、だれが優勝だったのかな?」
「さあ? 取りあえず言えるのは、マリンだけは絶対にないってことかな」
「だよねぇ……」
話題は先ほどの料理対決へと向けられる。結局、あやふやなままに終わった愛情一本、恋のドキドキエプロン大会。セイレーシアンの採点の前に宴会になだれ込んでしまったため、優勝者の発表はなかった。
まあ、セイレーシアンの思いつきで始めたものなだけに大して期待はしていなかったので良いのだが、どこか釈然としないマリンである。
そこへ審査員の一人であるフォレスが声をかけてきた。
「そんなに気になるかな?」
「それは、一応……」
「まあ、優勝者がだれかはもう分からないけど、ユーがどう思っているのかは分かるんじゃないかな?」
「って言うと?」
「簡単だよ。あの子があげた得点、思い出してごらん?」
そう言われてユクレステが述べた点数を思い出す。
マリンが五点、他は十点だった。
「あれ? 私以外全員満点だ」
「マリンちゃんにしても、半減で五点って言ってただろう? つまり、本当は満点をつけるつもりだったんだろうね」
となると、全員が満点と言う事になる。
「……つまり?」
「ユーは、自分のために料理を作ってくれた君たちの気持ちがよっぽど嬉しかったんじゃないかな?」
それだけを言って料理を取りに行くフォレス。チラリとお互いの顔を見ていたマリンとディーラは、クスリと微笑んだ。
「流石はマスター、私たち全員を選ぶハーレムルートを狙ってるってことだね」
「その解釈もどうかと。まあ、本人は意識してなくともそういう流れになりそうではあるけど」
「って、事はさ。ここは私たちもあれに参加しなくちゃダメって事だよね?」
「別にマリンはゆっくりお湯に浸かっていなよ。僕はちょっと、ご主人と話して来るからさ」
「おっと、そうはいかない――あぁ! 待って、ディーラちゃん!? 私陸地は苦手なんだからー!」
さらに二人が追加され、宴会は日が暮れるまで続いた。その間、ユクレステは終始笑顔のままだったそうだ。
次のお話はもう一人の嫁候補が遊びに来ます。その時セイレーシアンは?
次回 竜虎相搏つ!
お楽しみにー。